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spicy for you 中編 (こぶたのヒトリゴト。・マックちゃんさん)

ある時は突発的なアクシデントで。また、ある時は小さな子供のように泣きじゃくる私をあやす為に。
何度も抱き寄せられた事のあるその逞しい腕の中はいつも優しい、いい香りがした。

そのうち数度は、役作りの為の苦くて渋い煙草の臭いも一緒だったけれど。

私の心も体も癒して甘やかす、一種のセラピーだと思える程柔らかな香り。
だけどすぅっと胸に深く吸い込むと、すっきりとした爽やかさも感じられる。

他の男の人の香りなんてわからないけれど。
あの人の傍が危険な事だけはわかる。


私の思考を奪って、ぐずぐずに溶かしきって、気付いた時にはもう手遅れ。
その香りを嗅いだだけで、身体も心も私のすべてが彼と言う存在に捉えられてしまう。


そんな、危険な香りを身に纏っている男性(ヒト)なの―――



『spicy for you』 中編



美しい世界に生まれて、美しい物だけを見つめて育ってきた。
優しい両親、温かい家庭。一緒に過ごして楽しい友人。
穏やかで何一つ不自由ない暮らし。

だけど、遊びに降りた人間界で一人の男性と出会ってしまった事が、彼女の運命を狂わせた。

端正な横顔、愁いを帯びた表情。
サラサラと艶めく黒檀の髪。
薄手のシャツでは隠しきれない、鍛え上げられた体躯。
そして―――高級感があるのに気取らない、優しい爽やかな香り。

彼女は一目見ただけで、その人間の男の虜になった。


こんな美しい男性(ヒト)、妖精界にだっていなかった。
色んな美しい物に囲まれて過ごしてきたけれど、こんなに胸を熱くさせる人は生まれて初めて。
身体の奥から湧き上がっては全身を熱く巡って突き破る、この感情のおさめ方なんて私にはわからない。

もっとこの人の事が知りたい。もっとこの人の傍にいたい。
この人が欲しい。

その為なら私、こんな羽根―――!!




『カーッ!!OK!!』


黒崎の大きな声が拡声器で更に強調され、脳天までビリビリと振動が来た事でキョーコははっと現実に引き戻されて、憑けていた役を手放した。
少し離れた場所から蓮が駆け寄り、反り返るような姿勢をとっていたキョーコの手を取る。

「大丈夫?」
「はっ、はい!問題ありません!!」

自分の手を掴む大きくて熱い掌・・・蓮の熱が全身に廻り侵されそうで、キョーコは慌てて姿勢を正して蓮から離れる。
が、長いドレスの裾を思いっきり踏んでしまって、逆に蓮の腕の中に飛び込んでしまった。
ぼふんと爆発音が聞こえそうな程に真っ赤になるキョーコ。
まるで熟れたリンゴの頬をからかうように、蓮が耳元でこっそりと呟く。

「本当に可愛い妖精さんだよね。俺の方が虜になりそうだよ・・・」
「お、お、畏れ入ります!こちらのスタイリストさんのコスメ・デ・マジックは大変に素晴らしいものがありまして!

「くす・・・素がいいからだよ。」

少し意地悪な笑みと共に優しい声音で甘く囁かれれば、蓮の一面である夜の帝王モードを苦手とするキョーコは「ぴぎゃ!」と奇声を発してそのまま固まってしまった。

「おーい!お二人さんよぅ、いちゃつくのは後にして一緒にチェックしてくれるか!」

そんな二人の様子を見かねて、黒崎監督が声を掛ける。
抱き締めた身体を離しながら蓮が「残念」と呟き先にセットを降りると、キョーコは真っ赤な頬を押えて心の中で叫んだ。

(やっぱり!この人は遊び人決定よおぉぉ~っ!!!)


社長からこの代役の話を聞いた時、実はキョーコは「無理です」と返事をしていた。

世界的に有名なブランドの広告。代役とは言え、蓮の恋人設定。
そんな大役、仕事がやっと順調に入りだしたばかりの自分にはとても務まるような代物ではない。
しかも蓮との身体的接触もあると聞けば、胸の内に隠している恋心がいつうっかり顔を覗かせてしまうか・・・
彼は相手役の女優を本気にさせてしまう事で有名なくらい、高い演技力の持ち主だ。
きっと演技に魅せられ引っ張られ、隠しておきたい想いのすべてを引きずり出されてしまうだろう。

それは困る―――
この恋心は私の心の中でこっそり育てていくべきもので、他の誰にも見せてはいけないのよ・・・!

