Top  Information   Gallery   Blog   Link

Operetta 11 (Tempo2.0・sunny)

部屋の天井をボンヤリと見つめる。

今日の仕事はとても忙しかった。
蓮はあの後オペラ座に残り、キョーコはカメラが回る中でパリにあるお店や歴史に関係する建物を巡った。

今日の仕事はとても楽しかった。
行く先々で出会った、仕事と生き方にこだわりを持っている個性あふれる人たち。
アール・マンディ氏もそのうちの一人で、別れ際に「いつか君とも一緒に仕事がしたいね」と言ってもらえた事がとても嬉しかった。
彼と会うのは初めてだったけど、『蓮』という共通の話題があったから会話も弾みとても楽しくて……

キョーコは『蓮』の話をするのが好きだ。
こうして一人、ホテルのベッドに横たわる静かな時間を持つと、自分の深い場所に彼が住み着いている事がよく分かる。
蓮を思うと、自分の中がホンワリと温かくなったり騒がしくなったりするのだ。

しかし、自分の中に蓮が存在しているのは、LMEで出会ってからの事だと当たり前のように思っていた。

「結局、敦賀さんは誰なんだろう?」

朝の会話を思い出して、独り言がこぼれる。
自分の記憶の中にいるらしい人。
何歳で出会ったとしても、蓮はきっと今の様な輝きを持っているはずで、当然印象に残るに違いない。
それは逆もまたしかりで、再会したら一目で分かりそうなのに……。

「結構、見た目が変わってる……とか?」

京都。
例えばキョーコが居た件の旅館だったとしたら、客として来ているという事だ。
それはかなりの人数で、もちろんすべての人を覚えているわけがない。
しかし、蓮のあの口ぶりでは、キョーコが個人的に接して、尚且つ好意的に思った人物だ。
そうなるとグッと人数は限られてくるが、蓮の様に一目見ただけで忘れられないぐらい綺麗な人物は記憶にない。

しかし、出会った場所が旅館以外となると……

そこまで考えて、頭に一瞬かすめた人物にキョーコの表情が固まる。
そして、考える事をやめた。
自らの体を抱きしめるようにギュッとして耐える。
何かとんでもない答えに辿り着きそうな予感がするから。
一人きりでは耐えられないほど、何かが溢れそうな気がするから。

「明日……敦賀さんに会わなきゃ」

多分、自分はもうすぐ彼を知る。





翌朝、昨日よりもかなり遅めの時間にブレクファーストルームに行く。
そこには当然、蓮はいなかった。
食事は相変わらずとても美味しいのだが、目の前に相手がいないという物足りなさをどうにも感じ、キョーコは早々に自分の部屋に戻り仕事の流れを予習する。
本日の仕事内容はアールマンディの関係のみ。
ショーの模様の撮影、時間が許されるのなら前後にモデルや関係者のインタビュー 等。

昨日行ったあのオペラ座の、キラキラとした華やかな場所で蓮は歩き魅せるのだ。

「どんな風なんだろう?」

ベッドにコテンと横になり、目を瞑り想像する。
モデルは衣装の魅力を最大限に引き出し、衣装はそれを着ているモデルをさらに魅力的なものにする。
互いに人の目を引き付ける存在。
しかし、どんなに魅力的でも、客の中に残る余韻は衣装でなくてはならない。
ファッションショーの主役は、あくまでそのブランド衣装なのだから。
演技者という視点から見ると、きっと難しい役どころだ。
そして、それをどんな風に蓮が演じるのか興味があった。

――なんだか、寝ても覚めても敦賀さんの事ばかり

「……私……あなたに早く会いたいです」

もっと色んな彼を知りたいと思う。
そして、触れそうなところにある真実も。

時計を確認すると、時間はまだたっぷりある。
スーパーに行ってみたり、途中でカフェに行ったり、一人で時間を潰すのも案外悪くないかもしれない。
もちろん蓮の事を考えながら……。

「よし!」

自分に気合を入れるように、キョーコはベッドから立ち上がり部屋の窓を開けると、肌と呼吸で新しい一日の始まりを感じる。
晴れやかで気持ちが良く、きっと素敵な日になるはずだ。

h_19.jpg

本日のパリの天候は晴れ。
アールマンディのショーの始まる時刻は16時。
パリではこの日も様々な場所でショーが行われており、人気モデルたちは各ショーを掛け持ち、プレスやカメラマンは大移動をする。
朝10時から夜は9時ぐらいまで、大体1時間おきにコレクションが開催されているのだが、時間よりも30分程遅れるのが常となっている
ちなみにショーの行われる時間は意外と短く15分程度だ。
その一瞬にも近い時間の為に、長い時間とお金をかけ人々の目に焼き付ける。
そして、ガルニエでのショーの準備も大詰めとなっていた。
音にあわせてのウォーキング、照明などの機材など最終チェックが行われている。
キョーコはテレビクルーと共に再びこの場所に居た。

