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夏前線、恋華火  前編 (ROSE IN THE SKY・EMIRIさん)

抜けるような青空には、綿アメみたいなフワッフワな雲がところどころに浮かんでいる。

昨夜の時点で、今日の予報は終日の雨。
それをこうして鮮やかに裏切ってくれたのは、俺の運が天をも味方につけるくらいスペシャルに良いからだろう。

「このまま梅雨明けするかもしれないな」

幾筋もの風が訪れ、耳元のピアスを揺らしては通り過ぎていく。
チャリチャリと優しく響く音と夏草の乾いた匂いを存分に堪能しながら、手にしていたペットボトルの蓋をぐんと捩じり、飢えた喉に一気に流し込んだ。

「おはようございます、黒崎監督」

爽やかな甘味を身体に巡らせ、煌めく太陽に向けてぐんと伸びをした時。
丁寧にお辞儀をして現れたのは、あどけなさを残した一人の少女だった。

「わ!新しいキュララですか?ピンク基調のボトルなんですね」

濃いピンク地にオレンジのストライプ。‘トロピカルマンゴー味’の文字が印字されたボトルに視線を移した少女は、パッケージに散らされたハイビスカスの花のようにぱあっと笑んだ。

(そういえば、前に同じような色のツナギを着て現れたこともあったな)

ふいによみがえるのは、奇抜かつ奇天烈な映像の数々。

「なんですか?」
「…いや」

目に痛いほどのドピンクツナギに身を包んだ当時の姿を思い出すだけで、思わず笑いが込み上げてしまう。

「今回もよろしくな、最上さん……っと、‘京子’さん、か」
「なんか照れますね。芸名で呼んでいただくのって」
「あれから一年だもんな。早いな」
「今回お声掛けいただけて、本当に感謝しています」

さらりと嫌みなく繰り出される最敬礼。
このくらいの歳の娘の成長は著しいもので、些細なことにも影響を受けやすい。
ましてや彼女にとったら、呼吸することすらままならないほどに多忙な一年だったはず。
その中でこれだけ真っ新なままでいられたというのは、彼女自身の資質はもちろん、周りに恵まれてきた証だ。

「……あの、監督」
「うん?」
「その………」
(……へぇ)

紅く染まった耳の端。大きく開かれた瞳のきわが突如じわりと滲み出して。

「‘相手役’の方とは、その、別撮りになるんですよね…?」

どこかおびえるように、何かを必死に覆い隠そうとするように、視線が忙しなく地を這いまわる。

「……演じにくい?ああ、そういえば君、炭酸も苦手なんだよな」

以前は感じることのなかった、彼女の新しい一面。
見え隠れするその片鱗を決して逃がすことが無いよう、慎重に言葉を選びながら様子をうかがった。

「いいいいえ!そんな、とんでもないっ!演じてる時は世にも美味しそうに飲んでみせますのでっ!根性でっ!必ずやっ!」
「……ふぅん?」

ペコペコと頭を下げ、これ以上は聞いてくれるなとばかりに芝生を蹴り上げて去っていく後ろ姿。

「どっちかってっと、乳臭いイメージがあったんだけどな」

空のペットボトルから、南国フルーツの甘ったるい残り香が巻き上がる。

変わらない人間なんていやしない。
年月が彼女にもたらしたものは、どうやら今回の撮影には最高のエッセンスになるようだ。

「絶妙のタイミングってやつか」

昨夜こちら側に飛び込んできた変更依頼の内容は、直前まで彼女には知らせない方がいいだろう。

まるで、夏の夜空を彩る花火大会を楽しみにしている子供のように。
高揚していくのを感じながら、吸い込んだ煙草の煙を天へ向けて思い切り放った。



* * *




CMはたった数十秒の世界だ。
主役となる商品や社名が記憶に残るよう、強いインパクトを残さなければならない。

売り上げの好調な前作同様、今回もドラマ仕立てにすること、京子を起用することに、メーカー側からの異論は一切なかった。

「……監督。あの、これは一体……?」

脳天直撃の太陽と、レフ版の反射光。
それらを浴びたせいだけじゃない、今にも消えてしまいそうな程に色をなくした少女――京子は、壊れた機械のようにギギギといびつに振り返り、恨めし気な視線を俺に向けた。

「ごめんね?最上さん。俺の方の都合で撮りを一緒にすることになってしまって……」
「そ、そんなっ!謝っていただくことじゃ…っ!敦賀さんはご多忙ですしっ!」

俺が開口する前、計ったように彼女の背後へと落とされた低音。
甘さを含んだその声に、誰の目にもはっきりとわかるほど、幼くか細い双肩が激しく上下した。

(…わかりやすい娘だよな)

昨夜、彼女の相手役――敦賀蓮サイドから撮影日変更の依頼が入った時には、想定すらしていなかった事態だ。

二人の共通点は、同じ事務所であること、それからリメイクでヒットしたDARK MOONでの共演。
事前認識はそれくらいだったわけだが、どうやら俺の知らない‘もう一つ’が彼らの間には存在するらしい。

「まぁ、相手がいる方が君も演りやすいだろ?こっちとしても君らが一緒なら撮影が一回で済むわけだし」
「う……それは、そう、なんですが……」
「じゃ、とっとと始めるか。脚本に変更はないからな。よーい……」
「あわわ!あの、あと30秒だけっ!!40秒だけ待ってくださいっ!!」
「りょーかい。きっかり1分後スタートで」
「あ、ありがとうございます…っ」

ほう、と大きく息を吐き出し、胸元に押し付けるようにドピンクボトルを握りしめる少女。
表情は変えず、一定の距離を保ったままで小さく吐息を零す先輩俳優。

(付き合ってるわけじゃなそうだが……)

業界内では、敦賀蓮は‘共演者キラー’だと有名だ。
この場にいるスタッフは、そんな認識で二人のやりとりを温かく見守っているに違いない。
――俺以外は。

(楽しくなってきたな)

監督として、これ程のオイシイ状況に出会えることは滅多にないだろう。

膝の上で丸まった脚本。
そこに描かれた世界は、彼らの素の部分まで引き出すにはもってこいの設定だ。

「新作キュララのコンセプトは‘夏の恋’だ。最高の演技、見せてくれよな?」

どんなにテクニックがあろうとも、演じる中にリアリティが存在しなければ猿芝居と同等。
あからさまなプレッシャーに潰されるくらいなら、成功なんか掴み取ることはできない。

(いいねぇ……)

挑発に反応して、ピンと張り詰める空気。
高らかにカチンコの音が鳴り響き、役者達の瞳に光が宿った――。




後編につづく


コメント

こんにちはー!
爽やかな情景が楽しげに語りかけてくる文章で、1文目からきゅんとときめいてしまいました♪
黒崎監督もこのCM撮影楽しみにしていたみたいで、どんな二人をそのカメラに映すつもりなのか楽しみです^^
キュララが二人にどんな化学変化を起こさせるか…後編もワクワクでお待ちしておりますね!

(さにさん、コメント欄お借りしますm(_ _)m)

*マックちゃん*
コメントありがとうございます!

はい!黒崎監督はキュララの時にキョコさんを気に入っていたようなので、この一年の活躍をきっと見守ってくれていたんじゃないかなと、親心のような視点で書かせていただきました(*'ω'*)

後編は台詞部分に某様の素敵ネタを使わせていただいたので、きっとキュンキュンしてただけるかなと(*´ω`*)

最後まで楽しんでいただけたら幸いです♪