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ずっと傍にあったもの 8 (Tempo2.0・sunny)

撮影はすすむ――。



毎日忙しく時間は過ぎ行き、ベッドに横たわる久遠は手を天井に向かって伸ばして、指を折りながら残りの日数を数える。
キョーコの役どころは重要なものではあるが、撮影期間としては決して長いものではなく、したがって当然の事ながらアメリカ滞在の終わりは近い。
そんな事を考えている久遠を察したのか、キョーコが様子を伺うかの様に近づくと、長い腕で彼女を捕らえ、そのままぐっと引き寄せた。
簡単に自分の上に落ちてくる、柔らかなキョーコ。
そのまま組み伏せる体制に持っていき、自然な流れで唇を合わせる。

「ねえ?」
「はい」
「どうしても教えてはくれないの?」

久遠の質問は先日のクーとの件。
あれから1週間以上経つが、何度聞いてもキョーコは相変わらず「まだ、内緒です」とクスクス笑うばかりだ。
そう答えるたびに、見た目が極上の男がヘソを曲げて不貞腐れる仕草は、子供じみていて可愛らしくも面白い。
それを見たいのが少し、残りはキョーコ側の都合だ。
内緒は「まだ」であり、いつかは教えてくれるのかもしれない。

「……だったら、身体に聞こうかな?」

指で胸元をつーっとなぞり、トロリとした色香をのせた視線を送る。
ああ、可愛らしいだなんてとんでもない。
目の前にいるのはたちの悪い大人だ。
しかし、キョーコと久遠はそれなりの日にちを一緒の部屋で過ごしているが、未だに衣服の隔たりを持ったまま抱き合い、それで終わる。
だから先ほどの言葉は、あくまで言葉遊びの様なものだった。
久遠の手は体中を這い回り、時には快楽の欠片を与えてくるけれど、実際にはキョーコの存在を確認する作業で、その向こうには色んな不安が見え隠れする。


―― 不安に思うくらいなら、一思いに抱いてしまえば良いのに


久遠の不安を取り除く手段なら、キョーコはいくつか持っている。
この身体を差し出すのもいい。手っ取り早いかもしれない。
でも、きっとそれでは、目の前の男を心の底から満たしてやる事は出来ない。

何年か前のあの時もそうだった。
強引な手段を取ってこちらに連れて来ても良かったのに、変に優しいこの男はキョーコを完全に奪うことを恐れている。
ただ、目の前にいるのはあの頃の少女ではなく、自分の足でしっかり立つ事が出来る女という事実も失念しているのだろうか?


――それならば


トゥルルルル………

その時、突然ホテルの内線が鳴った。
キョーコは電話に手を伸ばし、Helloと言って電話に出る。
そして、用件を聞いた後に「ちょっと、フロントに行ってきます」と言った。
久遠は一緒に行くと言ってきかなかったのだが、額に口づけを落とされ、至近距離で「いい子で待っていてくださいね?」と極上の笑顔付で言われたら一溜まりもない。
渋々ながらコクリと頷くと、キョーコは足取りも軽やかに部屋を出ていってしまった。


フロントに着いたキョーコが部屋番号と名前を告げると、そこでA4サイズの封筒を受け取る。
キョーコはお礼を言ってその場を立ち去ると、すぐには部屋に戻らず、ロビーのソファに座り封筒の中に入っていた印刷物に目を通した。
それから、封筒の中から紙とは別の小さくて金属質のものをそっと取り出すと、それをまるで宝物かのように大切に扱いながら、もう片方の手でスマートフォンから連絡を入れる。

「もしもし、社長。最上です。どうもありがとうございました」

手にしたのは彼女の切り札――。



電話を終えたキョーコは、やや急ぎ気味で部屋に戻る。
すると、久遠はすぐに傍にやってきてスルリと長い腕で抱きしめ、甘い拘束を解かないまま、耳元で「ねえ?何の用事だったの?」と囁く。
何度味わってもこの腕の中は居心地が良く、尚且つ良い匂いがするものだから、酔わされてぼーっとした事は数知れず。
だから、抗えないという意味で、この攻撃は非常にたちが悪い。

しかし、

――ここからが勝負!勝負なのよ、キョーコ!

体を捩り、そこからなんとか抜け出すと、先ほど受け取った小さな金属を久遠の前にぐいっと突きつけた。

「これを見てください!」

目の前に出されたもの。それは、

「えっと……最上さん、これは?」
「鍵です」
「それは見たら分かるけど……」

鍵の大きさや形状から言って、住居用の鍵であろう。
不思議そうな顔で小さなそれを見る久遠に対して、キョーコは背筋をピンと伸ばて深呼吸をすると、はっきりとした口調でこう言った。


「私、最上キョーコは、こちらに住むことになりました!!」


それを聞いた久遠の目が、これ以上は無理というほど見開かれる。
瞬きも忘れているかの様な驚きっぷりに、キョーコはとりあえず満足げな表情を浮かべ、さらに言葉を続けた。

「こちらに来る時に少し考えていた事なんです。事務所には伝えていたので、いきなりじゃありません。この度完全に決意が固まった事を連絡して、荷物もすでに必要な分だけ日本からこちらの住まいに運んでもらってます」
「え!?もう、住む所も決まってるの!?」
「はい!ちなみにこれが住まいの間取りです」

