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カメラと彼女と自転車と   3 (なんてことない非日常・ユンまんまさん)

『実は、KOOSAだけじゃなくてニルコタとも契約したんだわ』




黒崎の発言に目を丸くしたのは、つい先程のことだった。




***************




ニルコタとは今回、蓮の役が持っている一眼レフカメラのメーカーだった。




「んで、今回の配役のまま別CMも同時で撮る事になったんだよね~」




黒崎が軽いのりでそう言うと、蓮は少し憮然とした表情になった。




「・・・うちの事務所には・・」




「それは当然先に承諾を貰ってる・・・敦賀君のスケジュールにもほとんど影響がないんだから返事は完結だったけどね?」




「スケジュールに影響ないって・・・・?」




疑問を口にしたのはキョーコだった。

蓮は予想がついているのか、小さくため息をついた。




「つまり、このCMをKOOSA側とニルコタ側双方の視点から同時に作られるっていうことですよね?」




「そういうこと・・・・KOOSA側は主に京子。ニルコタ側は主に敦賀君が主演でいくっていうこと・・・そして両企業は既に乗り気で、ホームページにもリンクが貼り付けられてる・・・」




「・・・・じゃあ・・・俺たちに伺いを立てるまでもなく決定事項じゃないですか・・・」




少し蚊帳の外にいた状態が気に食わないのか蓮がそう言うのを、キョーコが心配そうに見上げていた。




「ああ・・・まあ・・・そうなんだけど・・・それとは別に協力して欲しいことがあったんだよ」




「・・・は?」




「このカメラで敦賀君に京子のプライベート写真を撮ってきて欲しいんだ」




「は!?」




なんだか一触即発な雰囲気が流れはじめたのを感じ取っていたキョーコは、オロオロと二人の間であせっていたのだが黒崎の言葉に蓮よりも先に反応してしまっていた。




「・・・・・・具体的には?」




驚くキョーコとは打って変わって、冷静な切り返しをする蓮に黒崎はニヤニヤと笑いながら条件を述べ始めた。




「できるだけ素に近い状態・・ああ、ただしこの役に近い状態で・・・・そんでできるだけ・・・というか100パー敦賀君が撮った写真でよろしく」




「ええ!?ど、どいうことですか?!」




またしても蓮より先に叫んだキョーコと、その後ろでカメラを持ったまま固まっている蓮に見えるように黒崎は一枚の用紙を掲げた。



それにはニルコタのCMキャッチコピーが大きく中央に書かれたいた。




《俺の視線の先には、輝く君》




「つうことで・・・これを頭において、敦賀君視線の京子を大量に撮ってきてくれ・・・期日は来週の撮影までに」




そんな黒崎の言葉に、不服を申し立てたのは京子だった。




「そんな!?敦賀さんただでさえハードスケジュールなんですよ!?・・なにがスケジュールに影響ないですか・・・こんな私なんか撮ってる間に一秒でも長く体を休めて、一品でも多くお食事を取って欲しいのに!!」




キョーコの叫びに、黒崎は一瞬大きく目を見開いた。

が、直ぐに表情を引き締めるとキョーコを見下ろした。




「これは仕事で、決定事項・・・撮られる側のお前の方が負担が大きいの気づいてないのか?」






黒崎の鋭い視線と、低い声にキョーコはさっと青褪めうろたえた。






「・・・・・・・え?!そ、そうなんですか!?・・・あ・・でも、常にこの役を乗せておかないといけないという事で・・・た、確かに・・・でも!私はまだまだペーペーの役者で、敦賀さんほどの忙しさはないから多少の時間なんて・・・・」




「最上さん、君も十分忙しいよ・・・」




まくし立てるキョーコを宥めるような優しく響く低い声に、キョーコは目元をやや赤くして蓮を見上げた。




「でも・・・・」




心配そうな顔をするキョーコに、優しく微笑みかける蓮を見ていた黒崎は元あった予定通りの言葉をさも今思いついたように言い始めた。




「・・・ん~・・じゃあ、しばらく一緒のスケジュールにしてもらったらいいんじゃね?同じ事務所なんだし・・ついでにプライベートもちょっくら一緒の時間を作って素の京子を撮ってもらえよ」