「凄い…」

何かが始まる前の緊張感。
昨日と同じ場所なのに、ピンと張った空気がその場所を違った空間に変えている。
キョーコ達がしばらくそれらを撮影していると、アールマンディの関係者がこちらにやってきた。
どうやら蓮への取材許可がおりたらしい。
一同向かうと、バックステージではメイクを終えた他の男性モデルたちと一緒に蓮が居た。

「敦賀さん!」

姿が見えた嬉しさから思わずキョーコが声を出し手を振ると、何故か蓮の周りのモデルたちも一緒に反応する。

「へ!?」
「お~!君が京子だね?」
「は、はい。そうですけど?」

確認をした後にワラワラと寄って来た彼らは、キョーコの事を実に興味深そうに眺め始めたかと思うと、何故か年齢や彼氏の有無など質問攻めにしてきた。

「へ~、まだ10代なの?」
「あ、はい」
「彼氏はいるの?」
「いえ……そのいない……です?えっと……一応?」

現地点で間違って無い答えなのだが、自分で言っていて妙な違和感を感じるのも不思議だ。
しかし、

――なぜ、取材をする側がされる側に!?

見目麗しく背の高い男達に囲まれてキョーコが困惑していると、耳に良く馴染む声が聞こえる。

「彼女が困ってるから、それぐらいにしてあげてね?」

それから、声の主は困惑中のキョーコに近づくとそっと耳打ちをした。

「ごめんね?さっき言っちゃったんだ」
「へ?何をですか?」
「これから、俺の好きなコが来るって」
「な、なんでそんな事をわざわざ!?」
「だって、君にうっかり惚れるやつがいるかもしれないだろ?まだ俺のものじゃないけど予防線ぐらい張っておこうかと思って?」

しれっと言う蓮に、そんな心配ご無用では?と思うのだが、確かにモデル達はキョーコの事を気に入ったのか「可愛いね」という言葉付きで触れようとする。
すると、長い腕がキョーコを捕らえて自分の方に引き寄せた。

「こら、触るのはダメだよ」

事情を知らない人が見たら、困っている後輩を助けた様にも見えるかもしれないが、これは明らかに独占欲という名の感情から来ているもの。
キョーコはこの後カメラが回る中、終始恥ずかしさと戦いながら蓮にインタビューする事になってしまった。



時間は過ぎ、ショーが始まる……。



周りには様々な国のプレスやカメラマンが、始まる時間を今か今かと待ちわびている。
当然のように、開始は時間よりも15分ほど遅れてのスタートとなった。

照明が当たりモデルの一人が出てくると、その場にいる人全ての視線を集める。
デザインは品のよさを出しつつ、近未来的で在りながら懐古的なエッセンスを絶妙なバランスで感じさせるもので、ジャケットの洗練されたラインはため息が出るほど美しい。

キョーコは初めて見る本物のショーに夢中なった。
そして、

――あ!

堂々としたウォーキングで、ついに蓮がランウェイに登場した。
歩くその一歩が既に隙のない美しさで、モデルとしての存在感を放つ。
その俳優の敦賀蓮とは違った魅力に、キョーコは引き付けられて視線が捕らわれた。
瞬きする時間さえも惜しい。
一瞬一瞬のすべてを自分の中に収めたい。
そして、光の細やかに計算された結果だったのか、はたまた偶然に生まれた光のいたずらだったのか、一瞬翼が生えたかのように見えた。
それはキョーコの中に、美しくファンタジックな印象を残す。
そう、それはまるで……

――妖精の王様のみたいだわ

キョーコはごく自然にそう思い、はっとする。
今、自分はなんと思っただろうか?

――妖精の王様?

そのキーワードに、自分の中の最後のピースがカチリとはまる。
そう、キョーコが会ったこんなに綺麗な人は、記憶の中にただ一人だけなのだから。

「   」

キョーコは目を見開き、両手で口元を押さえ、音にならないほどの声で名前を呟く。
瞬間、聞こえるはずが無い蓮が、上からチラリと自分を見て少し笑った気がした。



-----------------------------------------------------------------

多分、次回で終わりかな?(しかし、予定は未定)
ファッションの事に詳しい方が見たら色々間違っているかもですけど、どうか見逃してくださいませ。