それに、カメラを通して全国・・・いや、世界レベルでこの想いが周知の事となるのが、恥ずかしいし恐ろしい。
蓮への思慕を春先に見抜かれてしまった社長にはもはや隠す物が何もなく、そんな羞恥プレイに耐えられませんと正直に理由を述べると、キョーコの内心を見透かしたような言葉が返って来た。

『でも、この役が他の誰かに渡る事も、きっと君には耐えがたいものだろう?
せっかく巡ってきたチャンスなんだ、最上くんが本物になる為の試練だと思ってこの話を受けなさい。』

(どうしてわかっちゃったんだろう・・・)


今まで蓮が出演してきたドラマや映画、CMには恋愛色の強いものは少なかったし、昔はショータローの影響で「敦賀蓮
を嫌っていた為、そうそう目にすることもなかった。
『Dark Moon』の撮影時はまだ蓮への想いを自覚していなかった為、嘉月に愛される美月に嫉妬する事はなかった。

しかし今回、代役とは言え蓮の恋人役が自分に回ってきた。
この場で自分が断れば別の誰かがこの役を引き受け、蓮の恋人役として彼の隣に立つのだ。

自分が立つはずだった場所に他の女性が立ち、蓮に愛おしそうに微笑まれ抱き締められる。
それを考えただけで、キョーコの胸の奥はたちまち嵐を起こした。

(おかしな話よね。敦賀さんが私の代わりに誰かを・・・って思ったら、もう駄目だなんて)

分相応の仕事ではないと思うものの、自分がこの話を蹴ったその後代役が回る誰かに激しい嫉妬をぶつけてしまいそうになる。
クビにはなってしまっているが、本決定していた堀田莉奈にも「蓮の恋人役としてぴったりだ」と認定されたのかと思うと、羨ましい気持ちと共に「ずるい」などと言う理不尽な怒りが湧いてきた。

身体の奥から次々と湧き上がってくるドロドロとした醜い気持ち。
こんなモノ、蓮には知られたくない。

(やっぱり、恋愛っていいものじゃないわよね・・・でも―――)


敦賀さんの傍にいられて、一時だけでも恋人として扱ってもらえる。
それだけでも―――きっと、一生の思い出にできる。


その思いが勝って、キョーコは社長の言葉に首を縦に振ったのだった。


「お嬢さん、ちょっと失礼。」
「きゃあぁ!つ、敦賀さん!?」

キョーコが思考の海に身を投じていると、蓮がセット上に戻ってきてキョーコを横抱きに抱えてしまう。
そして長いコンパスを駆使してスタスタと歩いていくと、あっという間に腕組みして待ちくたびれた様子の黒崎監督の横に下ろされた。

「遅いぞ、京子。考え事はまずこれを見てからにしろ。


すとんと下ろされたのはチェック用のモニターの前。
いくつも並ぶ画面の中には、全身が映るほど遠くに構えた蓮と、正面から背面のみまでを角度をつけて映した自分の姿がそれぞれにあった。


種族が違う為に叶わない恋。
ただ遠くから見つめるしかない蓮の姿に、長いストレートの金髪が思いつめたようにひと房ふるりと震える。
胸の前でぐっと強く握られた手が、何かの決意を物語った。
そしてぐいと体を前に倒すと、大きく背を仰け反らせて―――


そこで黒崎のカットの声が入っていた。

「それをある程度編集したら、こんなCGを入れるんですよ。」

隣の大きな機材の中から、ノートパソコンを持った技術スタッフが声を掛けてくれる。
そのパソコンには、キョーコが仰け反らせた背に合わせて入れる予定の、蝶のような妖精の羽根が虹色に輝き散ってゆく画像が映っていた。

「ふわぁ~!綺麗!!」
「本当は長い髪が消滅していくCGも入るんですけど、それは京子さんのこのヅラの色に合わせて作り直すからまだなんですよ。でも綺麗に作りますからね!」

自分の背中に付く予定のその羽根の美しさに、うっとりドリームへ飛び立とうとするキョーコ。
すると隣に立った蓮からクスクスと笑う声が聞こえてきて、すぐ現実に引き戻されたキョーコはむぅと頬を膨らませながら蓮を見上げる。

「・・・おかしいですか?

