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お客様は神様です。 10 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「おはようございます!」


ニッコリと笑顔を溢すキョーコに、チェックアウトの手続きをする招待客たちは機嫌良く昨夜のパーティーの成功とこれからのホテルの繁栄を口にして去っていく。

それにキョーコは笑顔で頷いて返す。

その様子を奏江は、全て見透かした表情でため息をつきながらも仕事中の私語はしないでキョーコを放っておいた。


「最上チーフ、朝から張り切ってますね?」


しかし他のスタッフたちにそう耳打ちされると、今にも『アレが本当にそう見える!?』と叫びたいのを我慢しながら奏江はキョーコの横で作業を進めていった。


「・・・おはよう」


朝からでも耳に心地いいその低い声の主は、他の客をフロントから頭を下げて見送ったキョーコの前にルームキーであるカードを差し出した。

しばらくの間を置いて、キョーコがニッコリと笑顔を作ったまま顔を上げた。


「おはようございます。敦賀様、少々お待ち下さい」


鍵を受け取り、名目上のチェックアウト作業をこなす。


「ご利用ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」


ぺこりと頭を下げるキョーコに、蓮は小さなため息をついた。


「・・・明日、10時に打ち合わせに来ます・・・それじゃ・・・」


今のキョーコに何を言っても無駄だと、昨晩思い知った蓮はそういい残して旋毛しか見せないキョーコにもう一度ため息をついてようやくホテルを立ち去って行った。

ピン・・・と張り詰めた空気を奏江以外の者たちは気がつかなかった。


「・・・キョーコ、後で話しがあるから付き合って」


だが、奏江は我慢の限界とばかりに小声でまだ笑顔を貼り付けたまま事務作業をこなすキョーコにそう告げた。



***********



「君を・・好きになっているのかもしれない・・」


吐露された言葉はキョーコの頭上に降り注いだのだが、固まっているキョーコから返事が無いことに蓮は居た堪れなくなってきた。

あまりに曖昧に気持ちを口にしてしまったのだろうかとか、言葉にしたことで『かも』という部分が要らなくなってきていることに自分自身気が付いて動揺したりしていたのだ。

それでも言葉は拾って回収することなど出来ない。
撤回すればそれこそ、二度と口を聞いてもらえなくなってしまうかもしれない。

今、自身の気持ちに気がついた蓮はそれをなんとしても避けたいと願った。


「・・・あの・・・最上・・さん?」


不安と居た堪れなさで、蓮は伺うように俯くキョーコに視線を合わせるため屈んだ。
その途端、ニッコリと笑顔を作ったキョーコが笑顔を見せた。


「お気持ちありがとうございます。私も、敦賀さんのことをとても尊敬に値する方だと認識しております。お仕事も社会的地位も一流の方に嫌われていないことに安堵しております。これからも不手際など多いとは存じますが、ご指導ご鞭撻を賜れば幸いです。」


「・・・・え?」


ぺっこりと頭を下げて、口上を述べるように話すキョーコに蓮は面食らった。


「このようにお待ちいただくのは大変心苦しく思いますので、どうかもうなさらないで下さい。今日は本当に不躾の連続で不快な思いをさせ申し訳ございませんでした。ごゆっくりおやすみくださいませ。」


