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Operetta 6 (Tempo2.0・sunny)

ホテルに帰ったキョーコはフロントでルームナンバーを告げる。
帰って来たといっても場所はホテルなので、出迎えてくれる人のにこやかな態度はあくまでお客様に対してのものだ。
キョーコは育ちのせいもあり、このお客様を迎えるという事をよく知っている。
それを基準にしても満足のいくものだった。

……が、今のキョーコには寂しいと感じる。

理由はわかっている。彼がいないからだ。

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自分の部屋に戻り、キョーコはベッドにどさりと重力に任せて倒れこむ。
本日の撮影は暗くなるまで続き、帰りに見かけたルーブルのピラミッドは朝とは違う表情をしていた。
慌しい一日だった。肉体的にも精神的にも。
蓮が仕事があると途中でいなくなった後、撮影クルーで向かったチュイルリー公園のパリコレ特設会場。
普段見ることの無いファッション業界の裏側はとても刺激的で、キョーコは精一杯いい仕事をしたし楽しんだ。
しかし、実際は心に穴のようなものがあり、仕事中はそれに出来るだけ気づかないようにしていただけ。
まだ小さな穴だったから、見ないふりも可能だった。

頭を動かし、ちらりと横を見る。
誰も寝る予定の無いベッドが視界に入り、一人である事をじんわりと感じた。
いつかの様に、彼がそこに寝ていればいいのにと思ってしまう。
昨日初めてこの部屋に入った時と同じように蓮の事を考えているというのに、少し違うのは自分の中の何かがたった一日で変化してしまったのだろうか?

今は触れられていないというのに、あの手の感触がよみがえる。
声も聞こえないはずなのに、耳元で囁かれる様に再生される。
目を瞑ると見つめられた眼差しを思い出す。

そこまで考えて、頭を横に数回ふるふると動かし振り払おうとする。
そして、せめて仕事について頭に入れておこうとスケジュール帳を開いた。
明日行く場所はオペラ座。
オペラ座はバスティーユにもあるが、自分たちが行く場所はガルニエ宮の方だ。
とても煌びやかな建物という事で、キョーコは行くのを楽しみにしている。
煌びやかといえば、今日行ったルーブルもかなりのものだったのだが……

――そういえば、今日観たあの絵は敦賀さんに似ていた気がする

キョーコが思い浮かべたのは、世界一有名なあの肖像画。
あの微笑みはどんな人も魅了するという。
その反面、視線が合い魅力に捕らわれる事の少しの怖さ。
魅了するくせに近づく事は出来ずに、距離をおいた場所でしか見る事は許されない。

――ああ、どちらかというと芸能人としての『敦賀蓮』に似てるのね

そこまで考えて、キョーコはクスリと一人笑う。

「やっかいだわ……」

自分はきっと今のように、ほんの少しの共通点でも見逃さず蓮に関連付けてしまうのだ。

「本当にやっかい……」

切ない気持ちと共に、キョーコは搾り出す様に言う。
これからはもっとそうなる。予感ではなく確信。
ガルニエ宮に行く理由は、アールマンディのショーが行われる会場だからだ。
明日は本番ではなく準備中の映像を撮影しに行くのだが、蓮の存在を色濃く感じる場所に近づくという事は、それだけ蓮で頭がいっぱいなるという事。

しかし、やっかいな事に、この切なさはキョーコにとって嫌な種類のものでは無いのだ。
蓮は「最上さん、また明日」と自分に言った。それならば早く明日になればいい。
疲れを癒すべく湯船につかり、もう一度このベッドに身体を横たえれば明日は確実にやってくる。
そして、きっと今日は蓮の夢を見るのだ。

初めて見るどんなに素敵な刺激的なものたちよりも、自分を魅了してやまなかった人……。

「おやすみなさい。敦賀さん……」





「おはよう、最上さん」
「……おはようございます、敦賀さん」

ブレックファーストルームにキョーコが足を運んだとき、昨日よりも早く彼はすでにそこにいた。
椅子に座り、長い脚を余裕をもって組んだ蓮は、朝から優雅にシャンパンを飲んでいる。

――敦賀蓮が優雅にパリのホテルでシャンパン!似合うけど!そりゃあ似合うけど!