「いや、本当に綺麗な羽根だね。可愛い妖精さんにはぴったりだ。」
「だから、それはコスメ・デ・マジックのおかげですから・・・」
「うんにゃ、素材が悪かったら俺は使わねぇぞ!?いい加減自分のイイトコロを認めてやれよ。


セットを降りる前のやり取りに戻った蓮とキョーコの二人を再び止めたのは黒崎だった。
鬘を被ったキョーコの頭をがしがしと荒っぽく撫でまわした事で「わぷっ」と小さく悲鳴を上げさせる。

「君はまだ自分が「商品」である事の自覚がないな。
『キュララ』の時に「自分の身体は商売道具」って言ったはずだよな?それは髪の毛一本から足の爪にいたるまで「京子」という商売道具なんだ。
化粧映えする顔立ちだって立派な武器なんだよ。

「監督・・・」
「勿論「性格」もこの業界では商品に含まれる。謙遜と卑下は別物って事を覚えろよ?
このCMは絶対に俺が成功させるんだから、君は自分で自分の商品価値を下げるな!

「・・・はい。」
「よし!このシーンはばっちりイイ絵が撮れたから、後は俺に任せろ。
京子はそのヅラを取って次のシーンの準備をしてきてくれ。

「はい・・・!」

撫でまわされた事で少しずれてくしゃっとなった頭頂部を押えながら、キョーコは返事をした。

(そうか、コスメ・デ・マジックにかかれる事も私の長所って事なのね。相変わらず黒崎監督はちょっと怖いけど・・・)

キュララの契約の時よりは幾分優しかったものの、凄んで言われるとやはり迫力に押されてしまう。
しかし、自分を認めてくれるその言葉が嬉しくて。私なんかでも大丈夫と思えて、キョーコの心は少しだけ軽くなった。

(次のシーン・・・も、きっと、きっと大丈夫・・・)

大きく2シーンに分かれるこの撮影、先に撮ったのはキョーコが妖精である事を捨てるシーン。
次に撮るのは、人間になった後―――恋人になった蓮との絡みだ。
スタジオに入る前に聞かされた通り、それは自分の裸を蓮に見られ、触れられるという撮影。

自分に自信などそう簡単に持てるものではない・・・ましてや、好きな人に見られるとなれば尚の事。

本当は今すぐ逃げ出してしまいたい。
貧相な身体を見られてガッカリされたくない。
だけど―――

(大丈夫。たとえこれで、敦賀さんにオンナとして見られない事が確定しても・・・
恋人として扱ってもらえるこの一瞬を、大切にして生きていくわ)

キョーコの後に黒崎から指示を受けた蓮が、キョーコに「途中まで一緒に行こう」とメイク室へと促す。
エスコートの為に優しく差し出された大きな手に、ほんのり頬を染めながらキョーコはそっと手を置いた。



***



「・・・敦賀くんよぅ、その、笑顔で敵意を向けるのをやめてくれるとありがたいんだが。

「何の事でしょう、黒崎監督。」

ヘアメイクの直しが殆どない蓮は、バスローブを着込んでキョーコよりも先に控室からスタジオへと戻って来ていた。
セット内の変更をあらかた注文付け終えた黒崎がチェック用のモニター前に戻ってくると、妙にキラキラした笑顔の蓮に迎え入れられ、思わず顔をひきつらせてしまう。
にこやかな蓮の横で縮こまっていた社には「すみません・・・」と謝れた。

別に社は何も悪くない。
自分の感情をうまくコントロールできているつもりになっている、この男が悪いのだ。
社には手を顔の横まで上げて「君が謝る必要はないよ。」と言ってやる。

「本当は自分が言ってやりたかったんだろ?「そのままでも十分可愛い」って。

「・・・別に。俺が言っても、女性になら誰にでも同じ事を言うと信じて取り合ってくれませんから。」
「それはそれは・・・本当にイイ男が形無しだな。

「ほっといてください。」

細かな調整が終わって徐々にスタッフが降りていくセットを眺めながら、傍から見ればにこやかな男達の会話は続いていく。
話の内容がわかる社の顔は真っ青だが。

「しかし・・・この仕事で更に磨かれてもっとイイ女になるな、あの子。」
「この仕事に限らず、彼女はいつもすべてを自分の成長の糧にしていますよ。

「まあ、そうかもしれないけどな。このCMが流れ出したらきっと、恋愛モノのオファーも山ほど来るようになるよ。

「・・・え?


