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お客様は神様です。 25 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

 アミューズメントパークから戻ってきてパーティに出席する姿に着替えた蓮は、キョーコから返事がない事に小さくため息をついた。


「敦賀主任?そんなため息、トラベル企画課が傾きそうなんで止めて下さい?」


「あ・・・ごめん、百瀬さん」


キョーコからの招待状をもらった百瀬は、事務の仕事を片付けてオープニングパーティーに出席するためLME hotelに来ていた。


「主任、公私は分けて頂かないと」


百瀬の厳しい言葉に蓮は申し訳なさそうにした。


「ごめ・・」


「な~んて?」


「え?」


「クスクスクス・・・ちょっと最上さんの真似しちゃいました」


「え・・・・」


「最上さん、きっとお仕事中はプライベートなメールとか電話とか取らなさそうだな~って思ったんで・・・・あ!社さん!!」


百瀬はこちらもパーティーに出席するためやってきた社の姿を見つけると、蓮の横を離れ社に駆け寄った。


「・・・しっかりバレてるな・・」


遠まわしに慰められたことに苦笑していた蓮の携帯が、着信を伝えた。


『お疲れ様です。パーティーの合間に時間が取れる予定だったのですが・・・・・会場には来ますので、会えましたら少しお話しできると思います』


キョーコからの返信に浮かれながらも、内容にガックリとした。
けれど先程百瀬に注意されたばかりだったため、蓮は内心を押し殺して社たちと合流した。



************


「なんだよあの女っ」


尚は苛立ちを柔らかなキングサイズのベッドに荷物を投げつけることで解消しようとしたが、フカフカすぎるベッドは全部をボフンっと包み込んでしまい余計にイライラを募らせるだけだった。


『・・・・・もしかして・・・『松乃園』の・・・・バカ息子・・・・・・?』


先程フロントでキョーコを連れてくるように言った途端、受付の女にそう言われてしまった。
彼女が口走った言葉は、いつも言われなれていたため一瞬反応が遅くなってしまったがすぐに不快を表すように眉根をぎゅっと絞って見せた。

すると、女はすぐに冷静を取り戻し恭しく頭を下げた。


『申し訳ありません・・例え従業員でもこのホテルに関わりのある人、皆全てにプライバシー保護を致しております。例えお客様がお知り合いだと述べられましても、私ども第三者から個人の情報を出すわけには参りませんし呼び立てることも出来ません・・・お知り合いなのでしたら、本人に直接連絡を取ってこちら奥にございますカフェスペースにてご歓談されますようよろしくお願い致します』


奏江の間を挟めない言葉の羅列を食らって、部屋に引き下がってしまったことにまた腹が立ち始めた。


「俺が呼び出したって来るわけね~から頼んだんじゃねぇか!?使えねー!!!」


自分中心でそう毒を吐く尚は、リビングスペースに置かれている質のいい木製のローテーブルに飾っている花を見て舌打ちをした。

今日がオープンということで、各部屋に花を飾ってパーティーへの招待状を添えているのだ。

それに尚も気づいたが行く気など毛頭も無かった。


「・・・・いや・・待てよ?」


尚はそれを摘み上げると、時間を確認した。


「20時からか・・・・・・」


ドレスコードは男性はジャケット、女性はヒールのある靴という軽いもので気軽に参加できそうだ。

しかし、尚には別の思惑があった。


「・・・ここの従業員なら、会場で張っていれば必ず現れる」


見つけたら速攻、連れ帰る!・・・そう、笑みを深くして招待状を見つめたのだった。



************



「・・・・なんで電話にも出ないのかしら!?あの子はっ!」


奏江はイライラしながら、事務所の電話から同じ番号にコールをする。

しかし、電源は切れていないはずなのに相手が取る事をしないのだ。


「あ~もう!!!」


ガチャ!っと乱暴に受話器を置くと、長く艶やかな髪を振り乱した。


「ちょっとここお願い!」


奏江は他の従業員に声をかけると、従業員用控え室を飛び出した。


「琴南さん?」


駆け抜けようとした奏江を呼び止めたのは大広間に向かう途中の蓮だった。

蓮ならキョーコと連絡が取れたかもしれないと、急いでいた足を蓮たちの方へ向けた。


「・・・今からパーティー会場ですか?」


「うん、役員や直接招待されているのは19時からだろ?俺たちのもその招待状だし」


「ええ・・・その後、一般開放を20時からします」


「ところで・・・最上さんが、さっきメールでパーティー途中に抜け出すことが出来ないような内容を送ってきたんだけど・・・何か知ってる?」


「え!?・・・・いえ・・・さっきから事務所からの電話も取ってくれなくて・・・直接話しに行こうかと・・・」


奏江の言葉を聞き、蓮が途端に顔を曇らせた。


「もしかして・・・VIP客に何か、無理難題を押し付けられているんじゃ・・・・」


「そんな・・・事はないかと・・・・」


奏江もVIP客について詳しく教えられているわけではない。
知っているのは、社長の昔からの友人だということだけだ。
だから友人である社長のホテルで、騒ぎを起こすなど到底考えられないので不安そうな顔の蓮に否定の言葉をかけてみた。

