スペシャル・DVD【B面】-前 (妄想★village・チカさん)
撮りがいのある二人だった。
今を時めく敦賀蓮と、最近評判が鰻登りの京子。
俳優があらかじめ決められている仕事はあまり受けないのだが……。
蓮にも興味があったし、京子がどれだけ成長したのか見てみたいという気持ちも大きかった。
「受けてよかったのかねぇ……」
CMの撮影を終えて、約半年。急遽ねじ込まれたドラマ撮影のスケジュールはタイトを極めていた。殺伐とした空気の中、動き回るスタッフたち。その真ん中に座り、モニターを覗き込んでいる黒崎は、口にくわえた煙草を行儀悪く上下に揺らした。
長く伸びていた灰は、隣に立っていた助監督が差し出した灰皿に着地した。
「危ないですから、咥え煙草はやめてください」
何度も注意されているが、こればっかりは治らない。煙草をくわえたまま、器用に肩頬だけで笑うと
「お前、どう見る?」
律儀に灰皿を差し出している助監督を見上げた。黒崎が指差すモニタには、蓮とキョーコが初々しい恋人達を演じていた。
「……両想い間近って感じで、いいんじゃないですか?」
特に問題はないのでは、という彼の横顔を見つめていた黒崎。何の返事も返さずに、視線をまたモニタに戻した。その先では、蓮とキョーコが一年ぶりに運命的な再開をした彼らが、少し緊張した顔で食事をとっていた。
序章
【……会えると思わなかった……】
甘すぎる男の声に、ジュースを飲んでいた女がぱっと視線を膝に落とした。伏せた顔に髪がかかって、表情はうかがえない。膝の上に置かれた手が、落ち着きなく動いていて彼女の心情をよく表していた。
【……あの時は……、本当にすいませんでした】
今思い返せば、顔から火が出るとつぶやいた彼女。顔を覆った手すら真っ赤に染まっていて、その初々しい様子に男の目が益々甘くほどける。
【いや、俺の方こそ……。花束、もらってくれてありがとう。あれを抱えて一人寂しく歩くことにならなくてよかったよ】
ひたすら恥じ入る女とは対照的に、男は運ばれていたワインを口に運んだ。辛口のワインがひどく甘く感じる。どこまでも甘い気分に浸りながら、言葉を続ける。
【あの駅にも通ってたんだ。会えないかなと思って……】
ものすごくインパクトのある出会いと別れをしたあの日以降、男は足しげくあの駅に通っていたのだ。彼女には会えなかったけれど……。残念がる男の言葉に、ようやっと顔を上げた女は
【最寄駅なんですけど……。いつもは、時間帯が違うんです。そのせいで、会えなかったんだと……。すみませんでした。えっと……】
会えたことが嬉しくて、舞い上がった男はそのまま女をこのレストランに連れ込んでいたのだ。名乗ってもいなかった状況に、破顔した男。ジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出すと、中から一枚取り出して
【梶原ナツキと言います。これからよろしく】
【……どうもご丁寧に……。これからって?】
学生の彼女には縁遠い名刺。それを両手で受け取って、男の言葉の意味が分からず首をかしげた女。名刺にも【梶原ナツキ】としっかり書かれているし、一緒に刷られている社名も学生のマホも知っている有名会社。男は、女にも名前を教えてと笑顔で迫る。その笑顔に押されるように、女は細い声で
【鈴木マホといいます……。きゃっ……】
おずおずと名乗ったマホの手を握りしめて、
【ずっとずっと気になってました。結婚を前提に、お付き合いしてください】
と、恥ずかしいくらいにまっすぐに告白したのだった。
これだけのシーンを撮るだけなのに、黒崎は何度も撮り直しをした。蓮にしても珍しく、キョーコもこれほどまでにNGを出されたことはない。驚いた顔をする二人に、
「ナツキはがっつき過ぎだし、マホはまだそんなに『好き』じゃない。まだ戸惑ってる段階だぞ? なに出来上がった雰囲気だしてんだ?」
紫煙と共に吐き出される言葉は、二人の耳に痛く響く。らしくない失態をした蓮に、黒崎は
「プライベートなことはしらねぇ。出来上がったばっかりだろうが、結婚間近だろうが知ったこっちゃないんだ。演技に生かそうと思ってくれてるのは、ありがたい。生々しい感じが出るしよ。だけど、生々しすぎるのは困るんだよ」
蓮への注意なのに、隣に立っているキョーコの顔がどんどん赤らんでゆく。『付き合っている』と言うことを否定しない辺り、周囲の人間も公認で隠す必要もないのだろう。おおっぴらに言い広めたりはしないが、彼らの属する事務所は『愛』を大事にしろと訴えているくらいなのだ。
(いろんな事務所があるもんだな)
余計な事を考えつつ、煙草を深く吸い煙を吐き出すと
「人の恋路に踏み込みたくないが、ほどほどに頼むわ。んじゃ、やり直しな」
その一言で、セットが巻戻ってゆく。その中に二人で並びながら、
「が、頑張ろうね」
「ハイ……」
演じる『ナツキ』と『マホ』のように、何処までも初々しい距離で互いを励ましあったのだ。
「……見てるこっちが恥ずかしいなぁ……」
そんな二人をモニタ越しに見つめていた黒崎のつぶやきを、涼しい顔で隣に立つ助監督だけが聞いていた。
夏
【ほら、こっちのほうが美味しそうだよ】
車を持っていたナツキ。その助手席に収まって、マホが連れてこられたのは果物狩り。たわわに実ったさくらんぼと桃が食べ放題だという。果物狩りなんて小学校の時以来だと、はしゃぐマホ。背の低い彼女が手を伸ばしても、届く場所は限られている。それでも楽しそうに、背伸びをしながら果物を摘んでゆく彼女がとてもかわいくて……。