そうだ、それがいい!と、黒崎は否定の叫び声を上げるキョーコを無視して話を進めるべく携帯を取り出し二人に背を向けた。

その瞬間、蓮の中で起こった疑惑が確証を得たように表情が一瞬変わった。

しかし、それに気づかないキョーコは背を向けLME事務所に電話をしようとする黒崎の服を掴んで抗議し続けた。

そんなキョーコの肩をそっと掴んで、引き止めたのは蓮だった。




「黒崎監督、それは俺から直接上に言いますから・・・大丈夫ですよ?」




携帯のコールをかけそうになっていた黒崎は、にっこりと笑顔を作る蓮にそう諭され「お・・おう・・」と戸惑い気味に返事した。



なぜ、少し戸惑ったかというと黒崎の服を掴んでいたキョーコが蓮の顔を見た途端急に子リスのように震えだしたからというわけではない。



なんとなく・・・そう、なんとなく・・・あの笑顔は怖いと・・・感じたのだ。




(・・・・・アイツ・・・・・ただの人気俳優・・・なだけじゃないのかもな~・・・)




黒崎との話しが終わり、衣装を着替えた二人が再度黒崎に挨拶を済まし帰って行く背中を見つめながらそうぼんやりと思うのだった。



後日、上がってきた写真は予想以上に・・・・素のキョーコだった。




****************






最初は少し離れ気味に、畏まった様子のキョーコ。

徐々に笑顔が出てきて、少し膨れっ面をしたり困惑したりあくびをしてたり・・・。



本当に四六時中一緒にいる時にしか見せない表情が、今黒崎の目の前にある低めのテーブルの上にどっさりと置かれていた。




(・・・・・よくもまあ・・・こんなに・・・・・)




200枚以上はあるだろう写真に、一日何枚撮ったのかと数えるのを辟易しながら諦め目に付いた写真を一枚取り上げた。



それは、りんごを持って笑顔で振り返っているキョーコのアップだった。




(・・・・・見てるこっちが恥ずかしい・・)




写り手から明らかな好意が滲み、写し手がそれを上回る愛情で収めている一枚をじっと見つめた。



そしてふと顔を上げると今日撮影を終えたキョーコの姿が、編集用のテレビの中で止まっている。



今日はデオシートの撮影で、先週撮った話の続きは彼女と彼の少し過去にさかのぼった話を撮った。

それと先週の優勝シーンを重ねて放送される。





゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆



内容は、大会に出る少し前何度も同じ所で失敗をする彼女。

それとは別にカメラマンの腕を認められず、モデルの方が向いているのではとからかわれ落ち込む。



そんな彼は目撃することになる。

一度は落ち込み沈んでいた彼女がクールデオシートでかいた汗を拭うと再び元気よく立ち上がり、練習を始めるという姿を。



それを思い出しながら、彼は彼女の名前がコールされて姿を現すまで何度も頭の中で呟いた。

彼女は優勝するべき人物なのだと。



そして、優勝した彼女に彼は惜しみない拍手を贈った。



゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆



というものだ。

今後はUVジェルに保湿ジェルと続く。



隣に住む幼馴染の彼と、高校生の彼女の話はあと三話で終わるがそれを今度は彼の視点でカメラのCMへと引き継がれる。



どちらもお互い思いあっていたんだとわかるようになるのは、この写真を使ったCMが鍵だ。




「・・・・・十分過ぎるだろ・・・・」




こんなにも想いが溢れている写真を目の前に、黒崎は初日の撮影に会話をした人物の顔を思い浮かべた。




「これで文句はないだろう」




これで『彼』の思い通りに事が運ばなくても、俺の責任じゃないぞ・・・

と、黒崎は心の中でごちた。




「・・・・でも・・・この表情は俺が撮りたかったな・・・・・」




絶対の信頼と、一心の親愛を向けた視線と笑顔。

男女の情を交わしたいとは思わないまでも、キョーコとの距離感は今までの女優には抱かなかったほど心地いいものだった。



演技に信頼がおけて、その言動に驚かされて、新たな才能に心臓を高鳴らせられる人物にこれから先新たに出会えるのか・・・黒崎はキョーコの姿を瞼の裏に思い浮かべて、熱の混じったため息をついた。





(あれ?・・・なに言ってんだ?俺・・・・)