差し出されたのは、封筒に入っていた印刷物。
久遠はしばらく見た後、そこから視線を外さずに問う。

「これ、一人にしては結構広いよね?」
「そうですね。二人で住みますから」
「……女?それとも男?」
「男の方です」

キョーコの即答に、頭の隅っこが少し冷え、手には妙な汗をかく。
相手次第ではとても許せそうに無い。
いや、誰が相手でも無理であろう。
喉が渇く感触を感じながら、引き続き問う。

「誰?」

少し怖い顔で言ったかもしれない。
しかし、キョーコは少しも動じる事もなく、それどころか呆れた風な口調で答えた。

「鏡でもごらんになったら宜しいのです」
「え?」
「私は自分でいうのも何ですが、馬鹿がつくほど一途な女です。あなた以外に一緒に住みたい男なんていません」
「え!?俺!?」
「そうですよ」

そう言われても、久遠は狐につままれたかの様な表情をするしかない。
その言葉通りなら、当事者である自分が知らないというのはどう考えてもおかしいじゃないか?
知らないどころか、キョーコがこっちに住むという話も初耳だったのだから。

「すでにご両親の許可は頂いております。一日オフがあった時にご挨拶に伺いました。あなたの荷物も最低限の量ですが、とりあえずご実家から移してもらってます」
「えっと?」
「後はご本人の返事を聞くだけです」

そう言ったキョーコは、強い決意の元に話しているせいか、今までみたどの表情よりも凛として綺麗だった。
しかし、それにしても……
キリキリと軋む固まってしまった脳みそを動かし、なんとか久遠は言葉を出す。

「あの……普通順番が逆では?」
「……」
「最上さん?」
「なんで、そんなに冷静な反応なんですか!?」
「え!?」

「だって!」


がばっ!!!!

キョーコはフルフルと表情を崩したかと思うと、いきなりベッドにダイブする勢いで突っ伏して、声を大にする。

「たまには私だって、あなたの事を振り回してみたかったんですもの!」

「へ!?」
「だって悔しいじゃないですか。私ばかり振り回されて、こっちに乗り込んで驚かせてやろうと思っていたのに、ホテルは一緒の部屋にされちゃうし、コーンだっていわれちゃうし!今だって私、凄くがんばったのになんだか反応が薄いし!」
「い、いや!?もの凄く驚いてるよ!?」
「そんな事ありません!」

キョーコは顔を真っ赤にして文句をぶつけるのだが、実際に久遠は展開についていけないほど驚いている。
そして、目の前で嘆く姿を見ながら、先ほどからの話を順番に整理する。
そうだ、キョーコは最初なんと言っただろうか?

「も……がみ……さん?」
「……はい」
「君……さっき、こっちに住むって言った?」

キョーコはガバッ!と起き上がり、久遠を信じられないものを見たかの様な表情で凝視する。

「ま、まだその段階なんですか!?私が言ったこと聞いてましたよね!?」
「……本当に?」
「こんな事、嘘なんて言いませ  

言葉はそこで途切れた。
何故なら、キョーコは久遠から歓喜の抱擁を受けたから。
頭の上で声が聞こえる。

「……信じられない」

久遠は体中の血液がドクドクと巡る事を感じる。
喜びの感情がそれと一緒にどっと押し寄せてきて、全身に行き渡る。
押し付けられた胸からその早い鼓動を聞き、キョーコはそっと顔を上げて久遠を見る。

「本当ですよ?」
「うん」
「でも、少しだけ嘘です。一番の理由は、驚かせたかったからじゃなくて……」
「うん」
「あなたと離れるのは嫌だったから。あなたの気持ちだけが傍にあっても、それだけじゃもう足りないから。だから……」

心臓が痛いほどにドキドキしている。
しかも、この腕の中の愛おしい存在はなんと言っただろうか?
キョーコの気持ちが嬉しくて、この気持ちをどうやって伝えたら良いのだろうか?

「離れるのが嫌なのは俺のほうだよ。ねえ、何でも、何でも言って?こんなに君から幸せを貰って、俺は君に何をして上げられるの?」

「……では、お願いしてもいいですか?」

腕の中でキョーコはニコリと笑う。

「じゃあ、私に遠慮しないでください。それから、ちゃんとキョーコと呼んでください。最上さんに戻しちゃ嫌です。それから……」
「うん」


「もう私を、二度と離さないと約束してください」


その言葉に対する返事と言わんばかりに、ぎゅっと腕の拘束を強める。


「キョーコ、愛してる。二度と離さない……」


あまりの強さに少し苦しいとキョーコは思ったが、同時に嬉しくて愛おしい感情に支配される。
そして、久遠の表情を伺うと、

「もしかして、泣いているんですか?」
「……うん。嬉しくて」

切れ長の目から溢れた水滴が睫を濡らす。
その様子を見て「あなたは泣いても綺麗なんですね」と言いながら、この涙は一生の宝物にしようとキョーコは思った。



「久遠、私もあなたを愛してます。これまでもこれからもずっと――」



心臓のある場所に誓いのキスを落とす。
これからの長い時間の為に――。


(Fin)

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なんとかゴールに辿り着く事ができました。(なんと連載始めてから1年4ヶ月!)
皆様、最後まで読んで頂きどうもありがとうございました^^