お客様は神様です。 2 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
重厚な扉をノックした蓮は、中から返事があるとその扉をゆっくりと開けた。
「来たか・・・まあ、入れ」
部屋の主であり、蓮とキョーコの会社社長であるローリィは顎で蓮を中に招き入れた。
「んで?」
ワンフロアー全てをこの部屋のみにしているためだだっ広いことこの上ない部屋の中央に置かれたソファーに座り、旅行プランとホテルとの兼ね合いや客層などの説明を終えた蓮にローリィは葉巻を燻らせながら大きな社長用のイスの上でクルクルと廻り首をもたげた。
「・・・以上ですが・・・何かご不満ですか?」
完璧だと思ったプレゼンを一言で返され、蓮は冷や汗を背中に流した。
「ああ・・不満だね?」
「・・・どのあたりがですか?」
ゴクリと乾いた喉に無理やり唾を送り込み、ローリィの眼光に負けずに蓮がそう返すと大きなため息が返ってきた。
「だってな~お前ってば事務的な話しばっかなんだよな~」
「・・・・は?」
まだ、イスの上でクルクルと廻っているローリィは年甲斐も無く不貞腐れた。
「あ・・・の・・・・何の話ですか?」
蓮は顔を引きつらせ、ローリィの考えを必死で読み取ろうとした。
「せっかく新しい部署と、新しい取引先なんだからちょっとは浮つけよ」
「・・・・どういう意味ですか・・・」
蓮は、どっと疲れを背中に乗せたように項垂れた。
「お前は頑な過ぎるんだよ、少しぐらい羽目外したって誰も文句はいわね~と思うがな・・それはもちろん仕事した後に!だぞ」
「・・・その仕事をしに来ているんですが?」
「ここでぐらい気を抜け、甥っ子なんだし・・お前は」
「・・・・俺は、そういうのが苦手なの知っているでしょう・・・」
「だったら、少しは周りを見てみるとかしろ・・・今回の人事異動の理由がおのずとわかるだろうよ」
突然、ずっと気にしていたことを何気ない会話の中に放り込まれ蓮は目を剥いた。
「やっぱり貴方の差し金だったんですね?!」
「俺は承認しただけだ・・・ちゃんと人事の真正な手続きによって決められたことだ・・・お前が俺の甥っ子だとみんな知らないんだからな」
「・・・・・・・今日のプランに納得が頂けないようなので、再度練り直してみます」
蓮は会話を打ち切るように部屋を後にしようと扉に手をかけた。
「最上君」
「!?・・・」
急に背中からその名前を出され、蓮は動きを止めた。
「彼女に会ったか?」
「・・・・ええ、打ち合わせと顔合わせを兼ねて・・・昨日」
「・・・彼女はお前とは真逆だ」
急に真剣な顔つきで、蓮をじっと見据えてローリィは告げた。
「・・・・・・・」
「だが、お前と良く似ている」
「は?・・・俺と、あの子が?」
「ああ・・・・まあ、お前自身が自分のことをもっとよく理解したらわかるんじゃないのか?」
まったくローリィが言いたい事の真意が、この時の蓮は全くつかめなかった。
「・・・・・・失礼します」
蓮は、とりあえず頭を下げると部屋を後にした。
「・・・なんなんだ・・・・一体・・・」
本社を後にしながら府に落ちない気持ち悪さを抱え、蓮は重いため息をつき支部に戻ったのだった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、敦賀主任・・社さんが帰られていますよ?」
「ありがとう、百瀬さん」
蓮の部下には社以外に数人いるが、この百瀬が一番の若手で可愛らしい容姿から本社の受付をしていたのだがなぜかこちらに配属されてきた。
蓮同様、謎の人事異動をさせられた女性だった。
「ただいま戻りました」
「おお!蓮、どうだった?社長」
「・・・・ダメでした・・・プラン、練り直します」
「あちゃ~そうか・・・」
「・・・・ホテルの方はどうでしたか?」
「ああ、着々と準備してるな・・・でも、お前が言ってたほど幼くなかったぞ?キョーコちゃん」
先程の事もあって、今その名前はあまり聞きたくなかったがいつの間にか名前で呼んでいる社に蓮は驚いた。
「・・・・もう、そんなに仲良くなったんですか?」
「結構話しが合ってな・・・なんとなく、お前に似ているからかもな」
(また!?・・・あの子と俺の何処が似てるんだ?!)
府に落ちないことを何度も言われ、蓮はむっとしながらディスクに着いた。
「・・・・・とにかく、今日打ち合わせた内容も見直さないといけないので明日にでもLME hotelに行ってみます」
「ああ、そう言うと思ってキョーコちゃんに明日の予定聞いておいたから・・・午前中に約束を取り付けたぞ」
「・・・さすがですね・・・・では、明日は俺が行きます」
蓮は、社が今日の打ち合わせに使っていた資料もかき集めプランの建て直しを始めた。
その時、ふとローリィの言葉が甦り顔を上げ周りを見渡した。
すると、数人の部下と目が合った。
途端、皆慌てて自分の仕事をし始めた。
(・・・いつもと変わらないじゃないか・・・・)
この光景は本社で営業から戻ってきた時も見たことがある。
自分の仕事をすればいいのにといつも思っていた。
以前の部署に比べたら、準備段階なのもあって暇といえば暇。
蓮は、ふう・・っと一息つくと自分のことをしようと書類に向かうのだった。
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