ナツキは己のリーチを生かして、よりたくさん実がなっている枝を押し下げる。
【ありがとうございます……。あま~~い……】
赤くつやつやと輝くさくらんぼをもいで、口に運ぶ彼女。そのとろける笑顔は可愛いが……。
【減点だよ?】
ナツキは彼女の鼻を摘まんだ。悪戯をした子供にするように、きゅっと摘まむとマホも己の失態を悟ったらしい。
【ごめんなさい……。ありがと……】
年齢差があるからと、マホは敬語をやめてくれない。ナツキはそれを嫌がって、散々頼み込んで敬語をやめてもらうようお互いに納得した。なのに、時々ひょっこりと出てくる敬語にナツキは壁を感じて、一人勝手に傷ついてしまうのだ。
【うん、合格】
マホが手にしていたさくらんぼを己の口に放り込み、ナツキが新しく摘んだものをマホの口に放り込む。
【美味しいね】
キラキラと輝く笑顔に、ちょっとだけ腰がひているマホ。ナツキはマホの戸惑いに気付くことができない。己がただただ幸せだから、マホも同じように幸せなのだと……。信じているのだ。
だから戸惑うマホの気持ちを置いてきぼりにして、どんどん交際を深めてゆく。
【海にいこう!!】
【遊園地に行こう!!】
【もっとデートをしよう】
重なる誘いに振り回されるマホ。
デートを重ねるにつれて、陰ってゆくマホの顔。その憂う顔を、鈍い男だけが気付かない。
「……甘いなぁ」
果物狩りの撮影に借りた農園。園主の好意で、スタッフたちも食べさせてもらえることになった。黒崎もさくらんぼを遠慮なく食べながら、仲睦ましい蓮と京子の様子を遠巻きに眺めた。
ナツキとマホのように、二人でより添って果物を摘まんでいる。今食べているのは桃のようだ。京子が丁寧に皮をむいて、蓮に差し出していたりする。
その様子を見ているだけで、おなかがいっぱいになりそうだ。
「おい、カメラもってこい」
いちゃいちゃしている二人。黒崎の悪戯心が動き出し、近くを歩いていたスタッフにハンディカメラを持ってこさせると、甘い空気を醸し出している二人をこっそりと撮影しだしたのだ。
秋
【ちょっとだけ、距離を置きませんか?】
マホはずっと考えていたことを、秋の気配が深まっている今日思い切って口にしてみた。マホとしてはずっと考えていたことだったが、ナツキには予想外の言葉だったらしい。手に持っていたコーヒーを、取り落としてしまう。幸いなことにストローが刺さっていたマイントレーニアは、残りが少なくて地面にぶつかっても零れることがなかった。
こわばった顔のナツキ。マホはそれを拾い上げて、座っていたベンチの上にそっと置いた。
【嫌いになったとかじゃなくて……。ナツキに引っ張られるように、ここまで来ちゃったでしょう? だから、もう一回ちゃんと考えたいの】
強引ともいえる彼についてきて、同棲しないか? という話も持ちかけられている。大学を卒業するまでは待ってくれと言ってあるが、彼は中々納得してくれない。そのことを踏まえた上での、『距離を置こう』宣言だった。
【……しつこくしたから?】
呆然とした表情の彼は、もともとが整っているがゆえに能面のようでどこか不気味だ。
【それもちょっとありますけど……。もう少しで就職活動始まりますし、そっちに集中したいっていうものあります。全く会わないっていうことじゃなくて、少しだけお互いの生活を大事にしてみませんか?】
何度も何度も練習したそのセリフを、ナツキに告げると
【……別れないんだよね?】
何かにおびえる子供のように、恐る恐る訪ねてくる彼。その様子がいつも強引な彼と少しだけ違って見えて、マホは柔らかく笑うとコーヒーを落とした形のまま固まっている手を握った。
【デートはしましょうね。毎週じゃないですけど……。隔週ぐらいで、日曜日は必ず会いましょう?】
マホだって別れるつもりは毛頭ない。ただ少しだけ、関係を考えたかっただけなのだ。柔らかくいうマホに、ナツキも渋々頷いたのだった
「なぁ、喧嘩でもした?」
京子のメイク直しの間、止まっている撮影。一人椅子に座って、座っている京子をじっと見つめている蓮。ハンディカメラを構えながら、にやにやとこみ上げる笑いを隠さず話しかけると
「………そんなことありませんよ」
やけに間が空いてから、蓮の顔が黒崎の方を見た。カメラを構えている監督を見て、綺麗な顔が歪むがそんなこと気にしていては監督なんか勤まらない。
ファインダーの中にらしくない表情の彼をしっかりとおさめながら、質問を重ねてゆく。
「撮影に私情ははさまないでくれって言ったよな?」
「はさんでませんよ? ただちょっと行き違いがあっただけで……」
「その行き違いを『喧嘩』っていうんだよ」
年相応の表情になった彼が面白くて仕方がない。くつくつと笑いながら言葉を重ねると、
「違いますよ。ちゃんと仲良くしてますって」
眉間に寄ったしわに、二人の今の関係が見えた。下世話かもしれないが『記録をする』のが生業でもある黒崎。彼らの今の状態に、とても興味がわいてきてしまう。
「向こうはそうじゃないかもな?」
黒崎が顎をしゃくった先には、メイクを終えた京子が立っていた。いつもなら蓮の傍にやってくるのに、今は少し離れた所に佇んでいる。その様子を見て、蓮の方が泣きそうだった。
「な?」
黒崎が笑いながら言うと、弱弱しく振り向いた蓮は小さく頷いたのだった。
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