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お客様は神様です。 27 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

 突然のローリィからの発表に、当の蓮も含めて全員が呆然とした。

しかし、先に意識を浮上させた社が蓮の肩を勢いよく掴んだ。


「やったな!?蓮!!やっぱり今回の移動はこの前フリだったんだよ!・・・・って・・クオン・ヒズリってなんだ?」


社の疑問は、キョーコ以外の者たちにとっては当然のことで蓮は潮時かと苦笑した。


「・・・・黙っていてすみません・・・・実は俺、あの人・・・クー・ヒズリの息子で社長は俺の叔父なんです」


「へ~・・・・・・・・・・・だからさっき、クー・ヒズリさん見ても驚かなかったのか・・・・・・・・って!?息子!!?」


申し訳なさそうにする蓮を、呆然と見ている社と百瀬とは別のところに驚きをもっていた奏江はキョーコをひじで突いた。


「あんた・・・知ってたの?」


「うん・・・以前・・ね?・・・・でも、社長さんになるなんて知らなかった」


困惑の表情で、奏江に薄く笑ったキョーコの声に蓮は慌てて振り返った。


「俺も知らなかったんだから当然だよ!・・・というか・・突然どういうことですか?」


少し怒りを含ませながら、ローリィに向き直った蓮は鋭い視線でその横にいたクーを見つめた。


「突然じゃない・・・今回の移動でお前が会社を任せられる人物になれるか見ていたんだ・・・クーと共にな?」


「・・・父さん・・・と?」


驚く蓮に、クーは頷き小さく笑った。


「私だけじゃない・・株主たちにも意見をもらっている・・今回の決定は親子の情などではなく、会社のトップとしての決定だ」


「クーの言うとおりだ・・・コイツの元を離れたがって馴れ合いの経営が嫌だったと言って、お前は俺のところでは一匹狼的に仕事をこなしていただろ?しかし、それでは会社のトップは任せられない・・人の上に立つには、人を信頼し時に叱咤し、時に離れ、時に見守りそうして人との交わりを深くして絆を築き上げて経営していくものだ・・決して有能でも一人で突っ走ればいいというものではない・・・」


蓮は、その言葉に過去の自分を振り返り苦笑し頷いた。


「しかし、お前は最上君やここにいる社君、百瀬君の協力があって俺たちが期待していたとおりの成長を見せてくれた・・・最上君だって・・」


ローリィが話の矛先をキョーコに変えると、キョーコはドキンとして顔を上げた。


「最上君も過去を振り返られるようになって、自分がしなければならない事を見つけた・・・そうだったな?最上君」


「・・・はい」


しっかり頷くキョーコの顔に迷いなどなく、蓮は色々聞き出したいのを我慢して繋いでいる手をぎゅっと握り締めた。
その力にキョーコが顔を上げて、微笑むのを蓮も小さく笑って返すことしか出来なかった。


「よし!これで辞令発表は終了だ!パーティー会場で新社長が挨拶を済まさんと、一般開放までにお開きに出来んぞ!?」


「そうだぞキョーコ!俺用に用意してある料理は一体どこだ!?あれを食わんとボスの家に行くことが出来ん!」


「え・・・まだ食べるんですか!?」


つい先程まであんなにジャンクフードをたらふく食べていた姿を思い出し、キョーコが青ざめるとクーが頬を膨らました。


「当たり前だ!食べ物を粗末にするとバチが当たるんだぞ!?」


「す、すぐ用意します!!」


キョーコは慌てて、蓮から手を離すと会場の裏にいる大将の元へとドレスの裾を翻して駆けて行ってしまった。
そんなキョーコの背を切なそうに見つめていた蓮に、クーがポンと背中を叩いた。
そして、一枚のカードキーを差し出した。


「?・・・なんですか?」


「新社長に早速のお願いだ・・俺はこの後、ボスの家に行かなくてはならんのだ・・・オープンしたてのホテルのしかも最上階のスペシャルスイートがこのままでは空室になってしまうのは縁起が悪いからな?ちゃんと新社長が空きを埋めておいてくれ・・・・・ああ、そうだ・・キョーコに、着替えなどはこの部屋に置きっぱなしだと伝えておいてくれ!」


