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お客様は神様です。 20 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「本当にお世話になりました」


嵐が過ぎた翌朝のLMEhotelの正面玄関には、体調が回復した百瀬とキョーコと想いを通わせられ心の中は浮き足立っている蓮がキョーコや奏江たちにお礼を言って帰るところだった。

はたから見ても上機嫌の蓮に対し、キョーコは浮かない表情で百瀬の様子を伺っていた。
その視線に気がついたのか、キョーコの元に百瀬が近づいてきてその腕を取って集まっている人の群れから離れた。


「も、百瀬さんっ・・・あの・・・私っ」


引っ張られながら、キョーコは昨晩の事を伝えようとしたのだがある程度来たところで振り返った百瀬に先に口を開かれてしまった。


「最上さんは嘘つきですね」


「っ!・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・」


しゅん・・となって項垂れるキョーコを見つめていた百瀬は、小さく息を吐いた。


「でも、もっと嘘つきは・・・私です」


「・・・え?」


意外な告白に、キョーコは勢いよく顔を上げ目を丸くした。


「実は・・・私、敦賀主任を試しちゃったんです」


「・・・試した?」


首を傾げるキョーコに、百瀬はわざと大げさに困った表情をして見せた。


「敦賀主任が、軽薄な人なのかどうか」


「・・・・え!?」


「最上さんとの恋に悩んでいるようでしたので、ちょっといいな・・と思っていた主任がなびいてくれたらラッキーかな?なんて思って誘ったんです・・・・倒れたのもわざとなんですよ~それなのに、ここに運ばれちゃって・・・本当にどこまでも最上さん第一の人なんだなって見せ付けられちゃいました・・・」


カラカラと笑ってそう言う百瀬に、キョーコは困惑の表情になった。


「でも・・・ひどい貧血って・・」


「私、普段から貧血気味なんでいつも薬飲んだりしてるんです・・・それをちょっと今回飲み忘れちゃって・・・貧血が酷くなってたみたいです・・・・・」


「そう・・・なんだ・・・・・・・」


百瀬の言葉を聞いて、頷いたのだがまだ納得いっていないキョーコに百瀬は悪戯っぽく笑った。


「夜のホテルで女性に迫られれば、どんな男性でもうっかり手を出しちゃうかなって思ったんですけど・・・結局、最後は最上さん本人に邪魔されちゃうし」


「ご・・ごめ・・」


キョーコは謝りながらも、カラカラと笑う百瀬に面食らっていると百瀬を自宅に送るべくタクシーを呼んだ蓮が二人を少し離れたところから呼んだ。

それに百瀬が小さく手を上げて答えると、キョーコにもう一度向き直った。


「クスクス・・・冗談です。まあ・・予想に反して主任って意外に一途なんだってわかりましたし・・・それと同時に、私には入り込む隙間がないんだなって思い知りましたから・・・」


すっきりした表情の百瀬とは裏腹に、キョーコは俯いて両手を固く握り締めていた。


「あ・・百瀬さん!」


蓮の元へ行きかけていた百瀬に、キョーコは慌てて声をかけた。


「・・その・・・・う、嘘ついてごめんなさい!あの時の会話聞こえてました・・・それに・・・百瀬さんに聞かれる前から・・・私、敦賀さんのこと・・・・・好き・・になっていました!!」


キョーコの告白に、百瀬はしばらく沈黙した。
その間、キョーコは判決を待つ人のようにただただ神妙にして待ち続けた。

しかし、百瀬からは間の抜けた返事が返ってきた。


「知ってましたよ?」


「へ?あ、あの!?」


オロオロとするキョーコに、百瀬は楽しそうにタクシーの元へと歩いていってしまった。

タクシーの前で待っている蓮の前を通り過ぎると少し控え気味に止められた。


「百瀬さん、送るよ」


その蓮からの誘いに、百瀬は眉根を寄せて小さく笑った。


「敦賀主任は残酷ですね?」


「え?」


目を丸くする蓮を見上げたあと、まだうろたえているキョーコをチラリと振り返った。


「主任、私をダシにして最上さんを口説き落としたなら最後まで私をダシにしてください」


蓮は、百瀬の言葉にドキリと胸を跳ねさせ背中に冷や汗をかいた。


「あ・・・それは・・・」


「いいんです・・・わかっていましたから・・・だから、そんな敦賀主任はこっちからお断りです!私を送ったりして最上さんにフラれちゃったら私が一番可哀想じゃないですか?だから、敦賀主任はこのまま歩いて帰ってくださいね?・・・・あ、それと明日は有給を使わせてください体調不良なので自宅療養しています」


「えっ・・・そ、それはいいけど・・・・百瀬さん・・・・」


気丈に笑顔を作りながら、百瀬はタクシーに乗り込んだ。


「それじゃ、また明後日からよろしくお願いします!・・・敦賀主任」


呆然としている蓮を残して、百瀬を乗せたタクシーは走り出した。
その車内、嗚咽交じりに「敦賀主任の・・・バーカ・・」と百瀬が漏らしていたのは運転手のみが知るのだった。