すると、蓮は真剣な表情で伺いを立ててきた。


「・・・・琴南さん、VIP客ってどんな・・・」


そこまで言って、蓮は顔を引き締めた奏江にハッとした。


「申し訳ありません、いくら敦賀さんでもお客様の個人情報はお教えできませんので」


「そう・・だよね・・・・ごめんね?変なこと聞いて・・・」


「いえ・・・でも、今日のパーティーにも19時から社長と出席するはずなのでキョーコも同席しているはず・・・・」


あまりにも心配している様子が不憫だったのと、少し気になる事をもしかしたら自分は隠しているのかもしれないという負い目から奏江は本当は漏らしてはいけないのだろうがほんの少し蓮にそう伝えた。

そのため、結局奏江も交えてパーティ会場に入ることにした。

しかし会場は定刻よりもまだなので雑談をする人ばかりで、キョーコの姿もVIPと共にやってくると言っていたローリィの姿もまだなかった。

蓮と奏江、そして社と百瀬がキョーコの姿を探していると定刻になった事を告げる鐘の音がこのホテルの離れにあるチャペルから聞こえてきた。

途端、会場は暗闇に包まれたかと思うと閃光が会場を囲みそれらが一斉に中央の壇上に集まった。


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


演出の発案者が誰かなど容易に想像できた4人は、大騒ぎの会場の中ただ黙って終わるのを待った。


【ようこそみなさん!LME hotelへ!!私がこのホテルの創設を任されたローリィ宝田です】


相変わらずのテノールボイスは、締め切られた大広間の外にも軽く漏れ出るほどの音で会場中の意識を一気に引き寄せた。


【今宵は、このホテルの誕生を祝し盛大に祝うことにした!!皆、楽しんでいってくれたまえ!!!】


経営者ではなく、完全に一国の王的な振る舞いなのにも関わらず誰しもそれに疑問を持つものなどおらず気がつけばローリィに煽られ皆笑顔で声援を送っていた。


【さて、乾杯といきたいところだが・・・ここで一つ皆に知らせておくことがある・・・今まで、名目上だけの共同経営者となっていたヒズリ・グループのクー・ヒズリ氏をここで正式にこのホテルのオーナーになってもらおうと思う!!】


その言葉で、会場中が一気にざわついた。
重役や株主にも連絡を通さない、ローリィとクーのみで決定した事柄だったからだ。

会場から反発の声なども出始め、会場が騒然としだした。

一方で、蓮はローリィを呆然と見つめていた。
顔も体も固まっているのに、脳だけはフル回転してこの現状を何とか理解しようとしていた。


「なんか・・大変なことになったちゃってるよ?琴南さん」


社が小声で奏江に囁いても、奏江もただ頷いて返すしか出来なかった。


【ヒズリ・グループなら文句はあるまいよ?うちよりも海外に顔も利く、しかも株主の中には共同経営の記念として100株を分配しているのだし・・・君たちに損はないはずだ】


自信満々のローリィの言葉にも、まだ反発しようとする輩の声にローリィはため息をついた。


【それなら、その事を直接本人言えばよかろ?】


ニイっと人の悪い、極悪ブローカーのような笑顔をしたローリィに蓮以外の者たちがポカンとした。
ただ、蓮だけが顔を強張らせた。


「蓮?どうした?」


「い・・・え・・・・・ちょっと・・・・」


蓮の様子に気がついた社に返事しながらも、自分の予想が当たっているなら『彼』が出てくる事を蓮は悟っていた。


(あの人はっ・・・・俺はまだ、評価されるような仕事は出来ていないのに・・・)


いつかは継ぐであろう、親の会社。
すぐにとの声もある中、蓮は共同経営をしている宝田グループの社員をして評価されてから父の前に胸を張って堂々と社を受け継ごうと思っていたのだ。

しかし、現状は支社の新開発事業部主任。

宝田本社勤務でさえもないこの状況は、自分が未熟だったためとはいえあまりにも情けなく今から来るであろう人物の顔をまともに見ることなど出来ないと蓮は項垂れた。


【諸君!紹介しよう!!ヒズリ・グループ総帥のクー・ヒズリだ!!】


ローリィのマイクを通した声に、内心やはりと思いながらも聞き間違いであって欲しいとの願いからチラリと蓮は顔を上げ壇上にいる人物を確認した。

そこには懐かしい父の姿があり、蓮は軽い眩暈を覚えたのだが少し視線を外した時違うところを見て息を飲んで固まった。


「蓮!すごいぞっ!?雑誌とかでしか見たことのないスーパーカリスマ社長に会えるなんて!・・・・・・・蓮?」


クーの登場に、いささか興奮が抑えられない様子の社は蓮に同意を求めようと振り向いたのだが蓮は別のところを見つめ呆然としていた。


「どうした?」


社も蓮の視線を追うと、スポットライトを浴びているクーのすぐ側に淡い水色のロングドレスを身に着けた美女がキレイな姿勢で立っていたのだ。


「蓮・・・・いくら美人でもカリスマ社長を見ないなんて・・・第一お前にはキョーコちゃんが」


「・・・最上・・さん・・・ですよね?あれ・・・」


「「「え!?」」」


蓮の言葉に社たちは全員、目を点にした。




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