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お客様は神様です。 18 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

静かな部屋だった。

デジタル時計のせいで秒針の音さえしない。

外の激しい雨は、丈夫に作られたペアガラスで全く感じられない。

備え付けてあるテレビは点いていない。

相手がいるのに、会話もない。

・・・・ないのではなく、出来ないが正しいのだろうが今のキョーコはそれを気にしていることなど出来なかった。

冗談で終わったはずのキスを、なぜか蓮からされているからだ。


キョーコは真っ白になっている脳内を何とか起動させて、これまでのことを思い返した。

転がったボールペンを拾おうとしゃがんだら、蓮もしゃがんで先に拾われたのになぜか返してくれずそのまま怪訝な顔をしていたら端正な顔がどんどん近づいて来て・・・

薄めでいつもしっかりと結ばれている事が多い蓮の唇が意外に柔らかいなと考えていると、すっ・・と唇から温もりが離れようやくキョーコはキスしていたことに赤面し出した。

「あ・・のっ・・・!?」

唇が離れて慌てて現実に返ったたキョーコが、蓮の体を押しこの状況を説明してもらおうとしたのだが蓮は何かを呟いたかと思うと大きな掌でキョーコの背中と後頭部を抱え込んだ。

「んっ!?」

そしてそのまま、腕を突っぱねているキョーコごと力を込めて抱き締めると何度も唇を重ね始めた。

「んんっ・・んっは・・つっ・・んっ!」

キョーコは徐々にのしかかってくる蓮から逃れようとしていたのだが、がっちりと抱きしめられている上に唇から伝わってくる熱量に心臓が耐え切れなくなり体から力が抜け始めていった。

しばらくキョーコの唇を堪能した蓮がゆっくりと離れると、キョーコはぐらりと体を倒して蓮の胸元にぼふっと突っ伏した。

「あっ、ごめんっ!つい夢中になってしまって・・・」

蓮の声を聞きながらキョーコは、力がなかなか入らない体を無理やり動かして何とか蓮から離れた。

「・・・・待つって・・・言ったのに・・・」

ふら・・と体をよろつかせながら、床に座り込んだキョーコが真っ赤な顔で項垂れていると床に手を着いた蓮が小さくため息をつく音が聞こえた。

(・・・やっぱり・・こんなことだけで動揺する子供にキスしたこと・・ううん・告白したことすら後悔しているのかも・・・)

何も言わない蓮の顔が見れず、キョーコが項垂れたままでいると小さな声を蓮が発した。

先ほどと同じようにあまりにも小さすぎて、言葉が聞き取れなかったキョーコはそろっと顔を上げ蓮を伺った。

その瞬間、驚きで固まった。


「!?・・・つ・・るがさん?・・・・顔・・・」


真っ赤になった顔を片手で口元から隠している蓮に、キョーコは目を零れ落ちそうなほど見開いた。


「・・・・初めて・・・なんだ・・・・」


ボソ・・と聞こえた言葉は、先ほどキョーコが聴きなおそうとした内容だった。
その言葉を耳にしてもキョーコは、意味が理解できなかった。


「はじ・・めて?・・・・・え!?つ、敦賀さんも!?」


驚きのあまり大きな声を上げたキョーコに、蓮はバツが悪そうな顔をした。


「いや、君のように・・・するのが初めてというわけではないんだが・・・」


「あ・・・そう・・ですよね・・・」


自分が言ってしまった勘違いに、キョーコも顔を真っ赤にしたが蓮はその場にドカッと胡坐をかいた。


「こんな風に・・自分の感情をコントロールできないでいることも・・・何度口付けをしても足りないって思ったことなんて・・初めてだ・・・」


自分の感情に戸惑っているのか、蓮はせっかく整えた髪をクシャリと片手で握りつぶした。


「へ?・・・恋って・・そういうものなのでは・・・」


キョーコは少ない経験を元にそう口したが、それは蓮の立場をさらに追い詰めるようなものだった。


「だからっ・・・君以外にはこんな風に情けないくらい余裕が無い感情を持つことなんて無かったんだよ・・・告白した時だって、気持ちに気づいた時ですら・・・自分の中にこんな感情があることに戸惑ったぐらいなんだ・・・」


眉尻を見たこと無いほど垂れさせ、呆然としているキョーコを見上げる蓮からはいつもの余裕がありしっかりとした大人の男性という雰囲気は綺麗さっぱりなくなってしまっていた。


(・・どちらかというと・・・捨てられた子犬?)


こんな自分は嫌だろうか?という気持ちが聞こえてきそうなほど不安を全面にだした蓮が見上げてくる表情にキョーコは、きゅううっと心臓が熱く絞まってくる感覚に陥った。


(なっなんなの!?この人っ)


男性を感じさせる逞しい腕を先ほど直に感じ、大人であることを思い知らされる巧みな口付けをした相手が床に胡坐をかいて惨敗とばかりにキョーコを子犬のごとき表情で見上げてきていることに混乱を極めた頭がクラクラとしてきた。


「最上さん・・本気なんだ・・・俺は・・・君のことが好きだ・・・今までの恋愛が、ただの遊びだと気づけるほど君のことが好きになっているんだ」


目が回りそうな混乱を極めているキョーコに、蓮の言葉はまさに冷や水だった。

心臓が激しく波を打って、口が開きかけた・・その瞬間、耳に『声』が甦った。


『あの子は人に媚びて生きてんのよ』


甦った『声』は、キョーコの体から一気に熱を奪った。

先ほどまで熱くて目が回って忙しかった心臓や頭は、酷く冷たくなってキョーコから表情を奪った。


「・・・・?・・・最上さん?」


そんなキョーコの異変に気がついた蓮は、まだ赤みが残る顔を覗き込ませ項垂れているキョーコに声をかけた。


「!?最上さんっ」


そのキョーコの絶望的な顔に蓮は背筋を凍えさせ、慌てて細い肩を掴んだ。


「最上さんっ・・・ごめん・・・・」


待つと言ったに性急したせいで、キョーコが混乱を極めたのだろうと思った蓮が謝ると紫色になりかけたキョーコの唇がかすかに動いた。


「え?」


その唇に耳を寄せると、蓮の頬にポツリと暖かな雫が一つ降ってきた。


「・・・・わたし・・・資格・・・ない・・です・・・・敦賀さんに・・・想われる資格・・ないっ・・・」


無表情だった顔は、絶望の色を濃くして人形のように色を失った瞳からは大粒の涙が落ちた。
そんなキョーコをはじめて見た蓮は、呆然としたのだった。




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