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スペシャル・DVD【B面】-後 (妄想★village・チカさん)




【おめでとう】


【ありがとうございます……】


少しばかり距離を置いている二人だが、定期的にデートもしているし電話もメールも欠かさない。そんな二人だが今日は特別なデートを楽しんでいた。マホの就職が決まったということで、少し背伸びをしたレストランに来ていた。少しばかり気合の入った服で、向かい合うナツキとマホ。
マホも珍しくワインを頼んで乾杯した。


【来年は社会人かぁ……】


感慨深げにつぶやいたナツキに、マホも恥ずかしそうに首をすくめた。飲みなれないワインのせいで、ほんのりと頬が赤い。出版業界の求人は遅くて、四年生のぎりぎりに決まることが多いのだという。マホもそれに合わせて世間一般より遅くに活動を開始していた。


【私もまだ実感がなくて……。夢だった絵本の出版社に採用が決まるなんて……】


ふわふわと笑うマホの顔。ナツキはその笑顔を、久しぶりに見たなと感じた。そのことに気付いて、自分が無理をさせていたのだと悟る。彼女には彼女のペースがあって、無理に押しても引いても駄目なのだ。その事を悟ったナツキ。
自然と肩の力が抜けてゆく。


【絵本の出版なんて素敵だね】


【ずっとずっと夢だったの】


適度に酔いが回り、ナツキと同じように肩の力が抜けてゆくマホ。口調も自然と敬語が抜けて、甘く優しいものになっている。それがまたナツキを喜ばせた。


【マホの夢が叶ったら、もっともっと幸せになれるね】


【だといいんですけど……】


【絶対なれるよ。いろいろなれたら、俺との関係ももっと進めようね?】


グラスを握っているマホの手。それに己の手を重ねて、ゆっくりとでいいから自分との関係も考えてくれと願う。前のように一方的に宣言するのは簡単だが、それでは駄目なのだということをつい先ほど悟った。ゆっくりと歩こうと決めたナツキ。走りたがる己の心を何とか留めて、優しく優しく囁いた。


【……ゆっくりと、行きましょうね?】


ナツキの心情の変化に気付いたのか、マホはゆっくりと首をかしげてナツキに強請ってくる。その言葉に、ナツキの心臓が破れそうなほど高鳴った。ばくばくとなり、マホの言葉が聞こえないほどだ。
マホの先ほどの言葉は、ナツキとの将来を考えてくれていた確実な証拠だ。柔らかく握っていた手をしかっかりと絡めて、もう逃がさないよと暗に告げた。
ゆるく握り返されたその手は、『YES』と答えてくれていた。





「仲直りはできたのか?」


夏の暑い時期にもかかわらず、秋物の厚手の服を纏っている蓮。着替えるためスタジオを出て行こうとするその背中を引き留めたのは、ハンディカメラを構えた黒崎だ。数日前、微妙な雰囲気だった二人。今日はなんだか仲がよさそうな、今にもいちゃいちゃしだしそうな、そんな空気がにじみ出ている。
黒崎の質問に蓮は


「さぁ? どうでしょう?」


とはぐらかす。その顔には余裕がにじみ出ていて、喧嘩は終わったのだなと黒崎は簡単に推察できた。


「話してくれないなら、京子に聞くからいいさ」


蓮より素直な京子。彼女にカメラを向けるのも楽しいかもしれない。鼻歌を歌いながら、踵を返して一足先に着替えを終えていた京子の元へ歩き出す。


「仲直りできたのか?」


唐突にそう問いかけると、どんな魔法かと思ってしまうほど綺麗なピンクに染まった彼女の顔。あまりの見事さに、黒崎はその顔をズームで記録する。


「なっ、なんでっ!? それを!!」


「ん? 見てればわかるって。俺を舐めんな?」


まさか蓮とこそこそ話してました、なんて言えるわけがない。監督としての慧眼だと告げて、にやりと笑うと純真な京子の顔がますます赤く染まった。


「べ、別に喧嘩は……」


「微妙な雰囲気だったじゃないか」


べったりとくっついていたのに、最近はどこかよそよそしい。蓮がじっと目で追っているから、別れたわけではないだろう。そう推理したのだと、至極もっともそうな顔で告げると、次の撮影用の衣装を身にまとった京子は顔を伏せた。


「微妙っていうか……。ちょっと意見の相違があって……」


ごにょごにょと言い募るその姿は、蓮のその姿勢と似ている。なんだかんだで似た者同志なのかもしれない。人差し指どうしをつつき合わせながら、


「大丈夫です。ちゃんと乗り越えてみますから」


(あれ?)


