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【スペシャル・DVD】 (妄想★village・チカさん)

サイド-K






『これ、誕生日プレゼントな。確かにやったからな?』



有名な待ち合わせスポット。約束の時間は二時間も過ぎて、ようやっと現れた彼は謝るどころか……。一本のコーヒーを投げてきた。少し背伸びをしてきたワンピース。短めのスカートの上に転がるそれは、キャラメルマキアートと書かれている飲み物だ。

たしかに甘いそれはお気に入りだったが、それがプレゼントということはどういう事だろう。首を傾げている彼女にため息一つ落として、



『好きだったろ? じゃあな。また後でメールすっから』



好きな事を言うだけ言って、手を振って男は去ってしまった。遅刻の謝罪もなければ、一方的なデートのキャンセル。

呆然としていた彼女は、その展開について行けない。



『……今日、お祝いしてくれるんじゃなかったの……?』



レストランでお祝いをしよう。

確かに言ったのは自分だが、その時は賛成してくれたのだ。一緒に祝おうと言ってくれたのだ。



『もう駄目なのかなぁ……』



最近は連絡もほとんど来ない。何をしているのかもよく分からない。まるで自然消滅を狙っているかのような、彼の行動。別れの合図なのかと、つんっと痛みだした鼻をすすると



『サイテー……』



まるで彼女の心を現したかのような、そんな呟きが耳に入った。右手を振り向くと、綺麗な女の人が綺麗な男の人を花束で殴っていた。

男は何も言い訳せずに、ただされるがまま。

ドラマの中の様な出来事に、周りの人々が遠く離れてゆく。タイミングを失した彼女だけが、ぽかんと口を開けてその修羅場を見つめていた。



『……きゃ……』



一際大きく振りあげられた花束。それは彼を打ち据えた後、彼女の方へ飛んできた。ずっしりと重たい花束。それがぶつかって、流石に痛い。

ぶつかった場所を擦っていると、隣の修羅場は終わったようだ。

頭を抱えている男が一人、残っている。

綺麗なその人が打ちひしがれているのが見ていられなくて、



『あの……』



思わず声をかけて、プレゼントだと投げてよこされたコーヒーを差し出してしまう。普段の己なら絶対にしない行動だが、彼女自身も痛みを抱えている今。誰かとそれを分け合いたかったのだ。



『……これ、貰ってもいいですか?』



きっと捨てられる運命にあるだろう花束。それをプレゼント代わりに貰っても、誰も文句は言うまい。花束を揺すり上げると、男は微かに笑ってコーヒーを受け取ってくれた。

その笑顔を見て、ちょっと変った方法でプレゼントを貰った彼女も柔らかい笑みを浮かべたのだった。





『どんなトラブルも、ハッピーに……。マイトーレーニアー』




サイド-R



『サイテー……』



そんな呟きと共に、男の頬を打ったのは薔薇の花束。贈った筈の花束で滅多打ちにされている男を、周りに立っていた人々が少しずつ距離を取ってゆく。



『私の事、本当に好きじゃなかったのね。サヨナラ』



一際強く叩きつけられた花束。それは顔を庇った男の腕に弾かれて、飛んでゆく。トドメに別れの言葉を告げられて、女性が立ち去ると周囲にいた人人から同情のまなざしが注がれる。



『なんでこんなことに……』



呆然と呟く男はへたり込む様に先ほどまで座っていたベンチに腰を下ろした。その髪にも体にも、薔薇の花びらがこびり付いている。



『はぁ……』



彼女が怒った理由も、別れを告げられた理由も皆目見当がつかず、頭を抱えていると



『あの……』



大きく項垂れる彼に差し出されたのは、カップコーヒー。『キャラメルマキアート』と書かれた甘いそれは、普段の彼は飲んだりしない。けれど、この訳の分からない状況の中で、ひどく疲れてもいた。