「あ、」
「あ?」
「朝は普通コーヒーでは無いのですか!?」
「あ、君が突っ込むところはそこなんだ?」
「もしくは紅茶では!?」
「……いや、君の混乱はわかったから落ち着いて」

くすくすと笑いながらどこか余裕で答える蓮を、キョーコは寝起きの頭でフル回転して見ている。
目をあんまり丸くしているものだから、蓮は質問される前に勝手に答えることにした。

「うん。こちらのホテルで、朝食だけとれるようにお願いしたんだよ」
「シャンパンが朝食……」

このキーワードでキョーコの脳のスイッチが完全にONとなった。

「敦賀さん?世の中の人は『シャンパン』オンリーを朝食とは言わないのですよ?」
「あ、いや、分かってる。分かってるけど、とりあえず君を待っている間と思って……」
「言い訳無用です!」

次の瞬間、キョーコは白い皿を手に取り、ものすごいスピードでテキパキと選んでいった。
蓮があっけにとられている間に、それは自分の前にさっと置かれる。

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「せめてこれぐらいは食べてくださいね?」

そう言ったキョーコの表情には、一仕事やり遂げたぐらいの満足感が浮かんでおり、蓮はそれに嬉しくなる。

「分かったよ。じゃあ、君の分も早く取っておいで?一緒に食べよう」

蓮にとっての『食』は、彼女に関わる物かそうで無いかの二択。
食材自体に好き嫌いはほとんど無いのだが、彼女が作ったもの選んだものなら全部好きだと言える。
今ならあの殺人的な不味さを誇る『スタミナジュース』さえも、きっと美味しく頂けるに違いない。
愛の力とは、かくも偉大なものである。
まったく血は争えないものだと、チラリと頭に父の姿が浮かんで一人笑っていると、

「何がおかしいのですか?」

戻ってきたキョーコが、小首を傾げて不思議そうに蓮にたずねる。
蓮は「ああ……ちょっと、昔の事を思い出して」というと、今度はキョーコがニヤリとする。

「ご存知ですか?敦賀さん」
「なにを?」
「思い出し笑いする方はムッツリさんだそうですよ?」
「ムッツリだなんて、朝から破廉恥な事を君は言うね」
「な!?言ってませんよ?一般論なんです!敦賀さんこそ、何を想像してるのですか!?」
「ん?俺が考えてるのは、昔からいつも君のことだよ?」

そう答える蓮の表情は穏やかで爽やかでにこやかで、大変朝に相応しい。
しかし、キョーコは今の会話について考える。そして理解した。

――そ、それって!!!!

つまり『ムッツリ』で『破廉恥』で『君(キョーコ)』に関係ある事を、以前からずっと考えていたと言われたのだ。
ボンっ!と音をたてて赤くなったキョーコに蓮は言う。

「大丈夫。大丈夫。今はそれ以上考えなくてもいいから」
「な、何が大丈夫なんですか!?」
「う~ん、少なくともパリにいる間は大丈夫かなあ?いや、君の答えを聞くまで?」
「疑問系!?」
「これでもすっごく我慢してるからね。頭の中で考えてるだけで実行はしないつもりだし……うん。確かに俺は、君が言うようにムッツリかもしれないね」
「……敦賀さん、もしかして酔ってますか?」
「まさか!?俺がこれしきで酔うとでも?」

当然そんな事をキョーコが思うはずも無く、確認はむなしくはるか彼方へ。
朝から性的な対象でいつも見ていますと言われたも同然な自分は、全くもってどうしたらいいのかと困惑するのも当然。
しかし、ひとつ明確になったことがあった。
それは、

「敦賀さん……」
「なに?」
「私、間違っておりました」
「何を?」
「敦賀さんはムッツリさんじゃなくて、ハッキリさんだったみたいです」

その部分をなぜか真顔で言うキョーコが可笑しくて、蓮は表情を崩すのを抑えきれない様子で笑いながら言った。

「えっと、俺はいま褒められたのかな?」
「これっぽっちも褒めてないですから!!」


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朝食の写真がキョーコちゃんチョイスのわりには重いんじゃないか?という部分は本当に申し訳ない。(だって、私が食べた分なんだもんw)
ちなみに飲み物は本当にシャンパンです。(朝食コーナーになぜか置いてあったのです。当然飲んだw)