この反応は蓮とは違った。蓮はどこまでも自信なさげだったのに、京子はこんな喧嘩では揺るがないという自信があるようだ。はじけるような笑顔をがカメラに向けられて、黒崎の方がちょっと怯んでしまう。


「外から見てるの楽しいからさ、別れないでくれよ?」


「……私は別れる気、ないんですけど……」


先ほどまでの笑顔は鳴りを潜めて、不安げに揺れた彼女の瞳。すいっと動いたその先には、うろうろと動き回りこちらの様子をうかがっている蓮がいた。
挙動不審極まりないその動きに、黒崎から大きくため息が漏れた。


「なんだか不安でたまらないみたいだぞ?」


体の大きな彼は、こちらが気になるものの来ることができないようだった。黒崎がため息交じりに京子に言うと、それで背中を押されたのか……。


「ちょっと失礼します」


ぱたぱたと走り、蓮の元へ行く彼女の背中をしっかりとファインダーに収めて……。その先でちょっと揉めている二人の姿もばっちり録画する。


「楽しいなぁ……」


小さく揉めている彼らを見つめて、にやにやと悪い笑みを浮かべたのだった。








【これ……】


卒業祝いにと、もらったのは腕時計だった。社会人としてふさわしいデザインながら、女性らしい優雅さも失っていない素敵な贈り物にマホの瞳が大きく見開かれた。


【時計なら何本あっても平気だろう? 何はともあれ、卒業おめでとう】


これでナツキをマホを阻む壁は一つなくなった。新社会人として新たな生活を始めるマホにふさわしい贈り物だと思う。
今つけていた時計を外して、プレゼントされたそれを手首に巻きつけた。揺らめくキャンドルの明りに照らされて、マホの手を優雅に彩った。マホはその明かりの中、様々な角度で手首に巻きついたそれを堪能していた。学生時代に使っていた、チープなものとは全然違う。


【すてき……】


矯めつ眇めつ、堪能していたマホ。ふにゃりと顔を崩して、改めてナツキに頭を下げた。


【ありがとうございます……。すごく素敵なもの……】


【就職祝いと兼ねてるから……】


マホが喜んでくれていることに安堵すると、もう一つ隠し持ってきていたプレゼントを取り出した。


【今はまだ、こんなものしか贈れないけど……】


取り出したのは先ほどの時計より、一回りほど小さい。それをぱかりと開いて、マホの方に向けて差し出した。


【次はもっとちゃんとしたのを贈ります。今はこれで……】


小さな箱の中に入っているのは、ピンクゴールドの華奢な指輪。若い女性に人気のジュエリーブランドで、女性陣に交じって少しばかり恥ずかしい思いをしながら購入したリングだ。婚約指輪、というにはちょっとばかりチープなそれ。差し出すと、マホの顔が戸惑うように揺れた。


【……社会人になったらさ、いろいろ誘惑があると思うんだ。マホ、可愛いし……。変な輩が近寄ってくるかもしれない】


ナツキの中にいつもある、どうしようもない不安。社会人として働くようになれば、人脈も広がるし行動範囲だって広がる。みっともない不安を打ち明けたナツキに、マホの眉が吊り上った。彼女が口を開く前に、


【信じてるよ。でも、周りはそうじゃないだろ? ぐいぐい来るかもしれない。俺は、マホがそんな輩に絡まれるのが嫌なんだ】


器が小さいといわれても、悋気がひどいといわれても……。独り立ちするマホに、少しでも自分の気配を纏っていてもらいたいのだ。そのための、指輪。これほど明確な虫除けもないだろう。今のナツキにはこのカジュアルな指輪しか贈ることができない。
何とか受け取ってくれと、頭を下げてマホに差し出し続けた。どれだけの時間が経っただろう。


【ナツキって、肝心なところがダメ】


マホはため息を一つついて、視線をテーブルに縫い付けているナツキの手から箱を取り上げた。軽くなった手に、ナツキは弾かれたように視線を上げた。その先には、右の薬指にピンクゴールドのわっかを嵌めているマホの姿があった。


【マホ……?】


そんなことをしてくれるなんて想像もしていなくて、驚きに顔が崩れる。そんなナツキに、マホはふんわりと笑うと


【もっとかっこいい言葉、期待してたのに……】


その言葉にへたれていたナツキは姿勢を正した。


【それって……】


【ナツキのことだから、もっとがつがつ来ると思ってました】


指輪をはめた手をナツキにかざして、似あいますか? と小首を傾けたマホ。ナツキは何度も頭を振って、その手をしっかりと握りしめた。


【怒らないの?】


【怒りませんよ? 予想はしてましたから。就職活動の時は、いろいろ我慢してもらいましたし……。こうなるといいなぁと、思ってもいたんですよ? だから、もらえて嬉しいです。ありがとうございます】


