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本気のホンキ (なんてことない非日常・ユンまんまさん)

 「じゃあ、私が悪いって言うんですか!?」




「ああ、俺に落ち度なんて一個もないよ?」




どうして・・・こうなった?




「もういいです!!別れます!!!」




「っ!・・・そういえば・・俺が折れるとでも?」




俺だけじゃない・・・助監督も・・アシスタントも・・他のスタッフも・・みんな・・みんな・・・真っ青だ。



この・・二人の本気の芝居に・・・・・・・・・・・。





**************




「コンセプトは、時代は繰り返される。・・・このジュエリーCMは20年前の映像を使い、同じようにカップルが些細なことで喧嘩して一度離れてしまう・・けれど男性が指輪を持って彼女に謝ると共にプロポーズをするという流れになっているんだ」




安南監督の説明にキョーコと蓮は頷いた。




「ただ、前作と違うのは彼女は自分の母親に彼のことを相談しに行くという所だ。ここは別撮りになるから京子は来週からクランクインだ」







「はい!」




今日の撮影の三ヶ月前、二人は今回のCM撮影に当たっての注意事項を聞いていた。




「そして喧嘩のシーンは完全アドリブだ。京子は久々だろ?こういうの、思う存分やってくれ!」




その時の言葉を安南監督は大いに後悔していた。



今回採用した二人は、名だたる俳優たちを凌ぐ勢いで急成長をする若手俳優たちだった。

既に有名俳優として輝かしい実績を残す、敦賀 蓮とまだ新人の域を脱しないまでもその実力は幾人もの監督たちの間で有名になりつつタレント京子。



その監督の中の一人でもある安南も、彼女の実力を知っているつもりだったし蓮のことも聞き及んでいた。





でも、予想をいつも超えてくるのが彼女だということをすっかり忘れていた。






************







(・・・・なめてたんだ・・・・彼らはまだ若いって・・・・)




まだ22歳の彼と18歳の彼女。

人生の分岐点など、まださほど味わったことがないと甘く見ていたんだ。



ただちょっと喧嘩してくれればとか、彼女が泣き顔を見せて彼が動揺した表情を見せればいいとか・・・・そう思っていた。



けれどたまにいるんだ・・・・

年齢にそぐわない体験をして大人びる。

彼らはまさしくそうだったのではないかと感じた。



だからって・・・これでは・・・本当に・・・・・




「もう別れます!!」




蓮が苦しそうにキョーコの言葉を聞きながらも、折れようとしなかったためか大きな瞳にはたっぷりと涙をためて蓮が掴んだ両手を喚きながら振り回した。




「・・・一度冷静に・・」




「冷静!?・・・そうやって・・・私を丸め込んで・・・今までのことをなかったことにするつもりですか?」




キっと睨んだキョーコの瞳からは、支えきれなくなった涙が一筋柔らかな頬を伝っていった。

その瞳の強さと、そして震えている彼女の手に蓮は思わずはっとして力を緩めた。




「・・・・さようなら・・・」




タッ・・と彼の脇をすり抜けて彼女は部屋を飛び出していった。

彼はしばし呆然と立ち尽くすと、二人で過ごしたダイニングテーブルに拳を叩きつけた。



その音に、誰しもがびくりと肩を震わせた。



そして彼はそのまま膝をがっくりと折り、ダイニングテーブルに突っ伏して肩を震わせた。




どれほど蓮がそうしていたのだろうか・・・

助監督の小さな咳払いで、ようやく今自分が仕事をしにここにいることを思い出した。



本当のカップルの別れ際の攻防を見に来たわけじゃない。




「カ・・・カーット!!!お・・OK!!」



安南のその言葉を聞いた途端、蓮は立ち上がりスタジオを飛び出していった。







************







「・・・・・・・・・・え?」




俺・・『カット』って言ったよな?



呆然としているのはやはり俺だけじゃなかった。

スタジオを矢のように飛び出していった彼の顔は見えなかった。

けれど・・・・なんというか・・・噂で聞いていたような『春の陽射し』の眼差し・・・ではなかったよな・・・・・。



彼女のところに・・・行ったのかな?

・・何しに?



・・・・・・・いやいやいや・・きっとカットがかかったことを伝えに行ったんだよ、うん!

