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DAYBREAK 1 sideキョーコ (SWEET!・美花さん)

『SWEET!』の美花さんと『徒然妄想記』の ちなぞさん、イラストは『降っても晴れてもスキ日和』のひかりさんです。
全4話、3人のとっても素敵なコラボ作品をどうぞお楽しみくださいませ^^
まずは1話目の美花さんの文章からどうぞ。





夜の沈黙が降りる室内に、私はそっと足を踏み入れる。

ここは敦賀さんと私が、“カイン”と“セツカ”として生活をするホテルの一室。

入浴を済ませバスルームから出て来た私は、ショッキングピンクの豹柄のバスローブを羽織った姿だった。
このバスローブは“セツカ”にと買ってきた、高品質かつ、自分ではまず選ぶことのない派手な色合いのものだ。

寝る前だけれど、勿論“セツカ”の演技と姿は続行なのだ。

深夜の室内には物音ひとつない。

今は間接照明の淡いランプが灯るだけの部屋は、簡素なつくりで家具も少なかった。

簡易キッチンと応接セット、作り付けのクローゼットに小さなチェスト、そしてベッドが2つ。それだけだ。

…そんなベッドの片側には、シーツの繭玉がひとつある。

敦賀さんが作り上げた“カイン・ヒール”は、いつもこの姿勢で眠るのだ。

(…もう、さすがに寝たわよね、敦賀さん…)

時計を見れば、深夜の1時過ぎ。

先に入浴を済ませた彼は、私がバスルームに向かう時にはまだ起きていたけれど、今はすっかり眠ってしまっているようだ。

隣のベッドの様子を窺って、私はほっと吐息を漏らす。

シーツに包まる姿を覗き込んでも、身動ぎひとつない。起きている気配は少しもなかった。

『トラジックマーカー』の収録も終わりに近い。
その追い込みで、明日も早朝から撮影なのだ。

体調を万全に整える為にも、夜更かしはいいことではないと思う。

(私ももう寝なくちゃね…睡眠不足は美容の敵よ)

おしゃれGIRLの“セツカ”が目の下にクマを作るなんてありえない。
しっかり寝て、お肌のコンディションを整えなくちゃいけないわ。

密かに敦賀さんより後に寝て先に起きるという生活を続けている身としては、寝れる時に寝ておかないと体力的にも身体が持たない。

小さく欠伸をした私は、自分のベットに片膝を乗せ…

いきなり背後に引き倒されて、大きく目を瞠る。

転じた視界に入ってきたのは、間接照明の光りが届かない暗い天井、薄闇の降りた静かな空間。

…そして…

それを背後に、自分を見下ろしてくる敦賀さんの姿。

お風呂上りで洗い晒しのままの黒髪が、その白い頬を隠すように掛かっている。

彼が、私を引き込んだのだ。

背後から伸びた腕が腰に絡んで引き寄せられて、もうひとつのベッドの中に引きずり込まれていた。

身体を引き寄せた彼の腕が、今も、私の腰に回されている。

そんな彼を、小さく微笑んだ私はベッドの上から掬い上げるように見つめる。

『…なあに、兄さん。まだ起きていたの…?』

最愛の兄のいきなりの悪戯に、困った笑顔を見せる妹の表情。
その瞳には、愛しげな想いが色濃く浮かんでいる。

…なんとかそうやって声を掛けることが出来たけれど…

私の演技は、大丈夫だっただろうか?

薄暗い部屋の中でも、敦賀さんの美貌は際立ったままだ。

濃い睫毛に縁取られた切れ長の瞳、細い鼻筋に、少し厚めの形のいい唇。
それらが彼の端正な面立ちを作り上げ、見事な造形を見せている。

しかも…

私を見下ろして来る敦賀さんは、上半身裸の姿だったのだ。

以前私がベッドに押し倒して服を脱がせた時とは違い、今の彼は何も纏っていない。

滑らかな肌が、しなやかな筋肉が、その全てが。

私の目の前に、何一つ隠されることなく完全に晒されていた。

しかも、引き締まったそんな見事な肢体が、覆い被さるようにして私を組み敷いていて…

悲鳴を飲み込めただけでも、私は自分を自分で褒めてあげたいと思う。

(…シーツの下がこんな格好だったなんて知らなかった…!!え、じゃ、下半身はどうなってるの…って、いえいえいえ!!ダメよキョーコ、そんなこと、ちょっとでも考えちゃダメ…!!!そんなことより、この体勢はどういうこと…!!?)

