お客様は神様です。 24 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
とうとう、この日が来た。
LME hotelオープンの日は、すばらしいほどの快晴だった。
そんな中、笑顔で初めてとなる正規の一般客を連れて蓮はホテルのカウンター受付にやってきた。
「こんにちは、琴南さん・・今日からよろしくお願いします」
「はい、ではこちらの方で手続きをしてください」
事務的な挨拶を済ませた蓮は、お客たちが個人のチェックインの手続きをしている間キョロキョロとカウンター内に視線を彷徨わせていた。
その蓮の視線に、奏江はため息をついた。
「・・・・・・・・・キョーコならいませんよ?」
「え・・・・ああ・・・もしかして、例の?」
「ええ・・・・VIP客に付く事になりましたので・・」
「そう・・・・」
隠す様子もなく明らかにがっかりする蓮に、奏江はさらに深いため息をついた。
「今夜のオープニングパーティーの時に少し時間が出来るそうですよ?・・・というか、恋人同士ならちゃんと連絡取った方が・・・」
奏江の迷惑そうな言及に、蓮は苦笑いを零して礼を言った。
「ありがとう・・心配してくれて」
「べ、別に心配しているわけじゃ・・・私は、あの子が・・」
「わかってる・・君が最上さんをすごく大切な友人だと思っていることも、俺が彼女を泣かせないように色々手を貸してくれていることも」
クールが売りの奏江に、蓮は恥じもせずに極上の笑顔でそんな事を言ったため奏江は噴火しそうなほど真っ赤になってそっぽを向いた。
「つ、敦賀さんっ皆さん手続きは終わりましたよ!?・・・ほら、あちらではツアーの方がお待ちです!」
「ああ・・・本当だ・・・じゃあ、琴南さんまた・・」
爽やかに去っていく背中を、恨みがましく赤さの残る顔で見送った奏江だったが気がかりがその顔を暗くさせていくのだった。
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「・・・・保津様・・・コレは・・・一体・・・・・・・」
その頃、キョーコは社長から頼まれていたVIP客の相手をしに最上階のロイヤル・スイートルームの中に入って我が目を疑った。
「仕方がないだろう?パーティーまで4時間もあるといわれたんだ、君が用意してくれた懐石も美味しかったがそれだけでは腹が満たされないんだよ」
その台詞の元に召集されたのは、大量のスナック菓子類に宅配されたピザ、ガロン缶に入ったポップコーンに大量のジュース類・・・・・・
それらが、このホテル一・広くて開放感があってラグジュアリーな部屋の中に乱雑に置かれていた。
空港にまで迎えに行った途端、矢のように話し出して『とにかく腹が減った!飯だ飯!!』とキョーコに次々と『こんな店がいい』『こんな味付けのところは嫌だ』など注文を散々して、予約を取っていたところとは別の懐石料理屋に入られてしまいそこで50人前など急遽用意できるはずもなく・・・
(・・・それでも、30人前は食べてきたのに・・・・・)
直行でホテルまで来たので、食事が終わってまだ30分足らずだというのに・・・・。
「も・・申し訳ありません・・・・パーティーでは保津様のために食事も用意させていただいておりますので・・・」
「・・・・ふ~~~ん・・・でも、それを俺が食べるとは限らないだろ?」
「・・・・へ?・・・・」
保津の言葉に、キョーコは目が点になった。
「それは君たちが勝手に用意したものだ、俺は確かに大食らいだが見境なく何でも口にしている訳ではないんだぞ?」
ギっと睨みつける保津の視線に、キョーコは固まった。
優しく温厚そうなロマンスグレーの紳士が現れたと、保津を空港で見かけたとき思ったのだが自己紹介をした途端先程のような敵意丸出しの視線を向けられるようになってしまいキョーコは動揺していた。
(・・・私・・・そんなに人を不快にするオーラでも放っていたかしら・・・・)
「失礼致しました・・・うちの社長から聞き及んだ情報のみでお話ししてしまい申し訳ありません」
キョーコが素直に頭を下げると、保津は分が悪そうに不貞腐れたまま顔をそらした。
「これだから・・・日本人は謝ればいいと思っている」
貴方もでしょう!?日本人!!と、心の中でキョーコが憤慨していたがピザが冷めて不味くなると言い出し保津は呆然とするキョーコをほったらかしで大きなガラステーブルに所狭しと並べられているジャンクフードをがっつきだしのだった。