キョーコは仕事に限らず、自分の身の回りで起こる総ての事象を自分を成長させる糧にしている。
しかもそれだけではなく、周囲の人間も巻き込んで変えていく力を持っている。
それはキョーコがいかに魅力的な人間であるかを物語っていると蓮は常々思っていて、「この仕事に限った事ではない」と感じたのだが・・・
次に続いた黒崎の言葉が話の流れに沿わない気がして理解できず、止まってしまった。

「別に、女モデルの方は顔出さないけど、名前まで公表しない企画じゃないんだぜ?商品とフィルムは先行するけど、ある程度話題を集めたら出演したモデルの名前も出す予定なんだ。
さっき撮った妖精の演技、俺でも切なさで胸が締め付けられそうだった。
―――あの子、あの感情だけは演技じゃない。「素」だったな。

「っ!!」

不破との因縁で深い傷を負った彼女に、まだ恋愛なんて早い―――

自分に向けられる好意全てを面白い程曲解するキョーコを見て、きっとまだ傷が癒えていないと思っていた。
だからこそ、自分も無理にアプローチを掛ける事はせずに「尊敬する先輩」のポジションに収まり、周りの馬の骨排除に勤しんできたのだが・・・

(演技じゃないって・・・最上さん!)

誰よりもキョーコの側にいた自信はある。誰よりもキョーコの信頼を勝ち得ていた自信がある。
「敦賀さんには嘘を吐きたくない」とまで言わせたはずなのに・・・自分以上に彼女の心に寄り添う存在が現れたという事態に、ポーカーフェイスを保てなくなる程動揺した。

(誰だ!?君の心を奪った奴は・・・!)

人間と妖精と言う種族の違いから、キョーコが演じた妖精の想いは成就する事はない。
妖精の羽根を捨てて人間になる事で、最終的には蓮の恋人となるのだが。
先程の妖精を素で演じているという事は「叶わない恋」をしているか、あるいは総てを投げ打ってもいいと思える相手を見つけたという事だ。

(叶わないという事は既婚者か?あるいは恋人のいる男・・・いや、総てを投げ打つって言うのは一般人に戻ること・・・は流石にないか?
あ、まさか相手はコーン!?いや、コーンは俺なんだけど・・・
正体を明かした後どうなるか・・・受け入れ・・る前に、まず隠してた事をすごく怒られるよな)

相手が誰かわからない。だからこそ余計に腹が立つ。
キョーコの目に他の男が映らないように、世界中から男と言う男を抹殺していきたい気分になった。


「―――敦賀くん、君・・・さ。気付いてないのか?」
「何がでしょう?」
「テクニシャンかと思ってたけど・・・敦賀くん、実はスゲー恋愛音痴なんだな。

「・・・何ですかそれは・・・」
「だって「敦賀蓮」だぜ?色恋沙汰なんて表に出ないだけで、実は相当数のオンナとヤッてるって思ってたよ。」
「言葉が悪いですね黒崎監督。俺は仕事が恋人ですよ?


普段よく聞く「温和な敦賀蓮」からはかけ離れた形相でキョーコの相手を予想する蓮に、黒崎がまさかといった表情で声を掛ける。
当然、「何」に気付くかなどわからない蓮は鈍い反応を返すが、憐れまれた後あけすけな自分へのイメージの感想を言われて、即座に営業スマイルを貼り付ける。
まだ温厚紳士には程遠い蓮の様子に、社は「蓮!お前が揉め事を起こそうとするな・・・っ!」と必死に宥めにかかる。そんな社に黒崎は「あんまり過保護すぎるのもよくないぞ?」と肩を叩いて落ち着かせた。