それを差し出しているのは、まだ若い女性。大学生くらいかもしれない。その両手には、先ほど飛んで行った花束が握られていた。



『……』



見知らぬ人から何かを貰う事に抵抗があって、延ばした手が中途半端に止まる。



『……これ、貰ってもいいですか?』



男の逡巡が分かったのか、少女はぼろぼろになっている花束を揺すりほんのりと笑った。



『そのかわり……。と言っては何ですけど……。これ、どうぞ』



これ以上酷い目に合う事もないだろうと、男はコーヒーを受け取って甘い甘いそれを啜る。



『あま……』



普段飲みなれないそれは、喉に絡む様に甘かった。それを一気に煽り、



『ご馳走様、美味しかった』



笑って目の前に立っている彼女に笑いかけると、



『貰ってくださってありがとうございました。これも、ありがとうございます』



綺麗なお辞儀をして、人ごみの中に消えていった。その背中をぼんやりと見送った男。

少しばかり残念そうな、切ない様な眼差しを残して……。



『どんな出来事もハッピーに……。マイトーレーニアー』






蓮とキョーコそれぞれがメインを張り、撮影されたCMは好評を博していた。淡い恋の芽生えすら予感させるその出来栄えに、続編をと望む声が多数寄せられて……。



「え?」



「ドラマにするんですか?」



LMEの会議室に二人揃って告げられた新しい仕事に、二人は目を丸くした。いくら好評とはいえ、CMはCM。それがドラマに発展するのはとても珍しい事だからだ。

並んで座っている二人の間には、微妙な隙間がある。何とも表現しがたい、絶妙な隙間。

それなのに仕草は酷く似通っている。

そろってくるりと目を回す二人に、椹はちょっと言葉が足りなかったなと笑い



「販促のためにキャンペーンを張るそうなんだ。それの景品として、スペシャルDVDをつけると……。で、マキアートが繋いだ二人のその後が描かれるらしい。凄いな、二人とも」



いつも以上に優しい笑顔を見せてくれて、キョーコはふわりと小さく可愛らしく笑う。

それを横目に盗み見ていた蓮も、口角を少しばかりゆるめた。



「で、内容ってどんなのになるんですか?」



その後、という事なのだから何かしら『恋愛』要素が絡んだものになるのだろう、というのは想像に容易い。



「あぁ、企画書はこれだ」



差し出された一枚の紙には、



『彼と彼女が一年後、同じ場所で出会い付き合いだすまでのドラマ』



と何だかあやふやな内容が記されているのみ。



「付き合いだす……」



その文字を見たキョーコが、先ほどの笑顔なんか嘘の様に青ざめた顔でそう呟いた。地獄の縁に立っているかのような呟きに、



「最上君は恋愛ドラマ初めてだっけ? 大丈夫。蓮が一緒だし」



と、椹が太鼓判を押すのだがキョーコの顔は益々強張ってゆく。



(……俺が相手じゃ嫌なのかな?)



ちょっとばかり様子が違ってきた彼女に、キョーコと共演だと浮かれていた蓮の心が陰る。



「最上さん、大丈夫? 何か不安なところあった?」



みっともないとは思いつつも、そう尋ねずにはいられない。



「いえ……っ!! 私なんかがこんな大役を頂いてしまって、いいのかなぁ……と……」



何かに脅えるキョーコに、蓮は『逃がさないぞ』と笑みの向こう側にそういう文字を潜ませて、体を寄せることで開いていた隙間を埋めた。しっかりと手を握り、



「最上さんの初めての相手俺なんて、すごく光栄だよ。タイトなスケジュールみたいだけど、一緒に頑張ろうね」



そう宣言する。



「ひぃ……」



迫られたキョーコは益々顔を引きつらせるが、蓮は絡め取った手を解こうとはしなかった。



「最上さんと一緒だと、いつも以上に頑張れる気がするんだ」



「……ひょろひく、おねがいひまふ……」



今にも意識を飛ばしてしまいそうなキョーコ。その手を離すことはなく、蓮は椹の話の続きを聞く。

スケジュールや監督、そしてDVDの配布方法など……。



「これが完成したら、二人もキャンペーンで飛び回ってもらう事になると思う。なるべく無理をしないでくれよ?」



「はい」



「ひゃい……」



こうして始まったスペシャルドラマの撮影。約一か月という、タイトなスケジュールを終えて……。全てが完成したそのお披露目会で何故か



「このドラマをきっかけに、結婚することと相成りました」



「……世間様をお騒がせして、申し訳ありません……」



これ以上なく上機嫌で話す蓮と、しょぼしょぼと肩を落とし頭を下げるキョーコ。二人の結婚も発表されたのだ。

素晴らしい出来栄えのDVDだけではなく、撮影の間に何があったのかと世間様の注目を集めたスペシャルドラマ。

メイキング映像には、結婚に至った二人の淡い恋模様も写されているいう噂も実しやかに流れたのだが……。

それは当たった人だけが知る、特別な出来事。





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黒崎監督視線へ