お客様は神様です。 21 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
すっかり打ち合わせを終えた、奏江と社は自分の腕時計をちらちらと確認しながら落ち着きなくソワソワし始めた。
「・・・あ・・・あの・・・」
「え!?な、なに?!」
奏江の控えめな声にすら、内心焦っていた社は驚き声を裏返しながら返事をした。
「・・・いえ・・・・」
そんな社に気を使ってか、奏江も言いにくそうにまた時計を確認した。
「・・・・その・・・・・・あの二人に・・・連絡とってもいいですかね?」
まさに社もそこを気にかけていたのだ。
二人が部屋の確認に行ってからかれこれ1時間以上、経過していた。
先日も、蓮に呼び出されたキョーコにあれこれ聞き出そうと思っていた奏江だったが予想以上に帰ってこなかったためどうしようかとうろたえ始めた頃ようやくキョーコが戻ってきて安心した。
のだが、妙に艶っぽい表情をするキョーコに詰め寄ることなど出来ずキョーコ本人から告白を受けただけだと聞かされるまで落ち着くことなどできなかったのだ。
(・・・あの時も、キス以上はなかったらしいし・・・さすがに何もないと思うけど・・・・)
真っ赤な顔になって、奏江以上に大混乱に陥っている社を目の前にすると蓮の性格が疑わしくなってくる。
(・・・仕事中に外れたことしない人だと思っていたけど・・・違うの?)
奏江が蓮の性格を疑い始めた頃、ようやく本人たちが戻ってきた。
「蓮!遅いよっ」
半分泣きそうな社に、蓮もキョーコも目を丸くしていたが奏江だけはその心内がわかり同情の視線を投げた。
「すみません・・・屋上の庭園まで見せてもらってて・・・そんなに・・遅かったですか?」
時計を確認する蓮の後ろに居たキョーコは、眉間に皺を寄せ自分を睨んでいる奏江に振り返った。
「・・・もしかして・・・モー子さん・・・」
「・・な、なによ・・・」
「・・・・社さんのこと、いじめた?」
「なわけないでしょ!!?あんたたちが紛らわしいのよっ!!」
「ええ!?なにそれ!?どういう意味!?」
「自分で考えなさい!!」
奏江に訳もわからず怒鳴られ、キョーコが半泣きになっている頃フロントに一本の電話がかかってきていた。
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「はい、LMEhotelです。・・・はい、ご予約を賜っております。・・・申し訳ございません、当ホテルは来週本格オープンになりますので・・はい、一名様で・・・そうですね・・・スイートルームの方はすべてご予約がはいっておりまして・・・スーペリアルームでしたら・・・かしこまりました。では、こちらのお部屋でご予約を賜ります・・・当日はお気をつけてお越しください・・・ありがとうございました」
カチャリと受話器を置いた光は大きく息をつくと、急いでパソコンの予約画面を表示させ今受けた予約客の情報を入力していった。
「あ、石橋さん・・予約ですか?」
奏江からの攻撃に屈し、いそいそと従業員用控え室に戻ってきたキョーコは光に声をかけた。
「はい!・・あ、大丈夫です!俺が入力しておきますから・・・チーフは後で確認してください」
「そう・・・ね・・・じゃあ、後で確認しておくわね?」
この時、後のキョーコはすぐに確認しておけばよかったと酷く後悔するのだが今現在のキョーコは奏江から逃げるための口実だった仕事に全力を注ぎ始めたため信頼している光の対応にも何の不備もなかったことから確認を後回しにしてしまった。
それは、きっとこの電話のせいでもあるのだろう。
「・・へ?・・・今から・・・ですか?」
『ああ、すまんな・・オープン直前で忙しい時期に』
「いえ・・かまいませんが・・」
事務所に入った途端、かかってきた電話は本社にいる社長からだった。