「でも、蓮のイメージがそう付いているのは俺のマネージメント力の不足かと。」
「いや?君は凄腕のマネージャーとしてこの業界では有名だよ?よくやってるよ。
俺は「敦賀蓮」ってすごくスカした奴かと思ってたんだ。だけど、こんなに青臭くて表情豊かだったなんて、面白いじゃないか。撮り甲斐があるってもんだよ。

「はぁ・・・そうですか?」

青臭いと言うのは否定しない社に蓮が睨みをきかせ、「ひいぃ・・・」と細い悲鳴を上げた社の顔色がまた青ざめる。
「しかしな、うーん」とひと唸り上げると、がしがし頭を掻いた。

「最終的には敦賀くんが気付かなきゃ意味がないと解ってるがなぁ・・・あの子がもっと羽ばたいていく姿も見たいし。あんま助言したくないんだけどな。」
「はあ。・・・?」

言われる事がよく解らずに生返事をする蓮に、黒崎は「ちょっと耳貸せ」と蓮を少しだけ屈ませて耳打ちする。
ちょうどそこへ、ヘアメイクの直しを終えたキョーコが戻ってきた。
真っ白なバスローブの袷をしっかりと握りしめて、ゆっくり歩くスタイリストを置いて三人の側へと駆け寄ってくる。

「大変お待たせしてしまって失礼しました!」
「お帰りキョーコちゃん!」
「いや、いい。時間がかかるのは当然なんだから、どうってことないさ。」
「お疲れ様、最上さん。」

蓮がにこりと笑いかけると、キョーコはこれからの撮影を意識してか頬を染めながらさっと視線を逸らした。
それが、蓮にとってはあまり面白くないような、でも黒崎の言った事を裏づけするようで嬉しいような、何とも言えない不思議な気持ちになった。
無性にキョーコに触れたくなって手を伸ばしたのを見て、黒崎が「さて!最終確認するぞ!」と手を叩いて制す。

「京子はその下は指定通り、シリコンブラとローライズの肌色ショーツなんだな?」
「はい。ちゃんと全部隠してありますし、胸の厚みも盛ってますので問題ありません!」
「えっ、シリコンブラ・・・」

黒崎の質問に力強く返事したキョーコに、蓮が思わず本音をポロリと洩らした。
こういう撮影で背面OKの場合、普通ニップレスを付けてバストトップだけを隠すのだが・・・

「だって、まだ京子は未成年なんだ。いくら事務所が背面OK出してても、共演者が仲いい先輩でも、俺だってそこら辺は配慮するぜ?残念だったな、敦賀くん。」
「・・・(この人!)」
「何が残念なんですか?」
「いや、何でもないよ?」

まだ未成年であるキョーコへの配慮はありがたい。うっかり見えてしまう部分も減り自分が暴走する可能性も低くなるからありがたい。
だが、声に自分をからかうような色が確実に混ざっていて、社長と同類の臭いを嗅ぎ取った蓮は思わず溜め息を吐きたくなった。
何も理解していないキョーコの反応が、本当に蓮の救いだった。

「場面は恋人達の初めての朝。
敦賀くんが身支度の第一歩として、起きぬけに香水を付ける。
するとその匂いに反応した京子がベッドから起きる。ここはまだシーツを肩までしっかり掛けてくれてていい。
目が覚めた恋人に気付いた敦賀くんが彼女に香水をふと吹きすると、シーツの中から現れた背中には失くしたはずの妖精の羽根が戻ってる。
美しい妖精の時の姿も忘れない、可愛らしい恋人の様子に満足した男が彼女を抱きしめる所で商品名を入れるからな。

「「はい。」」
「俺ぁ、基本的に気に入る絵が撮れるまで何度でもリテイクさせるんだが、今回は別だ。
手に入れたばかりの恋人を慈しむ男の姿と、その愛を受け入れる女の背中が欲しい。
初めての朝なんだから、初々しさがキーワードだと考えてる。故に、リハなしの一発勝負、撮り始めの合図はなしで行く。
その代わりと言っちゃ何だが、音声は一切使わないから何を喋ってくれてもいい。
仲のいい君たちならではのプレーもあるだろうから、それを期待してる。

「「・・・はい。」」
「じゃあ始めるぞ!」


黒崎の大きなその一言で、現場は一気に動き出した。





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