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お客様は神様です。 19 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「前から思ってたのよ~人に媚ってばっかりいるからいつか天罰が下るんじゃないかって」


キョーコはその言葉を聴いた瞬間、地面がグラついたような気がした。

ショータローとの婚約も女将襲名も宙に浮いたまま、松乃園に居続けるべきなのか迷っていたキョーコは仲の良い若い仲居たちに話をしに行こうと休憩室に茶菓子を持って戸の前に立った時だった。

中では休憩している者たちが口々にキョーコの事を言っていたのだ。


「女将さんも、支配人も幼い時から知っているから遠慮しているだけなのをいいことに居座って・・『この旅館は、お客様は神様と言う精神で接客しているんです』って言ってさ~」


「ほんと、良い迷惑よね~あのコがそう言う度に客からの無理難題を吹っかけられてさっ・・・あのコが学校に言っている間に尻拭いしてんのは私達の方なのに!」


「女将さんも女将さんよ・・・あんな建前だけ接客のあのコを若女将にしようなんて!」


「その点、ショータロー坊ちゃまが癇癪起こしてくれたおかげで私達はあんなコの下で働かなくて済んでラッキーだったけど」


キョーコは、今もっているのが茶器じゃなくて本当に良かったと思った。
茶菓子が入っている箱を握る手は、ありえないほど震えていたからだ。

口々にそういい募る若い仲居たちの声は、姿を見なくても誰かなどキョーコには即座に解ってしまった。
しかし、幸いにも一番心を許せた高校も同じだった仲居の子はまだ声を聞いていない。

キョーコはこれ以上聞いていられず、その場を立ち去ろうとした。
その瞬間、あの『声』が聞こえてきたのだ。


「あの子は人に媚びて生きてんのよ」


心臓から一気に熱を奪うように、その『声』はキョーコの意識を失わせた。


『あんた仲良かったんじゃないの~?』

『勝手に懐いてきたのよ、いつものあの子の手よ・・・あ~あ、早くどっかいってくんないかな?』

『ひっど~アハハハハハハ』


そんな会話を鉛のように重い体で受けながら、キョーコはどうやってその場から立ち去れたのかわからないまま自室に戻った。

その後会った彼女たちは、いつも通り笑顔で話しをしてくる態度にキョーコはさらに心が冷えていった。

あの時、持っていた茶菓子の箱が潰された状態でゴミに出された日。
キョーコは女将に松乃園を出たいと申し出たのだった。



*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



キョーコから聞いた話に蓮は、そこはかとない怒りと悲しみを受けたがそれを口にするにはあまりにもキョーコの表情が無いことに開きかけた口を閉じてはキョーコの腕をさすることしか出来なかった。


「・・そこから逃げるように出てきました・・だから・・・私には・・・敦賀さんに想われる資格なんてないんです・・・」


そう繰り返すキョーコに、蓮は何度も首を振った。


「それは君の思い違いだ・・周りのやっかみに・・」


「言い返せないんです!・・・・全部・・・本当のことだから・・・・・・」


キョーコは蓮の宥める言葉に噛み付いた後、まだ真新しい絨毯を項垂れて見つめた。


「彼女たちの言った事は全部本当です・・・・母親しか居ない私は、よく松乃園に預けられていました・・そこから追い出されたくない一心で周りに愛想よく接していました・・」


「・・・・・・・・・・・」


キョーコの告白を、蓮は真剣な面持ちで見つめながら聞き入った。


「いつしか、旅館のお手伝いを任されるようになって・・・『お客様は神様』というフレーズが私の中に強く残って・・・誰にも歯向かわず、ただ笑っていれば・・・周りにもそれを強要していたように思います・・・・」


「でも、ここでは・・・」


「もう、私は旅館業で働くことなんて出来ないと思っていました・・・それでも、ここに来た以上今までの自分に恥じないように・・・今まで、たくさん教えてくれた女将さんや、仲居頭さんたちに恥じないようにと・・・ここでは違う私になろうって・・」


キョーコは、涙でくぐもった声になってしまう鼻をすすってから顔を上げた。


「ショックだったけど、彼女たちの言葉は慢心していた私への忠告だと受け止めて・・・本当の意味での接客として『お客様は神様』だといえる働きを私自身でしてみようって・・思ったんです」


「・・・それは、ちゃんと出来ていると思ったけど?」


「・・・・・・・・・・違うんです・・・・やっぱり・・・一緒なんです・・・どこかで誰かに縋りつきたかったのかもしれません・・・どんなに大きな事を言っても、結局は以前と同じ事でしかおもてなしが出来ない・・・敦賀さんにだって・・・社長に言われて警戒していた所はありますが、無意識で愛想よくしていたのかも・・・・だからっ」


