心ほどいて。1 side kyoko (海は凪ぐのに。・honeyさん)
外の光が強くなりはじめる頃、有明の月は淡くなりはじめる。
レースのカーテン越しの柔らかな光が漏れてくる。
豪奢なドレープカーテンレースの模様を通した影が二人の休む場所を包む。
ここは都内の超高級ホテルの一室。
歴史ある調度品の配された、いわゆるVIPルームだ。
ありがたいことに、彼の休暇が取れ、昨夜遅くここで合流することができた。
久しぶりに逢う彼はひどく疲れていて、痩せて見えた。
ふたりで生きていこうと誓ってから、彼はあまり、自分のことを話さなくなった。
『俺のことを嫌いになってしまうかもしれないよ』
何度目かの逢瀬のあと、彼は口を歪めて言った。
『私は逃げませんよ。もう指環もいただいてしまっているし、プレゼントは開封後返品不可ですからね。』
『そ…う…でも、俺はまだ、本当のことを君に言ってない。』
―あれはどういう意味なんだろう。
「ん…」
寝返りのあと、隣に寝ている彼がひどく辛そうなのに気がついた。
「起きて…敦賀さん。」
「NO….Don't leave me….」
―やだ、眉間にしわが寄っている。辛い夢でも見ているのかしら。
額には汗が噴き出している。
―どうしよう…。
彼の汗をとりあえず手で拭いながら、考える。
―そうだ!あれなら…!
「…Good-morning…Get up!」
「ん………Morning…あれ、Kyoko?」
英語で話しかけるなんて、カインとセツの時みたい。
よかった、こっちに戻ってきてくれた。
何だか、いつかのカースタントで意識を失った時の彼にひどく似ていて不安が波紋のように広がった。
「敦賀さん…大丈夫ですか?」
「ああ…大丈夫だよ。ちょっと悲しい夢を見てた。」
―悲しい?
それきり彼は黙ってしまって、ふっと顔を上げると、いつもの彼で。
「ごめん、今日は俺の家族に逢わせるって約束してたんだったね。すぐ準備しよう。」
むくりと起き上がると彼は心なしか、少し悲しそうに笑った。
―私じゃダメなのかな。
少し前になるけれど、思い切って私がこういった時の反応も少し変だった。
『わたし!敦賀家の嫁として頑張る覚悟はできてます!!』
『(敦賀家)って、それは、いらないんじゃないかな。』
苦笑いする彼とその話はそこで途絶えてしまった。
あれはどういう意味なんだろう。
-ご自分から「君なしの生活なんて考えられないられない」って私を引き寄せたのに。
やっぱり後悔してらっしゃったの?
-うぅ。ダメダメ。マイナス思考は何も生まないわ。ポジティブにいかないとダメ。
-やっぱり…あれよね…。息子さんをくださいっていうのは変よね。
私は、はじめて会う彼のご両親のことをほとんど知らない。
どんな方たちなのかしら。
「キョーコ」
彼の意識がはっきりしてきて、私を掴まえる。
「ごめん、ボーッとしてた。」
いきなりのキスとハグ。
さりげなくて流れるような動作に息が詰まる…。
違和感なくスキンシップ…嬉しいけど…照れくさくて首をふる。
「あのね、こぉいうの嫌いじゃないですよ。でも慣れなくて…ごめんなさい。」
「はは、ゴメンよ。幸せ過ぎて、このまま腕の中に君を閉じこめておきたいよ。」
「えと…そぉいうのに慣れないんです。」
何とか彼の腕から抜け出し、私はパウダールームへ向かう。
蛇口から出る温水を見ながら私はまた考える。
-貴方に逢えなかったら、どうなっていたんだろう。
貴方はふたりが逢えたことが「運命」というより「必然」で、お互いの隙間を埋めあう大切な存在なんだって笑う。
でも貴方は、そんな二人の関係に亀裂を生むかも知れないと言っては、自分のことを深くは話さない。
-わかるんです。生の感情の醜さを私は持っていたから。
-でも貴方がそんな私でもいいと仰ってくれたから。
-どんなことでも受け入れられる。
今日は彼の両親に会うので、少しカチッとした上着とタイトスカートのスーツ。
彼が似合うと誉めてくれた桜色のスーツ。
メイクもブローも念入りに。
仕上げはチェリーブロッサムのトワレ。
「ん…よし。」
唇のグロスの加減をふにふにとあま噛みで確かめる。
「どうかな?さらに綺麗になっているかな、俺の奥さんは。」
「ま…まだ、正確には奥さんじゃありません!」
もうッと振り返ろうとすると、そんな私を引き寄せて後ろから髪にキスをする。
「もう少し充電させて。」
こうしていると、落ち着くんだよ。と彼が笑うけど、私はドキドキが止まらなくて落ち着かない。
いつもより鼓動が速いのは、ふたりが抱き合う姿が鏡に映っているからかもしれない。
「ホントに大丈夫?」
「え…。」
「俺の秘密。重いし…たくさんあるよ。」
「私だって、アイツのことで嫌な自分を隠してた時、ありましたよ。」
そうだねと彼は辛そうに笑う。
「あ…あの。朝ごはん食べましょ。せっかくのルームサービスのオムレツ食べ損ねたくないです。」
「そうだね。用意してもらおうか。」
内線でコンシェルジュに準備を頼むと、敦賀さんは「俺もスーツに着替えるよ。」と、パウダールームから消えた。
私は彼が触れた髪に残ったら香りを確かめるように深呼吸した。