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その扉の向こうへ… 3 (スウィート・ムーン・山崎由布子さん)

二人は無理をお願いしたメニューで、軽めではあるが一流の食事を楽しい会話と共に味わった。
 そして今夜の次の予定、教会で神父との打ち合わせに向かった。
 隣と言うほどではないが、車で行くには近いことで二人は歩いて教会に向かった。
「夜遅くの打ち合わせになって、神父様に申し訳ないわ」
 教会の信者ともなれば遅くに懺悔に現れる者もいるが、神父達の中でも交代でその相手を務める。
 だが、今日の打ち合わせには式に立ち会って下さる一番位の高い神父だとキョーコは訊いていた。クリスチャンではないキョーコは詳しくは知らないが、位の高い低いは関係なく遅くまで待たせることが心苦しかった。
「海の音は余りしないのね」
 キョーコは耳を澄ましてみるが、海風だろうか。強い風が周りの木々を揺らす音だけで波の音は聞こえなかった。
「高台で少し離れているし、静かな波なら聞こえないんじゃないかな?」
「朝の景色が楽しみね…」
「キョーコは早起きするつもり?」
「素敵な景色は優しいし、心の栄養にもなるのよ。何度も見える訳じゃないから、見ておきたいわ」

蓮とキョーコの二人がホテルの裏口から教会へ着くのにゆっくり2人が歩いても、10分程しかかからなかった。
 ホテル側にもお願いして、来た時同様に裏口から出た。
 教会も通用口からそっと入れて貰えるようにお願いしてあった。本来なら神様の御前で誓いを立てるのだから、今日も正面玄関から入って教会の中も見たかったキョーコだが、この後の衣装あわせの予定もある。教会の美しいステンドグラスに見惚れていては、神父様を待たしてしまうことになって、それは避けたかった。只でさえ時間も遅いのだ。

 通用口から招き入れられると、予定を知っていた神父が二人が式を挙げる神父の元に案内してくれた。
「お二人がこの教会で挙式を挙げられることは、我々神父達も祝福を感じずにいられません。神の祝福がこれから先のお二人を包まれることをお祈りしております」
 丁寧な挨拶を案内する神父に述べられると、二人は顔を見合わせて贈られた言葉に感謝して「ありがとうございます」と最高の笑顔で答えた。
 その笑顔に神父は神々しささえ感じて、微かに頬を赤らめながら二人の祝福を深く神に祈りながらも、これほどの笑顔を持つ二人なら神のご加護も大きなものになるだろうと、恭しく二人に頭を垂れた。
 そして目的の神父の部屋の前でノックを3回した。
「神父様。敦賀様と京子様が到着されました」
 中の神父に声をかけると蓮達の方を向いた。
「こちらのお部屋でお待ちです」
『どうぞお入り下さい』
 ドア越しに、落ち着きのある声が蓮達の耳にも届いた。
「失礼致します」
 案内してくれた神父がドアを開けると、二人を中へと促した。
「敦賀蓮、いえ…クオン・ヒズリです。よろしくお願いします。仕事があったとは言え、遅くに約束しまして申し訳ありません。二人の婚礼の儀をよろしくお願いします」
 蓮がまず挨拶として言うと頭を下げた。