思わずもらした言葉を改めて思い返して、呆然としていると部屋をノックされた。





「!・・・誰だ?」





テーブルに散らばった写真を慌てて一まとめにしながら、扉を叩いた人物に声をかけると返事は意外な人物だった。





「敦賀です・・少し・・・話し、いいですか?」





いや、黒崎にはなんとなく察しがついていた。

写真を纏める手を止め、入るように促すと神妙な面持ちの蓮が姿を見せた。





「すみません・・・突然・・」





「いいや・・かまわねーよ・・・・話はコレのことか?」





無造作に束ねられた写真をトントンと指先で叩くと、蓮は困ったような表情を見せた。





「・・・というか・・うちの社長が無理難題を押し付けたのではないかと・・・」





「何だ・・知ってたのか・・」





「いえ・・・なんとなく・・そんな気がして・・・今回のCMの話が来たときからおかしいな・・とは思ってました」





その蓮の言葉に、黒崎は少なからず驚いた。





「俺のスケジュールは、有能なマネージャーが胃薬を飲みながらでもしっかり組んで二年半先まで埋まってます・・・そのスケジュール内容を俺は、マネージャーと同じだけ把握しています・・・だから、二ヶ月前に新規でスケジュールを組めるはずが無いんです・・・特に大きな企業とは」





ニコルタの件のことを言っているのだろうが、KOOSAについてもたぶん同様だろう。

一度KOOSAのCMに相手役として出たことはあるがそれはもう二年近く前の話だ。



蓮のスケジュールにポンと新規の依頼が飛び込んでこれるはずが無いのだ。



社長が絡んでこなければ・・・・





「すみません・・・俺たちのことに黒崎さんを巻き込んでしまって・・・」





「いや・・・俺だっていい作品を作れるならって乗らせてもらったんだからお互い様だろ・・・で?上手くいったのか?京子と・・・」





つい聞いてしまったことを黒崎は後悔した。

蓮が笑顔のまま凍りついたからだ。





「あ~・・・・いや・・その・・・」





なんと声をかけていいのかわからずに、言葉を濁していると蓮が急に立ち上がった。





「ご心配なく・・・撮影に影響は及ぼしませんし、返事を保留されているだけですから・・・・」





伝えるべき言葉は言ったのか・・・と、内心安堵していたのだがそんな黒崎に痛みを覚える視線が蓮から飛んできた。





「ですから・・・この機会に彼女に必要以上に近づいて欲しくないと・・思ってます・・・・」





「・・・・は?」





「・・・・すみません・・・さっきの独り言・・・聞こえてしまって・・・」





目を丸くする黒崎に対して、苦虫を噛み潰したような表情の蓮は顔をそらしつつそう伝えた。





「なっ!?あ、あれは、監督としてこれぐらい簡単に撮りたかったって言ったまでで・・・」





必死に言い訳する黒崎は、だんだん言うのがバカらしくなってきて大きなため息をついて一枚キョーコの写真を束の中から引き抜いた。





「俺に牽制なんかしなくても・・・コレで、十分なんじゃないか?」





差し出したのは、真っ直ぐカメラマンを見つめ愛くるしい笑顔を見せているキョーコのアップだった。





「俺ができるのは、こんな風に少しだけ自分の心の中にあるものを引き出してやることだけだ・・・それはどの作品にも力を込めているし、抜いたことの無いものだ」





黒崎の言葉を聞きながら、蓮は渡された写真を食い入るように見つめた。





「撮影終了まで引っ張られると、最終話のキスシーン・・・上手くいかない気がするんだが?」





黒崎はそう言うと、にぃ~・・・っとチンピラ風の笑顔で蓮を急きたてた。





「KOOSAとニルコタのラストは同じなんだ・・・これ、京子にも渡してやってくれ」





先程出来上がったばかりの最終話の台本を、黒崎は蓮にぐいっと押し付けた。





「!!・・・・・はい、わかりました・・・・必ず、いい作品にします!」





「ぶっは!・・それ、俺のセリフ・・・・似てるよ・・・二人」





「え?・・・・・・」





ぼそりと零した黒崎の言葉の真相を知ることが無いまま、蓮はその後当たり障りのない会話を済ませると黒崎の元を去った。



そんな蓮の後姿を見送りながら、黒崎は確信した。



このCMは必ず、最高の作品となると・・・・・・。







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