キョーコ指名で、本社に今すぐ来て欲しいと言われたのだ。
「では、今からお伺いいたします・・」
『おお、受付には通しておく・・迎えがきたら一緒に上がってきてくれ』
「わかりました」
首を捻りながらも電話を置いたキョーコはまだロビーで話し込んでいる蓮や社、それに奏江に本社に行く旨を伝えると蓮の眉間に皺が寄った。
「社長が?」
「はい、頼みたいことがあるそうです・・モー子さん、少しの間空けるけどお願いね?」
「もちろんよ・・・でも・・頼みごとって?」
全員が気になったその内容をキョーコも完全に把握しているわけではなかった。
「うん、何でも社長のお知り合いの方を来週のオープンに合わせて招待しているらしくて・・お部屋は社長の名前でグレートスイートルームを取っているからいいんだけど・・・・」
「「「けど?」」」
突然黙り込んだキョーコに三人は首を傾げた。
「・・・ごめん、もう行かなきゃ・・・・あっ!忘れてたんですが・・・敦賀さん、社さんオープンの日はお忙しいと思いますが当ホテルのセレモニーパーティにお越しください」
キョーコは怪訝な顔の三人に苦笑いを零すと、慌てて事務所に置いておいた招待状を蓮と社に渡した。
「あの・・・それと・・もし良かったら・・・百瀬さんも・・・・」
おずおず出されたチケットに、蓮は目を見開いた。
「あのっ・・・本当に・・・もしよかったらでして・・・・・」
きゅっと眉根を寄せて、招待状を持つ手が微かに震えているのに蓮は気がついた。
「わかった・・預かっておくよ・・・百瀬さんに渡しておくから」
ポフンとキョーコの頭に手を置いた蓮は、違う手でキョーコの手からチケットをそっと受け取った。
その様子を不思議そうに奏江と社が見ていたのだが、時間は待っててくれずキョーコは何か言いたそうに蓮をじっと見上げた後振り切るようにバタバタと本社に向かっていってしまった。
「俺たちも戻りましょう・・・・琴南さん、今日のでほぼプランをすべて完成させられそうですので出来次第FAXを送りますので確認をよろしくお願いします」
「はい・・・・・・」
頷く奏江に蓮と社は帰り際に頭を下げた。
「・・・・敦賀さん」
「はい?」
「キョーコをよろしくお願いします」
「!・・・・もちろん、何があっても彼女を幸せにすると誓うよ」
「・・・・私に誓わないで、あの子に誓ってやってください」
一見厳しく見える態度をする奏江だが、その心根ではキョーコの事を本当に心配しているようで蓮はそれが嬉しくてしっかりと頷いた。
「もちろん、近いうちに必ず」
恥も外聞もなくそう言いきり去っていく蓮の後姿に、奏江は大きくため息をついた。
「あ・・・あの~琴南さん・・・一つ伺ってもいいでしょうか?」
フロントの光は顔を強張らせながら奏江に恐る恐る近づいてきた。
それに振り返った奏江は、じっと光の顔を見つめた後人差し指をビシっと向けた。
「失恋決定!」
「・・・え・・・・・・ええええ!!?お、俺何もっ!?」
ワタワタとする光は、奏江の視線にすべてを見抜かれている事を悟り項垂れた。
「・・・キョーコには石橋さんぐらいの人が(最初は)ちょうどいいかと思っていたのに・・」
「琴南さん・・・」
希望の眼差しを向けてきた光に、奏江は追い討ちをかけた。
「まあ、相手があの敦賀さんじゃあ・・・勝ち目ないですね?」
ガックリと崩れ落ちる光がどれくらいで復帰できるか奏江は、ため息混じりに考えた。
(タイミング悪かったな・・・出来ればオープンまでには復活して欲しいわ・・・・・・これ以上、何事もなく無事に迎えられたらいいんだけど・・・)
そのささやかな願いが簡単に叶わないと思い知るのは、あと一週間後のオープン初日なのだった。
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