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ずっと傍にあったもの 5 (Tempo2.0・sunny)

「好きだったんでしょうね……か。じゃあ、今はもう好きじゃないの?」

キョーコの言葉は何故か過去形だった。
目の前に居る彼女の振る舞いを見ていれば、嫌われていないという事は分かる。
しかし、愛されているという思うのは願望であって、それを彼女の心だと決め付けるほど愚かではない。

――俺自身の気持ちは決して色褪せる事がなかったというのに、もしかしたら君は違うのだろうか?

離れてしまった時間と距離は、久遠のキョーコに対する感情の輪郭を濃く鮮やかなものにしていた。
想いは薄れるどころか募る一方で……。
その彼女が、自分の記憶の中では無く現実のものとして目の前にいるのだ。
なのに、手に入らない過去のものだとしたら?

久遠の目に宿るのは、愛おしいという感情と若干の不安。
それに気付いたキョーコは、

「違いますよ」

柔らかく微笑み、やさしく久遠の頬に触れる。

「敦賀蓮はもう居ませんから、敦賀さんに対するそれは過去の感情です。今のあなたは久遠さんでしょ?だから……」
「だから……?ねえ、君は久遠である今の俺の事も好き?」

その問いにコクリと小さく頷く。
久遠はキョーコを引き寄せる。決して離したくはないという様に…。
その腕の中で目を閉じ、キョーコは居心地の良さを心の底から感じる。
体温と香りに、そして、以前と変わらない自分を抱きしめる腕の感触に……。

「だって、中身はずっとあなた自身のままですから……」
「俺は……ただ君に会って、こうして腕の中に閉じ込めたいと思っていた」
「自分からは迎えに来なかったくせに?」
「時間をくれと言ったのは君の方だろ?」
「そうでしたね」

キョーコは愛おしいその背中に腕を回し力を込める。
抱きしめられるだけでは足りない、可能な限りもっと近くに。
離れたくないという気持ちがそうさせる。
そして顔をそっとあげると、やさしく声がふってきた。

「キョーコ……」

自分の名前はこんなにも甘い響きを持っていたのだろうか?
きっとこの人が自分を呼ぶからだろう。
過去の悪あがきをしていた自分を振り返り、キョーコは少し可笑しくなる。
あの頃の自分はとても子供だったのだ。
怖がって意地をはって……、今なら自身の感情も目の前の男も受け入れる事ができるだろう。

「もう、大丈夫ですよ」
「うん」
「でも、多少の混乱は許してください。敦賀さんとの時間の方が長かったのですもの。久遠さんに慣れるまで少し待ってください」
「……俺はまた待つの?」

待ってという言葉に、やや情けない感じで答えた久遠。

――こんなに大きいのに子犬みたい

そういえば、以前からそんな風に思うことがあったっけ?
と、くすくすと面白そうにキョーコは笑う。
こんなに大きな身体で可愛いだなんて、少しずるいと思いながら。

「大丈夫ですよ。今度はそんなにお待たせしません。私もしばらくこっちに滞在しますからすぐに慣れますよ。……その……だって………ここに一緒に泊まるんでしょ?」
「キョーコ…」

最後の方から滲み出る恥じらいの言葉に、感情が込み上げる。
そこにある意味合いは、決して何も知らない少女のものでは無い。
ちゃんと分かった上で、触れることを許してくれている言葉。
久遠は思う。
これ以上彼女を知れば、日本へ返すことなんてきっと出来ない。
もしかしたら、もうそれでも良いのかもしれない。
この温かくて愛おしい存在があれば、彼女も自分を望んでくれるのなら本当は……

「……名前なんてどんな風に呼んでくれたって構わないんだ」
「はい」

静かに頷くキョーコに続けていう言葉。

「敦賀蓮でも久遠でも……」
「はい」

「それから……コーンでも」

「へ?」

その言葉を聴いた瞬間、キョーコがフリーズする。
目はこれでもかというほど大きく見開き、口もポカンと開いて…。
何故なら、あきらかに処理能力を超えた言葉をたった今聞いてしまったのだから。
腕の中のキョーコの変化に気付く久遠。
さっきまでの甘いムードは綺麗さっぱり消え去っている。
驚きのその表情に『しまった!』と思っても時すでに遅し。

「キョ、キョーコ?」

呼びかけで再起動。
全てがつながる回路。
続いてくる衝撃波。

「はあ~~~~~っ?????????」

部屋中に響き渡るその声。
キョーコにとって久遠の言葉は爆弾だった。





幼い頃に離れ離れになった二人が奇跡の再会。
よくある物語なら、それだけでハッピーエンドを予感させるものだ。
しかし、久遠。
この現実はどうだ?
目の前の愛しい娘は、綺麗かつ愛らしいその面差しを歪めて鬼の形相だ。
おかしいな?ここは手に手を取り合って感動を分かち合うシーンだろ?
大体そんな表情をさせたら、キョーコの魅力が台無しだ。
まったく、この出来の悪い脚本家はだれだ?