言いたいことだけ言って、手をヒラヒラ振って去っていくクーは食べる気を一杯にして会場にいるキョーコの元に駈けて行った。
その背中に、蓮は大きなため息をついた。


「本当に・・・どこまでも親バカ・・・なんだから・・・」


苦笑しながらも、蓮はそれを受け取ると即興だったのにも関わらずしっかりとした新社長の挨拶をして会場を沸かせたのだった。


***********


「ずるいよな~最後の最後に物凄いカード揃えてくるなんて?」


「!・・貴島さん・・・」


会場の隅で晴れ舞台に立つ蓮を遠目に眺めていた百瀬の横に、カクテルグラスを持って貴島が現れると驚きの声を上げたが本社の代表で来た事を聞くと頷いた。


「まさかあのヒズリグループのご子息様だったとは・・そりゃあ一般の男にはかないません・・」


「・・・貴島さん・・・そんな言い方・・・」


百瀬は眉間に皺を寄せると、貴島は拗ねたように口を尖らせた。


「だってさ~・・俺がずう~っと気にしていた女の子に好かれているなんて気づきもしないで、自分は一人で何でも出来ますって顔していたくせに・・いざ支社に移動ってなったときにその女の子を連れて行っちゃうわ、ちゃっかり支社では孤高の狼は辞めていい上司になっちゃているわ・・・その上、連れて行った女の子じゃなくてホテルのチーフコンシュルジュの女の子に本気で恋してるわ・・・ここ一年で変わり過ぎだって~のっ」


「・・・貴島さん・・・酔ってます?」


「・・・・酔ってないけど・・・百瀬さんが介抱してくれるなら酔っていることにしようかな?」


「・・・・そんなことばかり言うから、貴島さんは女性に信頼されないんだと思います」


「じゃあ・・こう言ったらいい?君が入社してきた時からずっと見ていました。真剣に告白してふられるのが怖くていつも冗談半分で告白してました・・・って・・」


「貴島さん・・・・また、冗談ですよね?」


「それはどうかな?・・・結構緊張してるんだけど?」


貴島はそう言って、百瀬の手を握ると少し汗ばんで微かに震えている感覚が伝わってきた。
それに驚いて顔を上げた百瀬に、貴島は情けないとばかりに眉尻を下げた。


「でも、どうして本社にいる貴島さんが敦賀主任とキョーコさんとのこと知っていたんですか?」


「男の・・・勘?」


「は?」


貴島は本社でキョーコに構った時、庇うように現れた蓮にすぐさまキョーコが特別な存在だということに気づいた。


「一度だって澄ました表情を崩したことなかったくせに・・」


「え?何か言いました?」


「いや・・・独り言」


あの時の鋭い視線は今はなく、挨拶を終えて一目散にキョーコのところに向かう蓮に貴島は苦笑した。


「百瀬さん」


「はい?」


「ふられた者同士、語り明かさない?」


「ええ?なんですかそれ?」


「勝手にライバル視してふられた男を慰めて?」


「・・・・・・今日は特別ですよ?」


「え!?マジで!!?」


百瀬の返事にガッツポーズをしている貴島の姿に、蓮は初めて貴島の存在に気がついた。
貴島が百瀬と話しているのを横目で見ながら蓮はキョーコの肩を叩いた。


「最上さん、この間彼に何か言われた?」


先日会っていた事を未だに気になっていて蓮がそう聞くと、キョーコからは意外な答えが返ってきた。


「敦賀さんって何気に人たらしですよね?」


「・・・え?」


きょとんとする蓮に、キョーコは大きなため息をついた。


「もういいです・・・それより・・・先程、正式にここでのお仕事が終了しました・・・チーフ・コンシュルジュの最上 キョーコはこれでおしまいです」


ドレスの生地をいためないように、手に持っていたネームプレートをキョーコは一息つくと感慨深げに見つめた。
その様子を見つめていた蓮は、先程預かったカードキーを胸ポケットから取り出してキョーコにどう切り出そうか迷い始めた。


