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お客様は神様です。 22 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

 「失礼します」


キョーコは綺麗なお辞儀をして、中にいる少々奇天烈な衣装の男に挨拶をした。


「お客様のことでお呼びと伺ったのですが・・」


早速、話しを進めるキョーコに社長であるローリィ宝田は眉をひそめた。


「何もそんなに急いで用件を終わらせんでも良かろう?・・・お茶を淹れさせた、飲んでいってくれ」


本社ビルの最上階に広々としたマイ・オフィスには、社内とはいえない空間を生み出すローリィの趣味に走った調度品ばかりが置かれていた。
その中央に、応接用とは言い難い派手な装飾が施されたソファーが鎮座していた。

一般家庭で生まれ育ったキョーコには、座りたくても緊張して座りにくいそれにローリィは簡単に座るように促してくるため渋々ちょこんと手前のところに腰を下ろした。


「オープンの日にな?俺の古くからの知り合いを招待したんだ・・・そいつの面倒を見てもらいたいんだ・・・最上君に」


紅茶がこれまた高そうなティーポットに淹れられ、秘書と思われるローリィの今日の服装に見合った格好をした男性に運ばれてきてからようやくローリィは本題を話し出した。


「・・・・わかりました・・・その方は日本の方ですか?」


キョーコはメモ帳を制服のポケットから取り出し、サラサラとペンを走らせながら尋ねた。


「いや・・・アメリカから来る・・・だが、元は日本に国籍を置いていた奴だ」


「ご要望とかはありますか?」


「飯だな・・・・大食らいでな・・・50人前は軽く食べるな」


「50!?・・お・・お一人で・・・ですか?」


「ああ、それも一日じゃなくて一食でだ。くれぐれも品切れだけにはならないように気をつけてくれ」


衝撃的な話にキョーコは少々顔をひきつらせながら頷いた。


「わ・・・・わかりました・・・」


「ああ・・・それと」


「・・・まだなにか・・・」


また突飛な事を言われないかと身構えたキョーコに、ローリィはニヤリと口の端を上げた。


「奴を呼ぶときは、こっちにいたときの名前で呼んでやってくれ」


「はあ・・・わかりました・・・それで・・お名前は・・」


「保津 周平だ」


キョーコは今言われた事を、サラサラとメモに書きとめた。


「わかりました、では私は持ち場に戻ります」


話しは終わったと、キョーコが席を立とうとすると葉巻に火をつけたローリィが紫煙を吐きながら口を開いた。


「・・・・期限がそろそろ来るが・・・・変更しなくてもいいのか?」


ローリィに背を向けていたキョーコの体は、一瞬固まったが平静を取り戻して振り返った。


「!・・・・・・・本題は・・そちらですか?」


「いいや?一応の確認だ・・・君がLMEhotelにいるのはオープンまでとなっていたからな・・」


「・・・・・・・・・・・・はい、もう私が抜けても心配ないと思います」


「・・・そうか・・・・」



「はい」


「・・・そのことは蓮も知っているのか?」


「・・・・・・・・・は!?」


ローリィの吐いた煙を黙って見つめていたキョーコは何気なく聞かれた言葉に、遅れて反応してしまった。


「アイツと付き合い始めたんだろ?言ったのか?」


何もかもお見通しという口調のローリィに、キョーコは隠すことなど出来ないと諦めて首を振った。


「・・・言わないと・・アイツのことだから相当凹むぞ?もしかしたら、君の事を怨むかも知れないぞ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・そうなってしまうのでしたら・・・しょうがありません・・・」


「君はそれでいいのかもしれんが・・・」


「この話しはどうぞご内密に・・・失礼します」


キョーコは表情を出さずに深々と頭を下げると、スタスタと社長室を出ていってしまった。
そのキョーコの背中を、ローリィはため息を紫煙で誤魔化しながら苦笑して見送った。



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スタスタと本当に早足で社長室を離れたキョーコは、エレベーターホールに来た途端その場にしゃがみこんだ。


「・・・しょうが・・ない・・・・か・・・」


心にも無いことを口にすると、体の震えが止まらないことをキョーコは実感して鼻の奥がツンと痛くなるのを必死に我慢した。

鼻の奥が痛くなるのと同時に、視界がふにゃりと歪んでいく。


「しょうがなくなんかない・・・ただ・・怖くて言い出せなかっただけ・・・・」


体をぎゅっと抱きしめて、こぼれかけた涙が瞳の奥に戻るまで待ってからエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターの扉が閉まる頃には、キョーコの中に強い決心が固まったのか唇を引き締めた表情になっていたのだった。




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