お客様は神様です。 26 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
(私・・・本当にこんなところにいていいのかしら?・・)
大騒ぎする雇い主たちを尻目にキョーコは、目映いライトに出来るだけ当たらないように軽く俯いてここまでの経緯を振り返った。
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キョーコの心中を静かに聞いていたクーは、深いため息をつきながら大きく頷いた。
「なるほど・・・・そういうことだったのか・・・・・では・・キョーコは『お客様が喜ぶ』事ならばどんな要望を受けうる限り受けてくれるということかな?」
クーにそう言われると、キョーコは小さく首を振り補足を加えた。
「いえ・・・私一人ではなく、このホテルの従業員はこの『お客様は神様』という信念の元お客様の笑顔のため楽しい思い出を作っていただけるようにするために動いております。例え、私一人では出来ないことも従業員皆が協力してお客様の願いを叶えていこうと思っております」
背筋を伸ばしそう言い切るキョーコの顔には、揺るがない自信と他の者への信頼が溢れていた。
「なるほど・・・確かに・・・キョーコがここからいなくなっても、このホテルはきっと世界に誇れるホテルになるな?・・そうだろ?ボス」
「当然だろ?私の目に狂いはなかったんだからな!」
ドヤ顔のローリィにクーが笑顔を見せると、キョーコも安堵しながら一緒に笑った。
しばらく和やかな雰囲気の中、雑談しているとクーが意味ありげにローリィを見た。
「ところでボス、例の準備は出来ているのか?」
「うん?・・・・ああ、もうそんな時間か」
二人の会話にキョーコも腕時計を確認した。
パーティーの開始時間が迫っていた。
「では、私はこの辺で・・・」
キョーコは、クーやローリィがパーティーの準備で着替えたりすると思い退出しようと頭を下げた。
しかし、間の抜けた声が返ってきた。
「何言っているんだ?最上くん」
「そうだぞ、キョーコの準備なのに居なくなってどうするんだ?」
「・・・ほへ?」
当たり前のように首を傾げる二人に、キョーコこそ頭の中をはてなマークで一杯にするしかなかった。
そうこうしていると、ローリィが手配をし始めキョーコよりも小柄で可愛らしい女性が登場した。
「うふふ♪あなたが蓮ちゃんのハートを射抜いちゃった娘ね?このテン様の腕にかかれば、さらに蓮ちゃんのハートをもいじゃうぐらいあなたを変身させちゃうわよ?」
「へ!?」
「まかせたぞ?テン」
「きゃん♪ダーリンにお願いされちゃった~♪」
ローリィの言葉で小躍りする女性を目の当たりにして呆然と・・というかこの状況に一切ついていけずに、キョーコはただただ為すがままになるしかなかった。
そして、阿鼻叫喚の後・・・
現在に至るのだった。
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(はあ・・・・こんな格好までしてしまって・・・他の従業員の子たちには私だって気づかれないし・・・確かに、鏡見たときに『え!?だれ!?』とはなったけど・・・・こんなんじゃ・・敦賀さんだって気づかない・・・・)
深いため息をつきつつ、壇上でじゃれ合うようにスピーチを進めるローリィとクーの姿を確認しようと顔を上げた瞬間キョーコは会場の一番奥の壁際で立っていた蓮と目が合った。
ような気がした。
「・・・最上さん・・・」
「ええ!?あ、あれが!?」
真っ直ぐ壇上の奥、ライトに当たらないように隠れている女性を真っ直ぐ見てそう言った蓮の言葉に、横に居た一同はもう一度女性の顔を確認しようと目を凝らした。
しかし、その女性はまた俯いてしまい顔がしっかり確認できなかった。
動揺している面々とは正反対に、蓮は静かに・・射抜くように女性を見つめ続けているた。
すると、その女性は視線に居た堪れなくなってしまったかのようにススス・・・っと舞台から捌け始めた。
蓮はそれに合わせるように、持っていた乾杯用のグラスを社に押し付けると自分も会場を出て行ってしまった。
「おい!?蓮!!?」
社の声を振り切り、蓮は大股でゆっくり歩いていたのを徐々にスピードを上げて女性の姿を見失わないように廊下を急いで駆けた。
その途中で、不貞腐れた表情がこのパーティ会場に相応しくない若い青年とすれ違っても全く気にも留めず急いで会場から離れる女性の後を追った。
女性が角を曲がろうとし始めて、蓮は慌てて声を上げた。
「最上さん!待って!!」
「!!・・・・敦賀さん・・・」
大声で呼び止められ、キョーコは始めて蓮が後を追ってきたことに気づき振り返った。
振り返った弾みで、腰まであるユルふわウェーブの髪が揺れそのウィッグで隠れていた顔が明るい廊下のライトに照らし出された。
いつもの仕事用のナチュラルメークとは違い、化粧もキッチリとされていた。