「最上さん・・・あの・・・」


「あ、皆に挨拶してから着替えてきますね?」


「あ!・・・その・・・ことなんだけど・・・・」


「はい?」


何か言いにくそうにしている蓮に、キョーコはコテンと首を傾げて見上げているとようやく意を決して蓮が口を開いた。


「・・・・・父が・・あの部屋を使わないから・・俺にキーをくれて・・・・その・・・君の着替えもそこにあるんだけど・・・・・・どう・・・する?」


急に降って湧いた二人きりの時間が過ごせることにキョーコはしばらく呆然としていたが、内容が頭の中で整理された途端小さな爆発音をたて顔を真っ赤にさせたのだった。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


パーティーは一般解放前に一度お開きがコールされ新たな客と真新しい料理が運ばれて最初とは違った賑わいを見せ始めた。

そこには蓮の姿も、キョーコの姿もなかった。

ドレス姿のキョーコに驚いた元同僚たちに、最後の挨拶を済ますと蓮と共に着替えの置いてある部屋にいた。


「ふふっ」


「どうしたの?」


「だって・・・今、私・・ここのコンシュルジュじゃなくて一般のお客様としてここにいるんだな・・って思ったから・・なんだか不思議で・・・」


キョーコは、煌びやかな宝石のようなネオンを見下ろして感慨深げな吐息を漏らした。

その夜景が映るガラスに蓮の姿が映りこみ、キョーコは振り返った。
そのこには、ガラス窓に写るよりも切なそうに微笑む蓮がいた。


「最上さん・・・・」


「・・・・松乃園に行って、私なりに出した答えを伝えてきます・・」


聞きたかったことを口に出され、蓮は苦しそうにしながらも頷いた。


「・・・ああ・・・わかった・・・・・」


「一ヶ月ほどで戻ってきますから・・・」


「・・・うん・・・・・・・」


静まり返る部屋に、キョーコは意を決して履いていたヒールを脱いだ。

そしてウィッグも取り去り、ドレスのファスナーにも手をかけた。
そのことに蓮はぎょっとしてキョーコの手を止めるように掴んだ。


「最上さん!?」


「こんな格好で澄まして言っていられない!・・ちゃんと信用していますか!?私のこと」


怒った表情でずいっと迫られて、蓮は少し引け腰で頷いた。


「え・・・うん・・・してる・・もちろんしてるよ?・・・でも・・・不安もある・・・元の環境に戻って俺との事を気の迷いだと思われたらって・・・」


すると、キョーコはぺしんっと蓮の頬を両手で叩きながら挟んだ。
その衝撃に、蓮は目を見開いた。


「全然信用してくれてない!」


「そ、そんなことないよ!・・・ただ・・・」


「ただ?」


「・・・・好きなんだ・・・君のことがどうしようもなく・・・それだけで・・・側からいなくなることがこんなに不安になるなんて・・今まで知らなかった・・・」


吐露された言葉に、キョーコは途端に泣きそうな顔になった。


「・・・・・・・・・・・・私もです・・・でも、絶対・・・絶対帰ってきますから・・・」


キョーコは抱きしめられた蓮の胸に、言いたくても我慢していた言葉を呟いた。


「・・・・待ってて・・・」


「うん・・・待ってる・・・」


ゆっくりと唇を寄せ合い、二人は幸せそうに微笑みながらキスを交わした。

しばらく、互いの体温を分け合うように抱きしめあっていたがキョーコがポツリと呟いた。


「・・・敦賀さんは・・・ここの社長さんになったんですよね?」


「え?・・うん・・・突然だけどね?」


「で、私はここを辞めたので今は一般のお客様・・・」


「?最上さん?」


フムフムと頷くキョーコが何を考えているかわからない蓮が首を傾げているとキョーコは、蓮を見上げながら可愛らしい笑顔を見せた。


「私にここで最高の思い出をください・・・社長さん?・・・お客様は神様・・・でしょう?」


虚を付かれ、目を丸くする蓮にキョーコは悪戯っぽく笑うと蓮は苦笑した。


「それは・・・難しいな・・・」


「え!?どうして!!?」


「だって・・・俺のほうが君から最高の思い出をもらいたいんだから・・・元天才チーフ・コンシュルジュ様?」


「えええええ!?」


ひょいと抱え上げられたキョーコが、蓮にどんな思い出をもらったのか・・キョーコが蓮にどんな思い出を伝授させられたかは、最上階の部屋ならではの一際近くにあるように感じる月だけが知るのだった。




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