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お客様は神様です。 9 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「やだな・・・」

まるで意識し過ぎて逃げているみたいだと思われているのでは?とキョーコは小さくため息をついて赤くなる耳をぎゅっと握った。

パーティー会場で正装した蓮の姿は、見とれる程華やかでそれと同時に先程の妖しく魅惑的な姿を思い出し体が勝手にぴんと力が入ってうまく動けなくなってしまった。

そのため、つい逃げ出していた。
プロ失格だと思っても、騒がしいパーティーとは裏腹に静かに絡み付く視線と向き合うことなど今のキョーコにはできなかった。

そのパーティーも特に何事もなく、華やかなまま終わり後片付けも済んだキョーコは事務室に戻って一息をついていた。


「あ、まだこんなところにいたの?」


制服の上から、私服のコートを着た奏江が勢いよく事務室に入ってきてキョーコの姿を見つけると呆れ顔になった。


「モー子さん・・あ、そうか・・・休憩時間・・」


奏江の姿と時計を見比べてキョーコは力なく立ち上がった。


「・・・今日は少し長めに行ってきていいわよ・・仮眠でもしてきなさい」


突然言われた言葉に、キョーコは目を丸くした。


「え?いいよ・・・」


「こっちが良くないの!明日お客様をお見送りする時、そんな疲れた顔して見送るの?」


キッと見つめる奏江に、キョーコはぐっと押し黙るしかなかった。
先程も、プロ失格だと反省したばかりだったからだ。


「・・・わかった・・・ごめんね?モー子さん・・」


「だから、そのあだ名はやめて」


まるで合言葉のようにそう会話を終えると、キョーコは力なく休憩に向かった。
その姿を隠すように閉まった扉に、奏江は小さなため息を漏らした。


「・・・謝るのはこっちよ・・・ごめん・・」


その言葉はキョーコの耳に届くことは無かったのだが、なんとなく奏江が謝っているような気がしてキョーコは苦笑してしまった。

ロビーを抜けたところに、先程の正装を着替えてラフな恰好の蓮が壁に体をもたれかけさせ人待ち顔でライトアップされた中庭を眺めている姿を発見したからだ。

普段は休憩室へ向かうには従業員用の裏階段を使うのだが、深夜勤務の時はフロアーチェックを兼ねてサロンへコーヒーをもらいにキョーコがここを通るのを奏江から聞いて待っていたのだろう。

立ち止まって蓮の様子を見ているキョーコに気がついたのか、蓮が不意に顔を向けた。

その仕草もいつもと変わらないはずなのに、薄暗いロビーに差し込んでくる中庭の暖かなライトのせいなのかキョーコの鼓動を止めるほどに艶めいていた。

きっと、仕事で会わなければ近づくこともない人種だとキョーコは頭の中でごちた。

それでも知り合って、会話を交わし小さなすれ違いをしてその誤解を解こうと彼は待っていた。
そして、キョーコの姿を見つけほっとしたのか端正な顔に安堵の色が浮かぶ。

きっと普段は誰にも見せないであろう柔らかな笑みが嬉しいと、心臓が勝手に高鳴るのをキョーコは顔を強張らせ抑えるのに必死だった。


「あ・・・ごめん・・・その・・・琴南さんに・・教えてもらって・・・」


その強ばった表情のキョーコに、蓮は勘違いして先程のように逃げないのを願いながら距離を保って言葉を選んでいた。


「その・・・さっきは・・・ごめん・・・・君のことを誤解していたんじゃなくて・・・俺が・・」


「すみません、私こそ・・少し・・・怖かったから・・」


一歩近寄ってきた蓮に、キョーコはじりっと一歩下がって蓮の言葉を切るように返しながら顔を背けた。

これ以上、彼に近づいてはいけないと本能的に悟っているかのように。


「っ!・・・本当にごめん!・・・君があんなものの言い方をする奴に連れて行かれると思ったら、頭の中が真っ白になって・・・」


髪をクシャリと掻き乱し頭を下げながら必死に謝る蓮の言葉に、キョーコは息を止めて目を見開いた。


「あんな手荒なことするつもり無かったんだ・・ただ、君に行って欲しくなくて・・」


愁緒に謝る蓮の姿を、キョーコはそろりと顔を向け見つめた。
髪は乱れ、耳が微かに赤く染まるその姿に心臓が勝手に踊りだす。
抑えるように、押し殺すように握り締めた拳を胸に突きつけても耳の奥にまで鼓動を送り込んでくる。


「・・・・・・・どう・・して?」


喉がカラカラに渇いて、上手く喋れない中キョーコは小さな言葉を蓮に投げかけた。
すると、蓮はパッと顔をキョーコに向けた。

その途端、目が合いキョーコはもう顔を背ける事も出来ず気持ちを伝えてくる蓮を瞬きもせず見つめ続けた。


「上手く・・・いえないけど・・・・君を他の男に渡したくないのかも知れない・・・・俺が」


真っ直ぐ見つめて絡み付けてくる瞳の威力は凄まじく、呼吸もできないでいるキョーコに蓮は意を決したように口を開いた。


「最上さんが他の男のところに、例え仕事でも行くのが嫌だと思ってしまった・・・」


蓮はゆっくりとキョーコに近づいた。


「もしかしたら・・俺は・・・」


口を動かし、言葉を紡ぐ蓮の姿を視界に納めているのにキョーコの耳に言葉たちが上手く入ってこない。
それは、頭の中でキョーコが叫んでいるせいなのかもしれない。


(ダメ!!ダメダメダメっ聞いちゃダメ!!キョーコっ!!)


それでも、耳を塞ぐことは出来ず物理的に真正面にいる人物から直接的伝えられている言葉はどうしても耳に届いてしまう。


「君を・・好きになっているのかもしれない・・」





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