「最上キョーコです。遅くに申し訳ありません。至りませんが婚礼の儀、神父様に祝福のお言葉を頂けますよう、よろしくお願い致します」
 キョーコも丁寧に挨拶すると、誰もが見取れる綺麗で素直なお辞儀をした。
 神父はその姿にほぅ…と溜息を漏らした。
 人は何気なく出る仕草にその性格が出るものだ。キョーコの綺麗なお辞儀は神父の心もとらえて笑顔がより本物になった。
「この教会の神の御前で婚礼を挙げられるのも、神が祝福なさってのことです。緊張することなく良き日となられることを祈りましょう」
「ありがとうございます」
 二人の声が揃って、仲の良さも神父二人を和ませた。
 案内してきた神父は挨拶をして部屋を出てゆくと、蓮とキョーコは落ち着いた部屋に合った古く年季の入ったテーブル、それと同じだけの時間を過ごしてきたイスに腰掛けるように言われた。多分年代モノと言うだけでなく、本当に良いモノを丁寧に使っている様子が伺えた。
「この時間ですが、お忙しいお二人は食事はお済みですか?」
 神父は二人の身体を気遣って訊ねた。
 部屋の中には大きな古時計が振り子を揺らしながら、ゆっくりと此処だけの時を刻んでいた。針はもう少しで9時の時間を刻む処だった。
「はい。教会に伺う前に二人で夕食を済ませてまいりました。披露宴も予定しているホテルで、久しぶりに二人で楽しい食事を取ることができました」
「それは良かったですね」
 蓮の言葉に神父は笑顔で頷いた。
 時間としては約束よりも少し早く来ることができたのだが、ホテルにもぎりぎりの時間でチェックインし、食事もフルコースでなかったからこそ早めに食べることが出来たのだ。
「あの…神父様。蓮…敦賀さんにとっては食事の仕方がアンバランスで、その為に神父様との打ち合わせより夕食を優先させました。申し訳ありません」
 キョーコが遅くなった理由の一つとして、蓮の食事や身体を思って食事を優先させたことを告げた。
 聞き方によっては神父との約束を後回しにしたとも取れるが、神父は忙しい二人の話し合いが遅くなろうとも、キョーコが夫となる蓮の身体を心配して食事を優先させたのだと、その心根によい夫婦になると祝福を述べた。
「忙しくとも、互いの身体を気遣うことは大切です。私もお待ちする間に夕餉を頂きました。身体にも栄養をあげることは必要ですからね」
 軽くキョーコにウィンクする神父は、思ったよりも茶目っ気なところがある人だとキョーコは思った。
 蓮もその様子に、この神父様なら緊張が少なくてすみそうだとキョーコに笑顔を向けた。神父によっては堅く神経質な人もいる。だがそれは神父だけでなく、人はそれぞれに持った気質も違うものだ。
「では余り遅くなってもいけません。当日の打ち合わせを致しましょう」
 ある程度のことはローリィが執事を使うなどして打ち合わせてはあるが、当人達にもぶっつけ本番は難しいだろうと、教会の雰囲気を知ることや神父に会うことで、キョーコの緊張が少なければいいと薦められたことだった。それにローリィは忙しく付きまとわれる都会から少しだけ離れた時間と場所での休息を二人へのプレゼントとしたかった。