一見しただけでは、キョーコと解らないだろうとテンもローリィもクーも満足げだったのに蓮は遠目に見ていただけでキョーコだと気がついてくれたようだった。
しかし、先程から出ている目は口ほどに・・・以上の刺すような蓮の視線にキョーコは後ずさりをした。
それをすぐに大きな一歩で蓮は距離を縮めた。
「その格好・・・どうしたの?」
酷く凍っている声に、キョーコは先程まで自分が思っていた事を口にした。
「や、やっぱりこんな格好似合いませんよね!?やっぱりおかしいですよね!?私がこんな格好・・・」
自分でも何回も頭の中で言っていた言葉だったが、蓮に言われてしまうと自分の状態が酷く滑稽に思え一気に涙腺が緩み鼻がグス・・・っと小さく鳴った。
「・・・え?」
キョーコの泣き顔に、蓮は内から湧き出てきてしまっていた小さな怒りを慌てて引っ込めた。
「違う!すごく・・・すごく、似合ってる・・・けど・・・もしかして・・この格好させたのは・・あの人なんじゃないかって思ったら・・・・・」
「あの・・人?」
ぐず・・・もう一度鼻を啜り、涙を指で軽く拭いながら首を傾げるキョーコの側に蓮は近づきながら申し訳なさそうに眉根を下げた。
「・・・・ヒズリグループの総帥で、カリスマ社長で・・・・俺の親父・・・あの人が・・君に無理を言ったんじゃない?」
「いえ!?違います!!・・・・あ・・・でも、違わないような・・・」
的を得ないキョーコの返答に、また蓮から冷気が発せられた。
「・・・・・・・・・・・どういうこと?」
「ひえ!?・・・あの・・社長の・・・テンさんが・・ですね?」
「??」
蓮の怒りに、キョーコがシドロモドロに説明をし始めると蓮の後を追ってきた奏江たちが二人の元に集まってきた。
「え!?本当に!!?」
「キョーコ・・・なの!?」
「すごい・・最上さん・・きれい・・・」
三者三様にキョーコの姿に驚いていると、もう一つ驚きの声がした。
「・・・キョーコ!?」
その声に、奏江はぎくりとした。
振り返らなくても分かる・・・ほんの数時間前にカウンターから酷い嫌味を吐いた相手で、この相手が居る事をキョーコに知らせるべくここに来たのだから。
キョーコは、声の方に向くと目を見開いた。
「・・・ショーちゃん・・・」
間に合わなかったことを奏江が悔いている間に、キョーコはその人物の名前を口にしてさらに目の前に立つ恋人の顔を険しくさせていた。
しかし、二人の会話は続いていた。
「こんなところで何してんだよ・・そんな・・・格好までして」
「これは・・・」
尚にギッと睨まれ、キョーコは思わず自分の格好を腕で隠した。
そんなキョーコに尚は呆れたため息をわざとらしく吐いた。
「大方、『お客様は神様です』とか何とか言っていいように着せられたんだろ!?お前は分かってないんだよ!いいか!?男が女を着替えさせるときは、その服を引き剥いてただ押し倒したいだけなんだよ!!それなのにお前はまたこうやって・・・・・・・・なんだ?あんた」
一気に捲くし立てていた尚とキョーコの間に、蓮が険しい顔のまま無理に入り込んできたため尚は蓮に噛み付いた。
そんな尚を見下ろしながら、キョーコを背に庇った。
「俺は彼女の恋人だ」
「は?恋人?」
蓮の宣言に、キョーコはほんのり頬を染めながら蓮の背中を見上げた。
しかし、尚は呆気に取られた後眉間に指を当て頭を振った。
「・・・キョーコ・・・お前とうとう人を巻き込むようになったのか?こんな冗談俺には通じないぞ?」
ヤレヤレ・・と、ジェスチャーをして見せた尚に蓮は食って掛かりそうな勢いで口を開いた。
「・・・冗談なんかじゃ・・」
「冗談じゃなくて、本当に敦賀さんとお付き合いしています」
キョーコは蓮の後ろから出てきて、はっきりとした口調で全く信じようとしない尚に言い返した。
蓮の手をギュウっと強く握りながら。
「!?・・・・はっ・・アホくさい芝居止めろよ・・・・そんなんで俺がお前を惜しがって謝るとでも思ってんのか?」
「・・もう、そんなことどうでもいいの・・・婚約も破棄させていただきます・・・女将さんたちには既に了承をもらっているし・・・」
「な!?・・・そんなわけ・・」
蓮のことだけでなく、予想外の言葉を食らった尚は途端に慌てだした。
「あのお客様が『松乃園』の常連さんだと思い出したときから、いつかショーちゃんがここに来るかと待っていたけど・・結局はギリギリだったわね・・・」
キョーコのその言葉に、尚の顔がさらに険しくなった。
「ギリギリ・・・?」
そんな尚を置いて、キョーコは握った手をさらに力強く握って隣の蓮を見上げた。
「・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・敦賀さん・・・私、言えずにいた事があります・・・」
「最上さん?」
握られた手が微かに震えていることに気づいた蓮は、心配そうにキョーコを伺いながら待った。
「・・・私は・・・今日、この仕事が終わったら・・・・LME hotelを退職するんです・・・」