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「・・・予約、してんだけど?」
「ようこそいらしゃいました・・・お名前を伺ってもよろしいですか?」
泊まり客に、今日のパーティーのみに来た客、ホテルの取材に来ている雑誌社やテレビ局の人間。
たくさんの人で活気つくホテルのフロントに、一人の男がむすっとした表情でカウンターにいた奏江に声をかけた。
「・・・不破 尚」
「不破様ですね?・・・スーペリアルームをご予約ですね?こちらにお名前と住所、電話番号をお書きください」
チェックイン作業をこなす奏江のネームプレートを確認した男は、走らせていたペンの動きを止めた。
「・・・・・チーフ・・コンシュルジュなのか?・・・あんた」
「・・・・・はい、何かお困りのことなどございましたらいつでもお声かけくださいませ」
「・・・・じゃあ・・・・あんたと同じ、チーフ・コンシュルジュの最上 キョーコを呼んで来い」
その名前を聞いた途端、奏江は情報入力をしていた手を止めてもう一度男の名前と顔を確認した。
そして、ワナワナと震える口がかすれた声を出させた。
「・・・・・もしかして・・・『松乃園』の・・・・バカ息子・・・・・・?」
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『パーティーの合間に会えないかな?伝えたいことがあるんだ』
客たちを、先日百瀬と来ていたアミューズメント・パークに連れてきて一息ついた蓮は上機嫌でキョーコにそうメールでメッセージを送った。
送信が完了すると、浮き立つ心のまま空を見上げた。
「・・・・あれ?・・・」
公私共に順風満帆という気持ちと同じだった朝の快晴が一変。
空はゆっくりと重い灰色の雲に塗り替えられつつあり、蓮は顔を曇らせるのだった。
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保津がジャンクフードをたらふく食べ終わったのは、パーティーが始る30分前だった・・・。
あんなにあった食べ物たちの残骸を片付けながら、キョーコはため息をついた。
(・・・もし、パーティーの料理が大量に余ったら・・・大将怒る・・・わよね・・・・)
静かに食に対する怒りを表す大将の顔を思い浮かべ、キョーコは辟易としたため息をつきかけた。
「私が勝手な事をして怒り狂っているのだろう?」
「え?」
ピザの箱をキレイに開いて重ねて片付けているキョーコの正面に立った保津にそう言われ、目を丸くして見上げた。
「日本人は往々にして相手が怒っている場合、平身低頭を貫き通してその場を和やかに過ごしながらもその心内では怒り狂っているものだからな」
冷たい視線を落として、そう言い放つ保津にキョーコは目を見開いたまま聞き入った。
「君は『お客様は神様』だとか何とか貫かしているそうだね?それこそ、日本人の『逆らわず』の精神そのものではないのか?」
そんな理想など、世の中には通じないことなど山のようにあるものだぞ?と言う保津にキョーコは、ささっと身の回りにあったゴミを掻き集めると立ち上がった。
「保津様はお優しいですね?」
やはり最初に思ったとおりです。
そう言って、柔らかに微笑むキョーコに保津は驚いた。
「なっ!?何をっ・・・私は、君に今日・・ずっと嫌なことばかりを・・・・」
「そうですね?敵意の満ちた視線に、スケジュールどおりには進まない我儘を仰られて、最後は子供のようにお菓子を食べ散らかして・・・」
「子供!?」
ほう・・・っと、貫禄あるお母さんのようなため息をついて言ったキョーコの言葉に保津がショックを受けていても構わずに話しを続けた。
「ですが、私はこのホテルのチーフ・コンシュルジュです。そして、そのホテルの社長から保津様のことを頼まれています・・・そして・・何より、私が保津様 にここで楽しい思い出を作って帰っていただきたいと思っています。『お客様は神様』と言う考えは、それを叶えるための一つの信念だと思っております」
キョーコは、一変の曇りもない笑顔で保津を見つめそう言い切った。
その凛とした表情に、真っ直ぐに伸びた背筋に、迷いのない視線に保津は完敗とばかりに大きな息を思いっきり吐いてソファーにどかっと腰を下ろした。
「あ~あ!俺の負けだよ!・・・ボス!」
「・・へ?」
急に降参をした保津の声にキョーコがキョトンとしていると、部屋のドアが開いてドヤ顔のローリィが姿を表した。
「俺には予想がついていたがな?」