「・・・・・・・・・・・それは、俺の心からの告白を信用できないということ?」


先程まで、心配そうに傍らに居た蓮はスウ・・・っと温度を下げるような低い声でキョーコに尋ねた。


「だ、だって!さっきだって・・・・すごくため息ついてたし・・・」


そんな青白い炎を灯したように見える蓮の瞳に、キョーコは慌てて言い訳をした。


「さっき?・・・・・ああ・・・・ここがホテルの一室だと思わないようにしようと、一呼吸置いていた時のこと?」


「へ?」


「あのね?最上さん・・・・」


蓮は一度、眉間に指を当て何か考える格好をとった後座り込んでいるキョーコを軽々と抱き上げた。


「きゃああ!?」


驚き腕の中で見上げるキョーコに、蓮は無表情で口を開いた。


「ここはホテルの一室」


「は、はい・・・・知ってます・・・」


「ここに今、俺と君の二人きり」


「はい・・・それが?」


「俺は、君のことが好きだと告白しているし・・・実際好きだ」


「・・・はあ・・・・・・」


「思わずキスしちゃうくらい」


「っ・・・は・・い・・・・・・」


「で?」


「・・・・・で?」


「・・・・思うところは?」


「・・・・・・?・・・・」


蓮の問いかけに、キョーコはコテンと首を傾けるとまたもや長いため息が蓮の口から零れ出た。
そして、蓮はため息をつき終わるとすぐ側にあるツインのベッドのうち窓際のベッドにキョーコを放り投げた。


「きゃあ!?つ、敦賀さん!!?」


仰向けで、フカフカのベッドの上をワタワタと暴れるキョーコの上に蓮が手足を軽く拘束するように乗ってきた。


「この間も同じ事されたのに・・・・そういうところを学習して欲しいな・・・・怒りと、憤りじゃなく・・・君が好きだから・・・・今すぐにでも抱きたいって思いを堪えてるって・・・・気づいてはくれないの?」


「へ!!?」


部屋のダウンライトを背負って艶やかな表情で見下ろしてくる蓮に、キョーコの心臓が物凄い速さで動悸を叩き始めた。


「君は俺に媚びたことなんか一回もないよ?はたから見てもきっとそうは思わない・・どちらかというと、最初の印象から殻に閉じ籠って外界を遮断している・・・まるで、昔の俺のように」


「・・・・・へ?・・・」


驚きと動揺で目を回しかけているキョーコにのしかかっていた蓮は、情けないほどに眉尻を下げてキョーコの上から退くとその横に腰を下ろした。


「・・・・俺の親父は、ヒズリ・グループの総帥っていったの・・・覚えてる?」


「え?・・・はい・・・・・以前・・・・・・・でも・・名前が・・」


キョーコは、あの時の言葉は自分を助けてくれるための嘘だと思っていたようで未だキョトンとしている。


「・・・・こっちでも、叔父の宝田氏とごく一部の人しか知らないんだ・・・・本名はクオン・ヒズリ・・・『敦賀 蓮』は正体をばれたくないがために偽っていた名前なんだ」


「・・・・・・・・・・え?・・・・・え!?ほ、本当に!?あのっ・・・世界の大企業トップ3に入るヒズリ・グループの・・・!?」


「・・・そのせいで、子供の頃から愛想を振りまく人々の中で生きてきた・・・・子供心に大人の汚い心算が敏感にわかっていたんだろうね?媚を売ってくる人間を一瞬で見抜けるようになっていた」


蓮のその言葉に、キョーコは青ざめた。


「・・・だから・・・最初、嫌われて・・・・・」


「違うよっ・・・全くの逆・・・・君からは敵意しか受けなかったし・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・スミマセン・・・・・」


小さくなるキョーコに、蓮はクスリと笑みを漏らした。


「俺には君が、人を寄せ付けないように全身を針で覆っているハリネズミのようにも見えたな・・」


「・・・ハリネズミ・・・・・」


意外な動物に例えられ、キョーコはいささか不満なのかぷう・・っと頬を膨らませた。


「ごめんごめん・・・でも、君の話を聞いてやっとそうしていたのがわかったよ・・・俺と同じ・・・人を信用しないように、深く入り込まれないように・・・俺は殻に・・君は針に包まっていたいたんだ・・・」


キョーコは、蓮の言葉を聞いてきゅっと唇を結んだ。


「・・・・・似たもの・・・同士・・・っていうことですか?」


蓮がキョーコに惹かれたわけをそう結びつけだが、蓮は首を振った。


「似ているようで・・違う・・・・俺はただ、周りを拒絶して自分が傷つかない護られた場所に籠もっていただけだ・・・でも、君は人が傷つかないように自分を傷つけながら周りをやんわりと遠ざけてきた・・・・」


蓮は、優しい眼差しをキョーコに向け掌で柔らかな頬を包んだ。


「もう、一人で頑張らないで・・・俺の殻を破ってくれた君を・・・今度は・・・俺が助けたい」


まっすぐ見つめてくる蓮の瞳には、嘘も虚栄もなくキョーコがずっとひた隠しにしていた心の扉が映し出されていた。

眼を見開き、キョーコは蓮をみつめた。


「今までよく頑張ったね・・・」


温かな微笑みと共に、大きな掌がキョーコの頭にふわりと乗った瞬間キョーコの瞳からは大粒の涙がボトボトとこぼれ始めた。


「っ・・・つるっ・・・っひくっ・・がっ・・さ」


嗚咽混じりに、蓮の名前を呼ぶキョーコは頭を抱えるように抱き締めてくれる蓮の体に必死ですがり付いた。


「うん・・・最上さん、愛してるよ・・君がとても大切です・・・どうか、俺の側で傷を癒して・・俺の心を受け入れて?」


「・・・・はいっ・・・っっ!・・・」


ぐしゅぐしゅと、鼻を鳴らすキョーコを蓮が嬉しそうに崩れきった笑顔で力一杯抱き締めたのはキョーコが蓮に呼び出され部屋に来てから2時間近く経ったときの出来事だった。





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