お客様は神様です。 17 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )
ゆっくり近づいてくる端正な男の顔。
キョーコはパニックでは無く、意識を失いかけていた。
「・・・・・・・・・・・本当にキスしちゃうけど・・いいの?」
微動だにせず、近づいてくる蓮に何も言わないキョーコに一抹の不安が湧いて蓮は自分の行動を寸前で止めて訊ねた。
「・・・・最上さん?」
返事が無いキョーコを、蓮は伏せがちだった目を開いて確認すると・・
「最上さん!?息!!息してっ」
息を止めて赤かった顔は、徐々に青ざめて体も小刻みに震え始めていた。
「ぷはぁ!!!!」
蓮に肩を揺すられ、ぜえぜえと呼吸を再開したキョーコの背を蓮は優しくさすった。
「大丈夫?」
「は・・・はい・・・・」
ようやく呼吸が落ち着いてきた様子のキョーコを心配していた蓮だったが、徐々に笑いが込み上げてきた。
「・・・・・・敦賀さんっ笑わないで下さい!!」
「だ・・だってっ・・・キス待ち顔って・・もっとこう・・・・・ぶっ!!くっくっくっく・・・・」
「・・・・もう!敦賀さんがからかうからですよ!?」
キョーコは、真っ赤になって頬を膨らませると蓮は笑いで出た目尻の涙をちょいと拭って見下ろしてきた。
「からかってないよ?本当にキスしたくなったんだ・・・ただでさえ、さっき望みをもらったのにあんまりに可愛いこというから・・・」
「可愛いことなんて一言も言ってませんよ?」
「言ったよ」
「言ってません!」
一問答した二人は、お互いの顔を見合わせ笑った。
途端、キョーコはパッと顔を蓮から背けた。
自然に蓮の前で笑顔を作っている自分に驚いたのだ。
「・・・・最上さん・・・」
「あっ、あのっ・・・企画の話を聞いていないんですが」
「え?・・ああ・・・・・」
一歩近づけたと思ったら、また逃げ出すキョーコに話の腰を折られてしまった蓮は渋々企画の内容を話し始めた。
「あの観覧車が見えれば、カップル層を取り込めるんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど・・」
キョーコの様子を伺いながら話を進めていた蓮は、キスのくだりを全く感じさせない様子に正直ガックリしていた。
それでも、仕事を建前に呼び出したのは本当にいい案だと思ったからだ。
「観覧車が見える部屋のタイプと、見え方を出来れば自分の目で確認したいんだけど・・・」
「そうですね・・私もそこまで確認していませんでしたので・・・明後日、ご案内できるように手はずを整えます・・・いいですか?」
「え?・・・うん・・・・」
ジャケットの内ポケットから手帳を取り出して、今の話をまとめスケジュールを立てている姿は本当に何事もなかったかのように蓮は感じた。
まるで綺麗さっぱり気にしていないとばかりの様子に蓮が大きな長めのため息をついた瞬間、キョーコがメモに使っていたボールペンを落としてしまった。
「大丈夫?」
さっと蓮はしゃがみ、それを拾うとキョーコにそのままの姿勢で差し出した。
「あ・・ありがとう・・ございます・・」
キョーコは慌てて受け取ると、またペンを走らせ出した。
(・・なんだか・・・違和感が・・・)
いつも通りのキョーコのはずなのに・・
「あっ!」
また、手元を誤りペンを落としてしまった。
しゃがんだままの蓮の元に転がってくるペン。
キョーコはそれを今度は自分で拾うおうと、慌ててしゃがんだ。
しかし、どう頑張っても蓮の元に転がったペンを蓮より先に取る事など不可能だった。
「す、すみませんっ」
そんなキョーコを注意深く見ると、小刻みに震えている指先に肩。
桜色に染まっているのは、頬だけではなく首元まで色付いていて動揺は隠せても勝手に潤んでくる瞳は今キョーコの心の内を曝しているかのようだった。
「あのっ・・ありがとうございます・・」
蓮は拾ったペンを握り締めたまま、キョーコを凝視して固まっていた。
「あの・・・敦賀さん?」
目を見開いたまま、自分を凝視している蓮の瞳に耐えられずキョーコはドギマギしながら小首を傾げた。
「あの・・・ペン・・・」
途惑いながらも蓮が握り締めているペンに手を伸ばしたキョーコに、蓮はぐらりと体勢を前のめりに倒して向かってきた。
「!?」
ふわりと・・少しだけ甘い香りが蓮の方から漂ってきた瞬間キョーコの唇には暖かくて柔らかいものが重なった。
それが、蓮の唇だと認識するまでしばし時間がかかるのだった。
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