マホが頭を下げた。慌ててナツキも


【これからも、ずっとずっと……。よろしくお願いします】


ナツキも頭を下げる。
二人が付き合い始めて一年近くたつ。ちょっとだけ、距離を置いた時期もあったがおおむね仲良く幸せな恋人同士として過ごしてこれたはずだ。これからもその関係を続けてゆこうというナツキに、マホも頷いてくれた。


【今すぐ結婚というわけにはいきませんけど、同棲から始めましょうね】


握りしめていた手を、マホも握ってくれた。
学生を卒業したマホは、ナツキが思うよりずっとずっと大きな女性に成長していたらしい。少し前まで引っ張っていたのはナツキだったのに、今はマホが引っ張ってくれている。そのことに驚きながらも、ナツキは顔をほころばせた。
甘えてくれるだけの恋人がほしいわけじゃない。ナツキだって時々甘えたいのだ。今のマホなら、何の心配もいらない。


【一緒に……】


【頑張りましょうね】


テーブルを挟んで、近づいた顔はそっと重なったのだ。





「お疲れさん」


セットの中から並んで出てきた蓮と京子を、ハンディカメラを構えた黒崎が出迎えた。今のカットでオールアップで、あとは編集作業が待っているだけだ。


「いい作品にするから、期待しててくれよ?」


「黒崎監督の腕は信じてますから。楽しみにしてます」


「はい。私も今回またご一緒できてうれしかったです!!」


仲良く並んだ二人は、仲良く顔を見合わせて黒崎にそう答えてくれた。揉めていたのは解消されたかのように見えるが、僅かばかりのしこりがあるのが黒崎にはわかっていた。


「出来上がったら、サンプル送るわ」


演者に『信じている』と言われて、嬉しいと思わない監督がいたら見てみたい。黒崎もちょっと浮かれた気分になり、


「気合入れて作るよ」


と二人に手を差し伸べて、誓った。その右手には、カメラが握られたまま。じっと向けられるレンズを覗き込んだ蓮は、恐る恐るといった風に問いかけてきた。


「前から気になっていたんですけど、なんでハンディ回してるんですか?」


休憩時間にはずっとまわっていたそれ。蓮は常々不思議だったようだ。黒崎は器用に片頬だけで笑うと


「ん? このスペシャルDVDのメイキング映像に使うんだよ。5話分だけの収録じゃ、ディスクもったいないしよ。撮影の合間とか、NG集とか……。てきとーにつなげて作るんだ」


今まで隠していたことをさらりと打ち明ける。その事実に顔をこわばらせたのは蓮で、また瞬間湯沸かし器見たく頬を赤くしたのは京子だ。


「言ったらいい絵、取れないだろ? 自然な二人を取りたかったんだからさ。揉めてるところも、いちゃついてるところもばっちり収めてあるからな? 期待しててくれよ?」


ハンディを少し掲げて、言葉を重ねると


「ちょっと待ってください!!」


「こ、困ります!!」


慌てた二人が黒崎の腕をつかんだ。それぞれに引っ張られて、構えていたカメラが揺れる。


「お前らが困ってもしらねぇんだ。付き合ってるってことは、周囲に隠してないんだろ? 公認なんだろ? 世間様に顔向けできないことしてるわけじゃなねぇだろ?」


黒崎の言葉に、力強くうなづいたのは蓮のみ。京子は急に勢いをなくして、地面をにらみつけた。
どうやらケンカの原因はこのあたりにあるらしい。


(まぁ、知ったこっちゃねぇよ)


「出来上がったら、事務所に真っ先に渡す。それで中身を確認してもらって、NGだったらまた編集するさ」


どのみち二人の事務所にも確認してもらわねばならないのだ。そのことを告げると、渋々と頷いた二人。黒崎はもう一度、ゴシップ的なものは作らないと約束をして……。現場は解散したのだった。



その約二週間後。


「最上さん、届いたよ」


事務所経由で届けられたディスクには、何のプリントもなく……。雑な字で『メイキング』と記されているのみ。黒崎監督の字に間違いなかった。


「……早かったですね……」


もう少し時間かかかるかと思ってました、と呟くその顔は断頭台の上に乗せられた罪人のようだ。あまりの顔に蓮は苦笑を禁ぜず、ソファの上でかちんこちんになっている彼女の肩をそっと抱き寄せた。


