カメラと彼女と自転車と 2 (なんてことない非日常・ユンまんまさん)
「よし!!いい天気だな!?」
ファインダー越しを自らの両手で作り、その中を覗き込んで黒崎は上機嫌で振り返った。
しかしそこには、抜けるような青空とは対照的に黒く澱んだ空気を纏うキョーコの姿があった。
「・・・・・・・・・しけた面だな~・・・なんだ?また役が掴めていないのか?」
「・・・いえ・・・そういうわけでは・・・・・」
どよよ~~ん・・と、さらに落ち込むキョーコに黒崎は大きくため息をついた。
「今から自転車爆走させるヤツが、そんな調子だと困るんだが?」
「うぐ・・・すみません・・・まったくもってすみません・・・」
ネガティブワールドへ突入しているキョーコには、何を言っても仕方がないと黒崎は台本を筒状に丸め無言で後ろ首をポンポンと叩いた。
すると、少し離れた所で女性たちの黄色い声が上がった。
「おっ、王子様登場か?」
声のする方に二人が顔を向けると、マネージャーの社と共に人当たりのいい笑顔を見せながら野次馬で集まった女性たちやスタッフに挨拶をしてこちらに向かってくる蓮の姿が映った。
「遅くなりました」
「いや?時間5分前だ・・・じゃあ、軽くテストするか・・・お~い!スタンバイしろ~」
俯いて固まるキョーコを置いて、黒崎はその場を離れてスタッフたちに指示を出しに行く。
それと入れ替わるように蓮が、少し遠慮がちにキョーコの側に寄った。
「・・・おはよう・・最上さん・・・このあいだは・・・」
言葉を選びながら口を開いた蓮に、キョーコはギクリと肩を震わせるとササッと距離を取った。
「いっ・・いえっ・・・・先日はお邪魔いたしまして申し訳ありませんでした!・・・わ、私は・・私もこの作品をいい物にしたいと思いますので、敦賀さんもお気になさらずに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・そ・・う・・・」
そう会話を終了した二人の間には、微妙な空気が流れた。
それを背後で感じ、会話を何気なく盗み聞きした黒崎はちらりと二人を振り返った。
(・・・・はあ~~ん・・・)
目を伏せ、耳まで赤くなりながらも少しだけ苦しそうな表情のキョーコとそれをそれ以上に苦しそうな顔で見つめる蓮。
二人の表情を見た後、黒崎は正面に顔を戻し忙しそうに働くスタッフたちを目で追いながら小さくため息をついた。
「・・・・さて・・・どうしたもんかな?」
黒崎は一抹の不安を抱えながらも、今この二人に割って入るのは得策ではないと感じ尻ポケットに突っ込んでいる携帯を取り出した。
「・・・・・あ、もしもし・・黒崎です・・・ええ・・はい・・・・ちょっとお尋ねしたいことが・・・・・・・」
*************
携帯も済ませた黒崎は、気分も新たに準備の整った現場を確認した後メガホンを取った。
「じゃあ、京子!準備はいいか?!」
黒崎の声は、遠く離れたキョーコの耳にも届いたのかコクリと深く頷くのが見えた。
それと同時に黒崎は、メガホンを振るった。
「ヨーーーイ・・・スターット!!!」
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少女は通常の女子高生が使うような自転車ではなく、軽そうな細いフレームに細いが大きな車輪のついたものを押しながら自宅の門扉を出た所で幼馴染の男性も同じように門を出てくる姿が目に映った。
彼は、愛用のカメラが納まっている大きなバックを背負いながら少女の方に笑顔でやってきた。
『おはよう、今日は試合?』
『うん!兄ちゃんも撮りに来るの?』
少女は器用に体で自転車を支えながら、両手でカメラを構えるポーズをとった。
それに彼は柔らかな笑顔で頷く。
『期待してるぞ』
『任せて!』
笑う彼女は、いつものように太陽のキラメキを反射するような笑顔を見せた。
けれど、その笑顔の横でピースサインをする手が微かに震えていた。
それを見た彼は、口元に拳を持ってきて小さく口の端を上げると彼女の頭をポンポンと撫でた。
『!?』
『いつもの調子でいいよ』
その柔らかな言葉に、柔らかな表情に少女は目を見開いた後少し顔を赤らめながらも『当然!』と返して自転車に跨った。
それでも少女は緊張していた。
大会の舞台袖。
他の競技者が、きっちりと自分のメイクをこなしていく。
沸きあがる歓声。
会場の熱気。
全てが彼女の小さな肩に重くのしかかる。
その時、彼の微笑みと共に『いつもの調子でいいよ』と言われた声が蘇る。
彼女は愛用のデオドラントを首元に一気に振りかけた。
アイスクールで火照った肌をクールダウンして、キラキラと輝くパウダーがサラサラ感と肌を綺麗に見せる輝きを同時に彼女に与えた。
彼女はコールされて一気に飛び出した。
いつも通り。
いや、いつも以上のメイクに観客は今までにないほどの盛り上がりを見せる。
その観客たちの中に、プロ使用の大きな一眼レフを構えた彼が彼女のメイクを逃すまいとシャッターを切っていた。
結果、彼女は最高得点で名前を呼ばれた。
一番高い壇上から、彼を見つけた彼女はカメラを構えた彼に満面の笑顔を向けた。
今度は震えていないピースサインで。
その笑顔に、彼は心の内が熱くなるのを感じファインダー越しではなく自分の目で彼女の笑顔が見たくなったのだった。
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「いいんじゃね?」
映像をチェックした黒崎の言葉に、スタッフたちから歓声が上がりキョーコも蓮もそしてエキストラたちも安心した笑顔を見せた。
「本日の撮影オールアップです!お疲れ様でした~!!」
助監督のその言葉に、皆がそれぞれ帰るための準備を始めた。
当然キョーコも蓮も、いろんな所から声をかけながらも退出しようと流れていく。
しかし黒崎は慌てて二人を呼び止めた。
「おおい!お二人さん、ちょっと待ってくんねーか?!」
「あ・・・はい」
「なんですか?」
二人同時に止まり、黒崎に振り返った。
「ちょっと提案があるんだが・・・」
黒崎がこの先何を考えているのか知らない二人は、疑問符を頭に貼り付けながらお互い顔を見合わせて首をかしげたのだった。
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