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ひとりじめ-2- (妄想最終処分場(仮称)・霜月さうらさん)

日付変更を跨いだ深夜。
君は時計を気にしながら、『食べたかったから』とケーキを取り出した。一人で食べられそうな小さなホールケーキ。
ケーキならばカットケーキでもなんでもいいのだろうけど、小さいながらも『ホールのケーキ』に都合よくも何かしらの意図を期待してしまう。

この1週間は完全にカインとセツカとして撮影スタジオとこのホテルの往復で終わる。
暗黙のルールは絶対で、どちらともなく素に戻ることはなくなり英語で会話するのが当たり前の非日常空間。ここでは敦賀蓮も京子もいない。
それでも、ケーキを差し出したセツカの中に垣間見えたあの子の表情に期待してしまう自分がいる。
気遣い症の君のことだ、『誕生日をお祝いしたい』…都合よくそんな理由を思い込んで、そしたらこの子だけが祝ってくれる今日という日が思った以上に嬉しかった。
ここには俺とこの子の二人だけだ。外に出てもカインとセツカだから敦賀蓮としても京子としても誰にも干渉されない。束の間の箱庭は心地よく…でも欲が募った。
せっかく外界に閉ざされて二人だけの非日常。
浸りきってしまいたいけれど、関係を崩すのが怖くて動けない。
だったら、カインの仮面の下でほんのささやかな我儘を望んでも許されるのではないか?

*****

「ねぇ、セツカちゃん。バレンタインって知ってる?」
「…興味ない」
「興味ないって、知ってるの?日本だと2月14日に女の子がチョコレートを意中の人にあげるイベントなんだけど」
スタジオでの撮影中、兄さんの演技に魅入っていたら隣に来た村雨がなれなれしく話しかけてきた。
「興味ないわ。でも町中チョコレートが溢れかえってるから嫌でも目に入る」
何のアピールかしら?まさか催促?
今年はただでさえこの期間はずっとセツカとして過ごすのだ。お世話になった人には手元に届くようささやかなチョコレートは手配したが、当日に何かする準備はない。少なくともセツカにはそんなことをする理由がないのだ。
「……」
カットがかかり、私は村雨を無視してBJになったカインにタオルとミネラルウォーターを差し出した。
『何を話してた?』
『大したことじゃないわ。バレンタインを知ってるかだって。何のつもりかしら?』
『製菓会社のイベントだろう。お前には関係ない』
『わかってる。そもそも兄さん以外の男に何かくれてやる気なんてサラサラないわ』
『俺にはくれるのか?』
返ってきた意外な言葉に私は少し固まってしまった。きっと敦賀さんとしたらチョコレートはたくさんもらうだろうし、一部だけ食べるなんてしないだろう。でもカインは?
『兄さんチョコなんて食べるの?』
『嫌いではない。お前が俺に用意するなら別だ』
『意外。兄さん甘いものなんて好んで食べないのに…』
セツカとしておかしくない言い回しで、カインの…敦賀さんの心理を計ってみるが結局のところよくわからない。ただ、カインならセツカが選んだものであれば受け取りたいといっているのはわかった。
『いいわ。乗ってあげる。だって珍しくておいしそうなチョコレートがたくさん出回っているんだもの。兄さんにあげなくても自分用においしいチョコレート買おうと思ってたし』
くすりと笑って、カインを見上げてみる。
カインとして発した言葉でも、実際に食べるのはこの人なんだ。そう思ったらなんだかくすぐったくなった。
『アタシのチョコ…欲しい?』
『ああ』
『食べてくれるの?』
『…チョコ以外もな』

…チョコ以外?どういう意味?深くは考えなかったけれど、セツカが贈るものなら受け取りOKらしい。…というかむしろ催促?
どちらにしても、チョコレートを用意する理由ができて私は上機嫌だった。