説明していた時は普通に同じ事務所で仲のいい先輩と後輩といった感じだったし・・・



けれどあの雰囲気・・・どう見たって、本当のカップルの喧嘩・・・(しかもかなり深刻)

内心、彼らの後を追って何が起きているのか知りたい!・・けれどそんな危険なこと出来る雰囲気でもなかったよな。



みんな同じ気持ちだったのだろう。



彼らがいなかったのはたかだか15分ほどの出来事だった。

なのにまるで1時間も2時間も待たされていたかのような気分になった。




「すみません!!飛び出してしまって!」




さっきまでの情に振り回されて女の顔をしていた彼女は、いつもの害にならない顔に戻って俺たちに必死に頭を下げてくれた。



その横には彼が並んで立ち、同じように頭を下げた。




「すみません・・彼女は役に入り込むとしばらく抜け出せないらしくて・・・ここを飛び出してしまうと、一人走り出して止まらないことを知っているので俺もスタジオを飛び出してしまいました」




敦賀君と京子は、嘘をついている様子もなく必死にそう説明してくれたため皆納得した。




ただ・・・その~・・・・手・・は・・・何・・かな?

京子の腰に何気なく回されているけれど・・・はっきりとした意思を持つ敦賀君の手。



あれは・・・一体?




*************




「え~・・・では・・最後のシーンは、指輪を差し出してプロポーズするシーンです」




助監督の話に二人が何度か頷いている姿を俺は眺めた。




二人が帰ってきて直ぐに休憩にすることにした。

1時間ほどの休憩の間にセットを変えて、気持ちも入れ替えて。



そう、彼らは本当の役者だ。

彼らの本気をこのカメラに収めなくては。



彼らの本気を。




『な・・に・・・もう・・話すことなんて・・・』




母親と話したことで落ち着きを取り戻した彼女の元に彼が真剣な顔をして現れた。

その神妙な顔に彼女は、彼から別れを切り出されるのではないかと恐れ自分から離れようとしていた。



今にも泣き出しそうで不安いっぱいの彼女の表情に、女性スタッフたちは共感しているのか手を胸元で組んでじっと見つめていた。



「愛してる」




「!?・・・・なっ・・・」




「愛してる・・・これからもずっと・・・一緒に・・くだらないことで喧嘩しても、夕飯のメニューで言い合いになっても、やきもちを焼いても・・・・俺は、君への想いはずっと変わらない・・・一生、俺の側から離れないで・・俺と・・永遠を誓って?」




顔も耳も真っ赤になっているキョーコの前で、蓮は柔らかな笑みを浮かべながら一心にキョーコを見つめ片膝を付いた。



そして、スーツのジャケットから取り出した小さな箱の蓋を開けて、キョーコに差し出した。




「俺と、結婚してください」




キョーコだけでなく、周りにいた女性たち全員が蓮の言葉に赤面し心の中で悶えた。



キョーコは震える手で、その箱を受け取ろうとしたがためらった。




「・・・わ・・・私で・・・・いいんですか?」




「うん、君がいい」




大きく頷いた蓮の前にキョーコも跪くと、そっと蓮の手から箱を受け取り指輪を眺めると嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔に、思わず蓮が抱きしめてしまっても皆納得するだけだった。




**************




「オッケ~です!オールアップです!!お疲れ様でした~」




チェックも終わり、異様な雰囲気から始まった撮影はようやく終わった。







「いや~お二人の雰囲気にすっかり翻弄されてしまいましたよ~」




俺がそう声をかけると、二人は嬉しそうに頷いた。




「本当に付き合ってるカップルみたいだったから、流れも知っているのに妙にドキドキしちゃいましたよ~」




本当にそう思っているが、安堵も混じって俺は軽くそう言ってしまった。



言ってしまってから・・・・しまったと思ったのは、二人が笑顔のまま固まったからだ。




(え・・・・・・・・・・え!?も、もしかして・・・ええ!?本気のホンキだったのか!?あの喧嘩!!?)




俺の動揺が表情で読み取れたのだろう、敦賀君は少し困った顔をしてその魅惑的な顔を崩してウィンクしながら人差し指を唇の前に立てた。




「・・すみません・・・事務所からはまだオフレコにしておけと言われていますので・・・」




小さな声でも本当にいい声だ・・・なんて思っているうちに、二人は綺麗なお辞儀で挨拶を終え嵐を巻き起こしたスタジオを後にした。



それから数ヶ月のちに完成したCMは、予想を超える大ヒットでスポンサーから涙ながらに感謝を伝えられたりCM大賞にノミネートされたりと話題になった。



けれど、それ以上に俺を驚かせたのはあの二人の結婚発表だった。



わかっていた・・・わかっていたけど・・・・。



彼らのコメントに、数ヶ月前にプロポーズ・・という記事を目にしてから俺は、自分で作ったCMが直視できなかった。



彼らの本気は、喧嘩のシーンではなく・・・・・・





プロポーズのシーンが、本気のホンキだったのだと・・・俺はようやく知ることになったのだった。






end