いくら現実逃避をしようとしても、現状は一向に良くなるわけも無く
黙ったままのキョーコに、久遠がなんとか声をかけてみる。

「えっと…キョーコ?」

返事はない。

「キョーコさん?」

チラッとこちらに視線だけ。

――そうか。呼び方が気に入らないのか?

「最上さん?」

それに今度は眉間に皺をよせる。

――違うのか?だったら

「キ…キョーコ様?」

その呼びかけに、キョーコはウンザリとした顔をする。
久遠自身はどうしたら良いのか分からず、一応視線はキョーコと合わせたままだ。
何と言うか…それは蛇に睨まれた蛙のごとく、その場から身動きが取れないと言ったら良いのか?

「名前の呼び方は、どうでも良いって言ったのはあなたじゃないですか?」
「いや…うん。確かにそうだったよね…」
「コーンですって?」
「あ…うん」
「なんで、今頃なんですか!?」

キョーコは心底呆れた声で聞く。
もっともな質問である。
再会してもう何年も経っているのだ。
幾らなんでもそれを告げるのは遅すぎる。
さすがに、どんな言い訳も通用しないだろう。

――いやな、汗が出てくる

「タ…」
「タ?」
「タイミングを逃して……」
「はあ?」

どんなに呆れられようとも、これが真実。
最初は事情が色々あり、本当の事を告げることが出来なかったから。
その後、告げようとは思ったのだが……
いざ言おうとすると意外とそのタイミングがつかめず、
ずるずると月日は流れて、結局日本での最終は……。

――思い出そうとすると、小さな古傷が疼く

部屋に気まずい空気が流れる。
居た堪れない久遠は、どうしたらこの目の前の不機嫌な女神の許しを得ることが出来るか考える。
が、当然といえば当然なのだがいい案も浮かばず、時間ばかりが経過する。
そこに救いとも思える来客を知らせる合図が聞こえた。
キョーコはさっさとドアに向かい、相手を確認して開ける。

「あ、キョーコちゃん?明日の予定だけど……ん?久遠!?」
「社さん、お久しぶりです」
「お前なんでここに……て、あ!そうか…社長の仕業か?」
「…まあ、そんなところです」

ほっとした笑顔を見せあからさまに第三者の登場を喜ぶ久遠に、キョーコのイラつきはピークに達する。
そして、口元に綺麗な弧を描いたかと思うと、ニッコリと極上の笑顔で言葉を出した。

「どうも、ありがとうございます。倖一さん」
「え???倖一さんって、き、キョーコちゃん?」
「あ、明日の予定はこれですか?分かりました。あ!ヘタ…じゃなかった、久遠さんそろそろお帰りになるんですよね?」
「え!?キョーコ?(ヘタ…って?)」
「そうだわ。さっきの質問ですけどね…」
「え?」

キョーコの腕は、するりと目の前の優秀なマネージャーのスーツを着た腕に絡む。
そして、それはそれは綺麗な微笑(嘘くさい)を浮かべて、久遠に向かってこう言ったのだ。

「私の今『好きな人』は倖一さんです」
「「は????」」
「では、お二人ともまた明日」

ニコニコとした表情のまま、ぐいぐいと力一杯強引に男二人をドアの向こうへ押し出す。
そして、二人が何か言うのを無視して、

がちゃっ!

オートロックの音がむなしく響く。

静かな廊下には男二人。
その沈黙を破る地を這うような声。

「……部屋はどちらですか?」

その声の主と視線を合わすことなく、スーツの男は青ざめた顔であっちと指で方向を示す。

「じゃあ、あっちで詳しい話は聞かせてもらいましょうか……倖一さん?」

『倖一さん』の部分がやけに強調されたのが気になる。
先ほどのキョーコの話はもちろん全くもって誤解なのだが、とりあえず逃げる事も許してもらえそうに無いので、社は重い足取りで自分の部屋に戻るのであった。


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(2012/3/22、3/27『Tempo2.0』Blogに掲載・2013/4/18 加筆修正)

書いた当時、ゆるくて最悪のコーンばれを考えてみた私です。

コメント

続きプリーズですぅ!。・゚゚ ‘゚(*/□\*) ‘゚゚゚・。

(この大人キョコさん好きですw)

ありがとうございます^^
やっと続き書きましたよ♪