「社長!?・・・あの・・・・どういうことですか?」
今日、忙しくて保津の相手をすることが出来ないということでキョーコを召集したはずのローリィが平然と入ってきたためオロオロと二人を交互に見つめた。
「だから言っただろ?彼女はそこら辺の女性たちとは違うって」
キョーコをそっちのけでそう笑って言ったローリィに、項垂れながら保津は両手を降参とばかりに軽く挙げて見せた。
しかし、突然ローリィに満面の笑顔を返した。
「こんなに意思のはっきりした女性を選ぶなんて・・・さすが我が息子だな!」
「・・・・・・お前の親バッカッぷりには俺でさえ感嘆するよ・・・」
「そうだろ!?はっはっは~!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
褒めているわけではないはずの言葉にも大らかに笑う保津にローリィが閉口しているのを、蚊帳の外状態にいたキョーコは呆然と見つめていたが話が見えずにローリィに恐る恐る声をかけた。
「あの・・・・社長・・・これは・・・一体?」
「おう!改めて紹介すとしよう・・・最上君、彼の本当の名前はクー・ヒズリだ」
「くー・・・ひず・・り?」
本名を紹介され、クーは今までとは打って変わって笑顔でキョーコを見つめた。
そんなクーを、キョーコは目を見開いて見つめていたが固まっている表情とは正反対に頭の中はフル回転でその名前に関する情報を引き出していた。
「・・・・ヒ・・ズリ・・・・・・・・ヒズリ・・・グループ・・・・・」
そうして出てきた言葉は、以前『彼』が言った会社名だった。
キョーコの口から小さくポロンと出てきた言葉に、クーは背を大きく反らして親指を立てて見せた。
「そう、ヒズリグループの総帥はこの私だ!」
呆然とするキョーコを他所に、クーは仁王立ちの『エッヘン』といったポーズまで取って賞賛の言葉を待っているようだった。
しかし、一向にキョーコの意識が戻ってこないことで不貞腐れ始めまだ何か食べ物がないか探し始めてしまった。
ガサガサと動き回るクーとは対照的に、凍り付いているキョーコの頭の中にはある図式が出来上がっていたのだがそれを認めることが出来ないでいた。
しかし、意外にあっさりローリィが代わりにソレを口に出した。
「最上君・・アイツは蓮の父親だ、このチャランポラン親ばか男でショックなのはわかるがそろそろ戻ってきなさい」
「ボス!?ひどいぞっ!?」
あまりの言われように、クーが本性を晒して泣きながらローリィに文句を言っている姿をどこか夢うつつでキョーコが見ているとローリィは目の前で指を鳴らした。
「大丈夫か?最上君」
「へ?・・・・あっはい!すみません!!ボーとしてしまって・・・ちゃんと話しは聞いてます・・・」
ペッコリと体を真っ二つに折って頭を下げるキョーコに、クーの方が申し訳なさそうに眉尻を下げて謝ってきた。
「私こそドッキリのような事をして申し訳ない・・・ボスに言って、無理に君を付けてもらって息子に見合う女性なのか試させてもらっていたんだ・・・そのために君に不快な思いをさせてしまったことも申し訳ない・・」
「そんなっ・・あの・・・それで・・・・・・私は・・・」
不安を全面に出した表情で伺うキョーコに、クーは笑顔で頷いた。
「もちろん!さすが我が息子!!我が家の新しい家族を完璧に選んでくれるなんてな!?」
自分が認められたのか、息子の自慢をしているだけなのかいまいちわからない評価にキョーコがきょとんとしていると見かねたローリィが架空の吹き矢でクーを仕留め呆然としているキョーコの肩を叩いた。
「まあ、コイツのことはほっといて・・・最上君・・・君をコイツ担当にしたのはコイツの親バカ全開のお願いだけじゃないんだ」
「へ?」
何のことかわからず首をかしげていると、倒れたフリをしていたクーも起き上がってきて大きく頷いた。
「そうだぞキョーコ・・・」
(え!?もう呼び捨て!!?)
あまりの変わり身の早さにキョーコが驚いていると、クーは悲しそうな顔をした。
「私の仕事が終わったらここを・・・LMEhotelを辞めるとは本当なのか?」
「!!?」
「すまんな・・・君の今後を考えたらコイツにも協力してもらうのが一番だと思ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
キョーコは心配する二人に困りながらも、笑顔で自分の中にある決意を話すことにしたのだった。
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