「大丈夫。世の中に出回るって決まったわけじゃないし。まず二人で確認しよう?」


何の飾り気のないそれをデッキに押し込んで、再生ボタンを押すとマイントレーニアのイメージソングと共に、現場の雑多な風景が始まった。大道具を作っているもの遊び心や、衣装さんたちのこだわり。メーカー側の映像なんかも紛れている。


「……ほんとにメイキングなんですね……」


スペシャルDVDが出来上がるまでの過程が、そこには記録されていた。もっとスキャンダラスなものを想像していたらしいキョーコは、蓮の腕の中でほっと力を抜いた。その体を抱き寄せながら、


「黒崎監督、そんなに悪趣味じゃないよ」


と、言葉を返す。
じっと二人が見つめる中、セットの中に納まっている二人の様子や、果物狩りで膝枕なんかをしている姿もテレビに映し出される。


「ひぃ……」


蓮の顔も優しく寛いでいるが、キョーコの顔はもっと甘いものなっている。蓮の指が頬に触れるたび、好きという気持ちがにじみ出て彼に向かって流れだしている。


「こんなの……」


世間にお披露目できるものではないと、キョーコは訴えるが蓮は真逆の意見だ。


「事務所でも公認だし、そこそこの期間お付き合いしてるよね? 俺はもうこそこそデートしたくない。堂々と、手をつないで歩きたい」


ここ最近二人の間で『しこり』となっている問題は、これだった。蓮は結婚しようといって譲らないし、キョーコももう少し待ってくれと言って譲らない。


「デートなら今もできてますよ? これ以上……」


「待ち合わせもできないなんて、変だよ」


それは職業上仕方がないことなのではないかと、訴えるが簡単に論破されてしまう。
なんと反論しようか悩んでいる間にも、DVDはどんどん進んでゆく。スタッフの映像の間に、甘くいちゃいちゃしている二人の画像が紛れ込む。


(油断しすぎ……)


まさかこんな風に使われるなんて思ってもいなかった。だから、油断しきっていて蓮に全身を預けている。そのだらしなくゆるんだ顔を、キョーコは直視できない。傍らにある蓮の胸に顔を埋めて、逃避を試みるが……。
体を抱えられれ、膝の上に乗せられてしまう。己の頭の上に、蓮の顎が乗せられて顔をそらすこともできない。


「ちゃんと見て。俺はこんなにかわいい最上さんが、オオカミの巣の中に一人いるかと思うと……」


ゆるみきったキョーコの笑顔。それが映るたび、蓮はそんなことをつぶやいた。訴えることは、『ナツキ』とそう変わらない。


(男の人ってみんなこうなのかしら……?)


強制的に視界に入ってくる映像。
確かにこの撮影をしている間、とても楽しかった。甘く揺れる役柄と同じく、甘く甘く過ごす時間。日常において、そんな時間を取ろうと思っても中々とれるものではない。


「……結婚したら、どうなっちゃうんですか?」


ふわふわと明確なビジョンを抱けない、『結婚生活』
それに怯えているキョーコ。関係が明確に変わってしまったら、どうにかなってしまうのではないかと怖いのだ。


「俺にもわからない。でも、それを一緒に確認していくのもいいんじゃない?」


「……」


きゅっと抱きしめられて、つむじに触れる唇。それを受け止めて、


「……間違ったら、ちゃんと叱ってくださいね?」


キョーコは視線を上げると、伸び上って蓮の顎にキスを一つ。
それは『yes』のサイン。
蓮はそれを正確に受け止めると、


「間違ってはわはわしてる最上さん、可愛いからなぁ……。しばらく見つめてるかも?」


そんな風に意地悪なことを囁いて、キョーコの唇をふさいだ。
思い立ったが吉日ということで、すぐに社長に電話をして……。キョーコがサインするだけになっていた婚姻届をしっかりと記入して、二人そろって役所に向かった。
この結果を、背中を押してくれたともいえる黒崎監督にも報告する。
いろいろ大人の事情が絡んだ結果、二人に結婚発表はマイントレーニアのイベント発表の場になった。


「……これからも一緒に頑張ろうね」


「これから末永く、よろしくお願いします」


記者たちが居並ぶ会場に出る前に、互いに手をつなぎ合っておでこを触れ合わせていた二人。その姿をまたもや黒崎が写真に収めており、蓮とキョーコへのささやかな結婚祝いの品となったのだ。










コメント

甘くて柔らかい雰囲気がとても素敵でした~!
劇中のナツキとマホはまんま蓮キョだよなぁとニヤニヤしながら読み進めさせていただきました!
でも蓮さんは結婚して公に俺のモノアピールできても心配でたまらないんでしょうけどね!