「最上さん、それが・・君の返事?」


頭を下げ、微動だにしないキョーコの態度に蓮は悲しみの感情が湧きあがってきた。
それでも、キョーコはしっかりと深く頭を下げた状態のまま動こうとしなかった。

明らかに今までと違うキョーコの行動に何か意味があるのか考えたが、蓮の頭の中に浮かぶのはたった一つしかなかった。

だらりと下がっていた拳をぎゅ・・っと力を込めると、蓮は小さなため息をついた。


「・・・そう・・・」


深く沈んだ声色に、思わず頭を上げたくなる衝動を押さえキョーコは蓮の足音がなくなるまで頭を下げ続けた。
深夜のロビーの真ん中で。



*************



「・・・・で、今朝もその態度を貫いたと・・」


奏江だけでなく、客室係の天宮 千織までキョーコの態度がおかしいと思っていたらしく日勤組みと交替した途端近くの喫茶店にキョーコは連れ込まれた。


「・・・・仕方ないのよ・・・これからもずっと仕事していく人だし・・・」


「それでもあの態度はあらかさまでしょう?」


「周りが何で気がつかないかわからないけど、酷いですよ?チーフ」


奏江と千織に口々にそう言われ、キョーコは肩を小さくさせた。


「・・・仕方・・ないの・・・私には誰かに想われる資格なんてないんだもの・・・・・」


瞳の奥底から諦めの色を滲ませ項垂れるキョーコの体が、どんどん小さくなって消えていってしまうように感じた二人はそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。




*************



「お・・おおぃ・・・蓮君?」


「・・・・・え?あ、何ですか?社さん」


ホテルからそのまま出勤した蓮の様子に、社員たちは遠巻きに見守っていた。

鬼のような形相しながら一気に仕事を片付けたかと思えば、はた・・・っと止まりそのまま10分以上固まったり酷く長いため息をついたり。
とにかく、今まで見たことも無い蓮の姿に昨夜のパーティで社長に酷いことを言われたのか?とか酷いことをやらされたのか?など憶測が憶測を呼んで結局収拾を付けるため社が様子を聞きにきたのだった。


「何って・・・なんか・・・あったのか?・・昨夜に・・」


恐る恐る聞く社の言葉に、蓮の体がびくりと揺れ見守っている面々が段々不安の表情が濃くなっていくほど蓮の動きは止まったままになってしまった。

ようやく動き出した蓮は、ニッコリと笑顔を作った。


「何もありませんよ?」


(((うそだっ・・・・)))


胡散臭すぎる笑顔に誰しもそう思ったが、口には出来ないまま昼休みの時間になってしまった。


勝手に悲惨な想像をされ、居た堪れない部屋を出て滅多に来ない食堂の隅でコーヒーを啜っている蓮の元にお弁当を抱えた百瀬がひょっこりと現われた。


「敦賀主任・・・ご一緒してもいいですか?」


「え?・・・ああ・・どうぞ?」


ありがとうございます。と、愛らしい笑顔を見せる百瀬に曖昧に笑って返した蓮はまたコーヒーを口に運んだ。


「主任、コーヒーばっかりじゃ体に悪いですよ?」


「・・・ああ・・・今日は少し食欲無くて・・・」


百瀬の言葉に、掻き消したいと思っていたキョーコの顔が脳裏に甦った。
お腹の音に真っ赤になって、蓮の小食に驚き注意しながらたくさんの食事を持ってきてくれた姿を今でもありありと思い出せその途端小さな痛みが胸に走った。


(・・・こんな風にふられて胸が痛むなんて・・・初めてだ・・・)


昨夜ようやく想いを自覚した直後にふられるなんて、今まで無かった体験のせいだと思っていたが蓮の想いにずっと頭を下げたままのキョーコの姿を思い出すと苦しくてたまらなくなった。


「・・・主任?」


「え?・・あ、ごめん何かな?」


「今日はずっと上の空ですよ?主任らしくないです」


「・・・・・・・・・・」


部下にまで見透かされるなんて上司失格だな。と蓮が心の中で苦笑いをしていると、百瀬はランチバックをゴソゴソと漁った。


「あのっ」


誤魔化すようにコーヒーにまた口をつける蓮の目の前に、百瀬はチケットを二枚両手で差し出した。


「?」


「これ、一緒に行ってくれませんか?」


そこには、つい最近LME hotel近くに出来たアミューズメントパークの一日フリーパスの文字が書かれていた。




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コメント

キョコちゃん以外興味をそそられていないはずの敦賀主任。ホテル近くのアミューズメントパークでキョコちゃんと鉢合わせて誤解をまねかなきゃ良いですね。その現場にモー子さんやちおりんが居合わせたら、キョコちゃんに近づかせなくされるかも。
やばいよねぇ。

やばいですよね~
逆に、百瀬ちゃんは傷心に付け込めるのか?
ですかねw

キョーコちゃんもこのことを知ったら・・・