「・・・・え?」
「ええ!?」
突然の告白に、蓮だけではなく社まで驚きの声を上げた。
尚は、呆然としていたが気を取り直すと鼻で笑った。
「・・・・・っは!・・・やっぱりな・・・お前はどこに行っても結局はお払い箱にされちまうわけか・・・そういうことなら、すぐに京都に帰るぞ」
「・・・・・言われなくても帰るつもりだったから、準備は出来てるわ・・・」
尚に促されたのが嫌で、キョーコがそう強い口調で返すと蓮の体が揺れた。
「!?・・もが・・み・・・さん?」
しかし、そんな蓮に気を使うことなく尚は、ここには用がないとばかりにその場を離れようとした。
「そうかよ、じゃあ・・その似合わね~服着替えろ、気が変わったりするかもしれねーからなお前は」
「ちゃんと戻るわよ・・・・・でもあんたは、ここに一泊したら?折角、予約までして来たんだから・・勉強して帰ったらいいわよ・・・私たちが精魂込めて作り上げたホテルだから・・・」
自信に満ちた表情で、奏江を見るとしっかりと頷いて返してくれた。
尚はそんなキョーコに、舌打ちを打つと部屋に戻るためエレベーターホールに向かった。
しかし、蓮は今の状況を飲み込めずキョーコを見つめたまま瞬きも出来なかった。
そんな蓮をキョーコは申し訳なさそう見上げた。
「・・・敦賀さん・・ずっと言えずにいて・・・ごめんなさい・・・・今日、言うつもりで・・・ううん、告白されたときにちゃんと言っていれば・・」
「いつ・・・・か・・ら?」
蓮の掠れた声に、キョーコは泣きそうな顔で答えた。
「・・・・この・・LME hotelにチーフ・コンシュルジュとして配属された時には・・決まっていました・・・・」
「そんなっ!?キョーコちゃん・・それならどうして!?」
呆けた状態の蓮に代わって、社がキョーコを責めた。
「・・・敦賀さんの告白を受けたのは・・弱いままの私を受け止めてくれるって言ってくれたから・・だから・・・私を信じてくれるって思ったから・・・」
キョーコは縋るように必死に蓮の手を握った。
その感覚に、蓮は意識をキョーコに戻した。
「最上さん・・・」
「・・・必ず戻ってきますから・・・だから・・・・・・信じていてください・・・待っててなんて・・・いえないけど・・・・・・・・私を・・・信じてください・・・」
ぎゅううっと握りしめてきたキョーコの手は、とても冷たくなって震えていた。
そして、俯いたキョーコの耳が真っ赤になっているのに蓮は気がついた。
『私は、何があっても敦賀さんの事を想っています・・・それだけは、信じてください・・ね?』
その瞬間、以前キョーコにそう言われていた事を思い出した。
「・・・・・うん、待ってるよ・・・・最上さんを信じて」
蓮の声が優しく降ってきて、キョーコは勢いよく顔を上げるとそこには溢れんばかりの愛情に満ちた笑顔が待っていた。
そんな蓮に、キョーコは嬉しそうにしながらも眉根をさげ涙をぽろぽろ落としながら謝った。
そんな二人を、周囲はただただ呆然と眺めていた。
「え?・・・いいのか?!蓮・・・」
社は、恐る恐るそう聞くとポフポフとキョーコの頭を撫でていた蓮が頷いた。
「ええ・・・俺を変えてくれたのは最上さんです・・・そして、今最上さんは過去の自分と戦おうとしている・・・俺は、最上さんが勝って俺の元に戻ってきてくれると信じて彼女を待ちます」
「ぃよくいった!!!さすが、我が甥っ子!」
大きな声が廊下に響き、全員が驚きでその声の主を振り返った。
そこには、先程まで壇上を占拠して盛大なスピーチを繰り広げていたローリィとクーの姿があった。
ポカンとしている面々の目の前に、ローリィは一枚の紙を掲げた。
「蓮・・・いや、クオン・ヒズリ・・・そんなお前に辞令だ」
「え?・・・」
「今後、このLME hotelならびに支社のトラベル企画はヒズリ・宝田両グループの傘下の元・・・新会社、LME・ラブミーコーポレーションの管轄としその社長に就任する事を命じる」
「「「「!!!??」」」」
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コメント
ラブミーコーポレーション って なにをする会社なんでしょうか?
ローリーとクーパパの会社だから、「愛」以外はないのでしょうが・・・。
キョコちゃん、京都に帰るって 馬鹿と一緒にでしょうか?
とっても危険な臭いがするんですが。
蓮様 せめて 京都まで送り届けてくださいませんか?
Posted by 美音 at 2013年8月14日 08:58
ひねり出したのがなぜかコレでした(笑)
もう、突っ込んで欲しい気持ち100%の会社ですww
そうです。奴と一緒に帰省です。
ですが、キョーコちゃんの意思ははっきりしているのでたぶん大丈夫!
蓮さんは新会社の社長になっちゃっててんやわんやですからね・・・・・
Posted by ユンまんま at 2013年8月16日 21:37