シーツに隠れた下半身を見ないようにと固定した顔に、一気に熱が集まっていく。

意志の力で表情を変えることは何とか押さえているけれど、顔が赤くなることを止めることはなかなかに難しい。

室内が暗くてよかったと、心底思う。
“セツカ”を手放しそうになる私を、暗闇が何とか踏み止めてくれていた。

そんな私を見下ろしながら、無表情に見えた敦賀さんが薄く唇を開く。

『遅い、セツ。お前こそ、いつまで起きているつもりだ…?風呂が長過ぎる』

低い声が室内に響く。

眉を寄せて瞳を顰める仕草、普段よりも気だるげな話し方、けれど、自分を見つめる眼差しは熱を帯びていて…

“カイン”だ。

ベッドに私を引き入れたのは、なかなか眠りにつかない妹を案じてということ。

…勿論、その行為に他意はない。

そんな“カイン”に対して、私は彼を見上げながら“セツカ”の表情で瞳を細める。

『もうっ。兄さんだっていつもお風呂、長いじゃない』
『俺は、いいんだ』
『ずるい。兄さんだけいいなんて』

怒った振りをして、私はつんとそっぽを向く。

大好きな兄に構って貰いたい“妹”の演技。
“セツカ”にとって兄に対して怒るという行為は、甘えの裏返しみたいな行為なのだ。

怒った自分を、“カイン”に気にかけて貰いたくてする行為。

そうしてちらりと“カイン”を盗み見た“セツカ”は、彼が自分をちゃんと見てくれていることに満足の笑みを零す。

黒い瞳が、熱い想いを込めたまま、逸らされることなく私だけを見つめてきていた。

『女は、寝るまでにしなきゃいけないことがたくさんあるのよ。飲んだら寝るだけの、兄さんとは違うんだから』
『肌でも磨いていたのか?いいことだが、ほどほどでいい。お前は今のままで十分綺麗なんだからな』
『ふふ…それを維持することが大事なのよ、兄さん』

そんな会話を交わしながら、どんどんと頬がまた赤らんでくることが自分でも分かった。

会話の距離が、とても近い。

私の両脇に肘を付いた“カイン”が、“セツカ”の髪を梳きながら顔を寄せてきているのだ。

“カイン”を演じる敦賀さんの吐息が、頬に触れてくすぐったい。

くっきりとした二重の幅や睫毛の長さ、滑らかな肌の様子など、そんな細かなものまでが全て見て取れていた。

それだけじゃない、彼の体温や呼吸をする気配なども、触れた肌から直に伝わってくる。

…胸の高鳴りが隠せない私は、“セツカ”を演じながら、内心で泣きたい気持ちになってしまっていた。

これは、演技だ。

愛しげな眼差しも、身体を引き寄せている力強い腕も、自分を褒め称えるその言葉も。

全ては演じている“セツカ”の為のもので、私自身に向けられたものではない。

それでも、勘違いしてしまう。

心が揺さ振られてしまう。

…鍵を掛けた箱に厳重に仕舞い込んだはずの恋心が、気がつけば、いつの間にか彼に向かって動き出していた。

恋なんて、私にとっては邪魔なだけのもの。
一度痛い思いをしたのだから、もう十分なはず。

…分かっているはずなのに、それなのに…

心は勝手に動いて、彼の一挙一動に簡単に騒ぎ出してしまうのだ。

どんなに意志を固めても、彼に恋焦がれる心が、これまで知らなかった嫉妬や焦燥までをも私に教えようとしてくる。

私が私じゃなくなるなんて状態には、もう二度となりたくはないのに。

そんな願いを押しのけ、敦賀さんは私の心を突き動かそうとする。
彼に少し褒められただけで、浮き立つような嬉しさが私の心を身体を包み込む。

どうしたらその気持ちを止められるの?

恋なんていらない、愛なんて、私には邪魔なだけの存在だ。

なのにどうして、またそれを求めようとするの。

苦しい思いをすることは、身に沁みて分かっているはずなのに…

隠し切るつもりの恋心が、また嬉しげに動き出してしまうのだ。
許すことの出来ない想いなのに、その主張は、とても強くて真剣なものだった。

…この想いに飲み込まれないよう、私は気をつけなくてはいけない。

しかも、今相対しているのは『演技者』としての『敦賀蓮』だ。

その関係の中に、恋も愛も、絶対に立ち入れさせてはいけない。
先輩の前で無様な醜態を晒してはならない。

ちゃんと演技を続けるのよ、キョーコ。

『早く寝て、兄さん。明日も早くから撮影があるんだから』
『お前が早く戻らないのが悪い』
『もう、兄さんたら』

憮然な表情を見せるその頬に、“セツカ”は困ったように笑ってするりと指先を這わせる。

本当は、そんな彼の我儘さえも愛しい、兄が大好きな妹の表情。

…湧き上がる動揺を押し隠して、なんとかそんな演技を続けていると…

敦賀さんの手が、不意に下へとおりていった。

それは瞬きをする一瞬の間のこと。

『邪魔だ。肌触りが悪い』

私が疑問に思う間もないまま…

そう言った彼のその手が、ナイトウェアの上に羽織っていたバスローブの紐の結び目を、目にも留まらぬ早業で引き解いた。

バスローブの前がはらりと開いて、流れるように肌を滑った敦賀さんの手が更にその開きを大きくする。

触れる掌に、背筋をぞわりとした何かが駆け上がる。

それは止めることすら出来ない、滑らかな動きだった。

『兄さん…  …ッ…!!!』

その動きに対応しなくてはと慌てた私の表情が、ワンテンポ置いて一気に強張った。

敦賀さんに気取られてはいけないと瞬時に引き戻したけれど、速まった心臓の鼓動は今もばくばくと脈打っている。

“カイン”を演じている敦賀さんの瞳が、一瞬見開かれたような気がして…

それを確認することを恐れた私は、慌てて目を逸らす。

嫌な汗が額にじわりと浮かんだ。

まさか、こんな事態になるなんて思ってもいなかった。
全てに完璧を求めてしまった自分を、今は恨みたくなってしまう。

彼にバスローブの下のナイトウエアを見られてしまうことは、非常に非常にまずいことだった。



…なぜなら…

今私が着ているナイトウエアは、やはりセツカをイメージした、セクシーさ重視の黒のベビードール、だったのだから。