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



 「こんにちは、今日はよろしくお願いします」


「はい、お部屋ご用意しましたので・・どうぞ」


あの日から二日後、約束どおり蓮は社と一緒にプランを立てるため観覧車が望める部屋を見せてもらうべくLMEhotelを訪れた。
それをキョーコが笑顔で向かえた。


「あ、本日はこちらの琴南も一緒に参加させていただきますので・・・」


「・・この間はありがとう・・」


「いえ・・・」


少しぎこちない挨拶を蓮と奏江が済ませると、キョーコはあらかじめまとめておいた書類を蓮に差し出した。


「こちらはホテルのパンフレットです・・・部屋の特徴などを書いておきました・・・あ、それから以前仰っていた結婚式のメニューはこちらにまとめましたので・・・あ、それと模擬結婚式の立食メニューとデザートなんですけど・・・」


奏江と社は、二人の世界で話しを続けるキョーコと蓮を半ば呆れながら見つめていた。


「あっ!?す、すみません・・・立ったまま話してしまって・・・どうぞ、ロビーのソファーに・・・」


キョーコは慌てながら社を促すと、横から奏江に手にしていた書類を奪われた。


「この模擬挙式のメニューは、私と社さんで決めるからあんたは敦賀さんを部屋に案内してきて」


「え・・・で・・でも・・・」


渋るキョーコを蓮の方に押した奏江が、物凄く嫌そうに眉根に皺を寄せた。


「あんたたち二人の空気に当てられる方の身にもなってよね」


そういわれ、キョーコは一気に真っ赤になり蓮は苦笑いを溢した。


「じゃあ・・・琴南さんのご指示通りに部屋の確認をさせてもらおうかな・・・案内いい?最上さん」


「あ・・・はい!」


呆れ顔になっている社と奏江に形ばかりの会釈をすると、蓮は笑顔で見上げてくるキョーコに甘く微笑んで部屋に向かうためエレベータホールに向かった。


「「嬉しそうな顔しちゃって・・・」」


二人がエレベーターに乗り込み居なくなると同時に、社と奏江の口からため息と共にそうこぼれ出た。
社と奏江は顔を見合わせ、もう一度ため息をついた。


「・・・とりあえず、ピンクのオーラの根源も居なくなりましたし・・・仕事しましょうか」


「・・・そ、そうだね・・・・じゃあ、よろしくお願いします琴南さん」


ようやく落ち着いたかのように二人がそんな会話をしている頃、キョーコと蓮は最上階のデラックススイートルームに来ていた。


「・・・なるほど・・・あの部屋と違ってここからだと観覧車は見下ろすことになるんだ」


「そうなんです・・・私も調べてみたんですけど、真っ直ぐ見れるのはこの間の部屋のデラックスツインとスーペリアルームがある階になります」


「そっか・・・・まあ、ショッピングモールと連結しているからそんなに大きな観覧車じゃないからだろうけど・・・上から見下ろすのも悪くないね?奥の方にはハイウェイのライトもあるし・・・」


蓮は夜のイメージを頭の中に思い浮かべているのか、今見えているガラス越しの景色にライトが灯った光景を口に出していっていた。
その様子をキョーコは黙って見つめてたが、何か気になることがあるのか戸惑いながら蓮のジャケットの裾を小さく握って引っ張った。


「ん?どうかした?」


その小さな感覚に蓮はすぐさまキョーコを振り返った。
すると、キョーコは眉尻を下げて不安な感情を表に出して蓮を見上げていた。


「あのっ・・・・・も・・・百瀬・・・さんは・・・・」


遠慮がちに尋ねられたことに、蓮は一瞬目を見開いていたが蓮のジャケットを握り締めるキョーコの手がかすかに震えていることに気づいてその小さな体を優しく抱き寄せた。


「つ、敦賀さんっ!?今はお仕事中でっ」


「うん・・でも、昨日もその前もこうやって抱きしめる時間もなかったし・・・・」


もがもがと腕の中でもがくキョーコの旋毛に蓮は、そっと唇を寄せた。


「百瀬さんも今日からちゃんと元気に出社してきたよ・・・」


蓮からそう聞いて、キョーコは安堵の息をついて蓮にしがみついた。


「そうですか・・良かった・・・・」


抱きついてきてくれたことに喜びながらも、今キョーコが考えているのが百瀬ということに蓮は少々不満になったらしく抱きしめる腕にわざと力を込めた。


「っ!?く、苦しいですっ」


体がぎゅっと締まったことに、苦情を訴えるキョーコが顔を上げた瞬間蓮はその可愛らしい唇を自分ので塞いだ。


「っん・・・・・」


短い時間、キョーコと唇を重ねられた蓮はゆっくりと離れると満足気に顔を崩して微笑んだ。


「好きだよ、最上さん」


「だっだからっ・・・仕事中・・・なのにぃ・・」


キョーコは口元を両手で押さえ、甘い笑みを見せる蓮の胸に真っ赤になった顔を押し付け隠した。


「だって・・・プライベートな時間取れないし・・・・・ちゃんとお仕事はするから・・・今だけは琴南さんの好意を素直に受け取ろうよ」


「え?好意?」


コテンと首をキョーコが傾げると、蓮はにっこりと笑顔を作った。


「そ、きっと二人っきりにしてくれただよ?気づかなかった?」


「・・・気づかなかった・・・・モー子さん、本当に鬱陶しそうにしてたから・・・」


「・・・・・・・・・(まあ、たぶんそっちが正解)・・・・少しの間だけ君を充電させて?」


「充電って・・・クスクス・・・はい」


お互いの顔を見合っていた二人は、ふと笑い合いあの日の夜以来訪れたつかの間の恋人らしい時間をしばし楽しむのだった。




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