「花嫁と花婿の衣装については、控え室で最後の仕上げをしていただければ構いません。あと、クリスチャンである敦賀様、クオン・ヒズリ様は誓約書へのサインを、あと…京子様も改宗はなされますか?」
 教会は、本来クリスチャンでなければ結婚式を挙げることを許されないが、紹介がある者には許可されることもある。
 蓮…クオン・ヒズリがクリスチャンであることから教会での結婚は許されたが、キョーコは宗教的に言えば無宗教に近い。そこにキリスト教への改宗の話がでて驚いた。
「改宗とは、クリスチャンになると言うことですか?」
 予想外の神父の言葉にキョーコは訊いた。
「ご結婚を機に、ご夫婦ともにクリスチャンになるなど改宗をされる方もいらっしゃいます。ただこれは強制ではございません。お間違いなきように。これからを連れ添い歩かれる方と同じ宗派になられる考え方もあるという事です」
 元々素直なキョーコは神父の言葉に真剣に考え、隣に座る蓮を振り返れば「自分の気持ちで素直に考えればいいよ」と、穏やかな笑顔で言われた。
 僅かな時間の間にキョーコは心の中の答えを出した。
「神父様。私は改宗は軽々しくするものとは思えません」
 キョーコの一声に神父は小さく頷いた。
「蓮と…クオン・ヒズリと共にこれからを歩いて行きたいと思いますが、考えが違うこともあってもそれが人だと思います。簡単に変えられない思いもあります。今はまだクリスチャンになることは考えられません」
「そうですか。わかりました」
 神父はそう言って頷いた。
「宗教はそれぞれの神様の素晴らしい言葉を教えとしていますが、自らに根付いた思いはそれぞれに違います。私はこの日本の感じ方が好きです。無宗教に見えるところもあれば、八百万の神々を信じる広い気持ち。素晴らしい宗教には共通して広い心の優しさを感じます。いつかその教えが素晴らしいと感動を受けた時は、神父様の元でクリスチャンになる洗礼を受けたいと思います」
 キョーコの年齢よりも達観した言葉の多くに、歳よりも多くの苦労をしてきたのだと、神父はキョーコを見つめた後、蓮にも視線を送った。
「キョーコは芸能界に入る前から、色々な苦労を経験してきました。孤独と戦うことなども、一人で頑張ってきたんです」
 キョーコの苦労は一言では説明できないと、蓮は言葉にするには時間がなくて簡単にしか言えないがと口にした。
「でもそれは、蓮だって色々と…」
 キョーコも蓮の子供の頃からアメリカでの苦労。そして日本に来てからも、初めから順風満帆ではなかったことも訊いていた。
「確かに色々あった。でも、俺には道を逸れないように手を差し伸べてくれた友人がいたのに、振り払った手がその友人さえ手の届かない場所へと追いやってしまった過去がある」
 蓮は辛そうな表情で、キョーコだけでなく神父にも聞こえるように話した。この神父になら訊いて貰いたいとも思ったからだ。
「それは貴方だけのせいじゃないわ」
「それはわからないよ、キョーコ。俺がもう少し強ければリックを失わずにすんだかも知れないんだ。これだけは俺が一生背負って、忘れてはならないことなんだ」
「でも、それに囚われていたらダメよ!」
 キョーコは蓮の過去の話になると、何度でもそう言って、優しいが故に自分を許せない思いを口にする蓮を、前向きな気持ちになるように励ました。
「うん、そうだね。あの時、大きく道を踏み外したままの心に囚われて、神も何もないと思った闇から…折角、キョーコが救ってくれたんだからね」
 その会話に神父は言葉こそ挟まないものの、一般に聞こえてくる彼の評判だけではない心の葛藤や過去が、目の前に腰掛ける敦賀蓮という名声を欲しいままにしていると思われがちな青年の真実の姿だと知った。そしてその姿を支えるのは、横に寄り添う京子という若くともしっかりとした女性だと納得した。
「あの…カーアクションの時のこと?」
 クオンがリックの流した血に足下から凍り付き、そのまま心が果ててしまうかと思った時に、キョーコの手の温もりと優しく呼ばれた名前が敦賀蓮としての現世に引き戻してくれたあの時だ。
 蓮は小さく首を振って続けた。
「その時だけじゃない。B・Jに乗っ取られた俺がキョーコの声で我に返った時。アイツからの電話で最後のスイッチが入ってしまった時は、セツの反応に救われた」
 溺愛しているとはいえ、セツを心配するにしてもカインが暴走しそうになって、セツとしての顔を保つのがキョーコには時々出来なくなり困り果てた日々だった。でもそれは二人にとっては大切な日々だった。必要な日々だったかもしれない。
「ヒール兄妹としての日々の中で、自分にだけ居てくれる存在の大きさは、心を許せる存在のキョーコは、人は誰でも等しく救われることを許される存在だと思った。俺にはやることがあり、君の前を行く先輩としてその背中を見せられる誇るべき存在になりたかった。君に負けるような情けない役者で居たくなかった。そしてするべき事を成し遂げたなら、神はご褒美もくれると思えた」
「ご褒美は何があったの?」
 キョーコは苦しげだった蓮の表情が明るくなり、蓮が欲しいと思ったご褒美が知りたくなった。
「それはキョーコという宝物だよ」
 蓮は当たり前だと言いたそうにキョーコの頬に手を添えるが、流石に神父様の手前を考えて軽く頬にキスをしただけにした。
「君の魅力故に婚約を発表しても、君の直ぐ周りにも信望者とするファンは多い。その一方で悲しいファンもいるけれど、キョーコは俺だけのものだからね」
 蓮は抱えた深い思いは歳に関係なく深く、そしてその反動として蓮のキョーコを甘やかせる喜びが笑顔に満ち溢れていた。キョーコが居るからこその今の幸せがあるのだと、その笑顔が答えていた。
 神父は若いながらも苦労の多かった二人が、より深く互いを理解し、これからも幸せになることを神に願った。


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教会での結婚式、及びクリスチャン等の事については、
ちょこっとある知識を大風呂敷にしていますので、
違うかもしれない事がありましてもスルーしてやって下さい(^^;;;