お客様は神様です。 23 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
「社さん、俺・・ちょっと本社に行ってきます」
「・・・え?何で?どうして?すぐの用事はないだろ?」
キョーコが本社に呼ばれて去ってから、ホテルを出た蓮は社にきょとんとした視線ですぐさまそう切り替えされてしまった。
「え・・いや・・・その・・・」
「昨日書類も出してしばらく本社に行かなくていいって言ってたじゃないか」
蓮の内心を知っていながらも、社はしどろもどろでなんとか本社に行こうとする蓮にため息をついた。
「蓮・・・・」
「な、なんですか?」
「・・・付き合いだした途端、そんな風に追い掛け回すなんて・・・ストーカー一歩手前だぞ?」
いや?既に・・か?と社から追い討ちをかけられて蓮は、眉間に皺を寄せた。
「俺だって・・・自分がこんな風になるなんて思いもしませんでしたよ・・・でも、仕方ないでしょう?あの社長ですよ?きっと普通の依頼なんてしやしないんですから」
髪をクシャ・・とかき乱し頬を染めつつ言い訳する蓮に社は目を丸くした。
(ええええ!?なにこの純情少年!!)
また垣間見てしまった蓮の意外な一面に面食らっていた社だったが、ソワソワオロオロとする蓮に一際大きなため息をついて鞄から書類を一束取り出した。
「あ~・・そういえば、コレ本社の営業2課に届けなきゃいけなかったんだった~」
わざとらしくほぼ棒読みでオタオタする蓮に書類を振って見せた。
「!・・社さん・・・」
「ただし、営業2課・・・だぞ?」
「・・・・はい」
そこは以前、蓮がいた職場内。
当然のようにかつての同僚たちがいるところだ。
それでも、蓮は迷うことなく社から書類を受け取った。
「それじゃあ、いってきます」
颯爽と本社に向かう蓮は、以前は本社の用事というだけで暗い顔をしていたのが嘘のようだった。
「晴々とした顔しちゃって」
呆れつつも、蓮がキョーコによって変わっていく事を嬉しく思った社は本社で蓮と会ったキョーコが驚くことを想像して一人含み笑いしながら職場に戻るのだった。
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本社に着いた蓮は、勝手知ったる社内をぐるっと見渡した。
ロビーにキョーコの姿はなかった。
「すみません、トラベル企画課の敦賀です。営業2課に書類を届けに来ました」
キョーコの姿を探しながら、受付に話しを通すと浮つく受付嬢から了承を取り本社内に足を進めた。
蓮が社内をうろつく姿に、驚きや好奇の目を向ける者たちが多くいたのだが蓮はキョーコを探すことに必死で全く気にならなかった。
営業2課に顔を出したときも、ざわつく社内を堂々と歩き書類を出し終え颯爽と去っていく姿は要らぬ噂を掻き消す要因となったのだった。
結局、キョーコの姿を見つけられず内心がっかりしながらロビーに戻ると探し続けていた姿をようやく発見できた。
「最上さん!」
思わず声を張ってキョーコの元に駆け寄った蓮の目に、その側にいた人物が入り込んできた。
「やあ、敦賀君・・・本社にお使いかい?」
「・・貴島・・くん・・・・どうして最上さんと一緒に?」
キョーコの正面に立っていた貴島に、蓮はすぐさま鋭い視線を投げかけた。
「そんな怖い顔しないでもいいだろ?紳士として泣いている女性を気遣うのは至極当たり前のことなんだから」
「泣いていた?」
貴島からの話しで、蓮は眉間に皺をぎゅっ・・と寄せキョーコを振り返った。
すると、キョーコの肩が小さく揺れた。
「もしかして・・・最上さん・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「社長に無理難題でも吹っかけられた?」
「・・・え?・・・・」
「あれ?違うの?」
悲壮な顔つきで黙っているだけだったキョーコの反応に、蓮は首を傾げた。
「いえ・・・そういうわけでは・・・あの・・・この方にも言いましたように、目にゴミが入って・・・なかなか取れなかったものですから・・・・・」
どうやら貴島にもそう言っていたらしい。
それでも貴島はキョーコの言葉に納得することなく、キョーコを構い続けていたようだ。
「敦賀君の知り合いなの?この子」
「・・・LMEhotelのコンシュルジュさんだよ・・・」
貴島に紹介するのを嫌そうにしながらも蓮は、キョーコの腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「最上さん、用事は終わった?」
「え?・・あ・・・はい・・・・・」
「じゃあ、一緒に戻ろうか」
「え?・・・あのっ」
目を忙しくウロウロさせるキョーコに、蓮は微笑んだ。
「俺もちょうど用事があって来たんだけど今終わったから」
「そうだったんですか?」
「うん、じゃあ貴島君・・俺たちはこれで・・・」
「あ?ああ・・・・またね?お嬢さん」
「はあ・・・失礼します」
ニコニコと人の良さそうな笑顔を振りまく貴島に、礼儀正しく頭を下げるキョーコを半ば強引に引き寄せて本社を後にする蓮の姿をしばらくじっと見ていた貴島は口の端を上げてほくそ笑むのだった。
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「最上さん・・」
「は・・はい?」
しばらくキョーコの腕を掴んだまま歩き本社から離れると、少しひんやりとした蓮の口調にキョーコは緊張しながら返事をした。
「彼は・・若干女の子の事を構い過ぎる気質があるんだ・・・というか、彼にだけでなく君は少々警戒心がなさ過ぎる気がする」
「へ?・・・そ、そうでしょうか?」
「そうだ」
蓮にきっぱりと言われてしまったが、どうすればいいのかキョーコが困惑していると小さなため息が聞こえた。
「・・と、思うのは・・・やっぱり・・・嫉妬から来るものからなのかな?」
「え?・・・敦賀さんが・・・嫉妬?・・ですか?」
「・・・・おかしい?」
「いえ・・・・え!?も、もしかして私にですか!?」
「・・・・他の誰にするんだよ・・・あんまり、俺に嫉妬させないで?」
蓮はキョーコの肩を抱き寄せると、甘く低い声で耳元にそう囁いた。
途端、キョーコの頭がボフン!と爆発するような音を立てたような気がして見下ろすと真っ赤な顔でコクコクと物凄い勢いで頷いていた。
「敦賀さん・・・」
「うん?」
「私は、何があっても敦賀さんの事を想っています・・・それだけは、信じてください・・ね?」
真っ赤な顔のまま縋るようにそう蓮に告げるキョーコを、蓮は破顔の笑みで見下ろすのだった。
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