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お客様は神様です。1 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「つ・・つつつつつ敦賀さんっ・・なにをなさるんですか!?」


「ん?ナニ、して欲しいの?最上さん?」


クイッとネクタイの結び目に指をかけながらが、目の前にいる男の妖艶な笑みを浮かべる端正な顔が今日始めて『悪魔』に見えた最上 キョーコは絶対絶命の文字が頭を占拠し始めていた。


「『お客様は、神様』・・・なんでしょう?最上さん」


「っつ!!」


後ずさりした拍子に、倒れた先にあったベッドの上でキョーコは逃げ出そうともがいてみたがそれをあっという間に迫ってきた男に押さえ込まれてしまった。


「や、やめてください!!敦賀さん!!」


目を瞑り、心の底から抵抗の声を上げたキョーコは後悔していた。


(この人が・・こんな人だったなんてっ)


後悔しても遅いことがあると、こんな状況になってようやく理解するなんて・・・。
キョーコは自分の愚かさ加減に反吐が出そうだった。



*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



とりあえず、そんなキョーコが後悔の淵に立たされる半年前まで時間を遡ってみる―。



「はじめまして、LMEトラベル企画課主任の敦賀 蓮です」


「はじめまして、LME hotel チーフコンシュルジュの最上 キョーコです」


新設されたホテルとそのホテル提携の旅行会社の社員である二人は、ある企画の打ち合わせで初めての顔合わせをしていた。


「さすが・・・社長が発案した内装ですね・・」


シンプルが売りのホテルが多くなってきたご時勢には、逆行した調度品がそこかしこにセンス良く配置され異空間へと誘ってくれそうなホテルのロビーに蓮は感嘆の息を漏らした。


「私どもスタッフも、着々と出来上がっていくのをとてもワクワクしながら見ています」


至極楽しそうに微笑むキョーコは心の底からこのホテルを気に入っている様子で、蓮はクスリと笑った。


「働いている方まで虜にするホテルなら、こちらもプランを立てる甲斐があります」


そう微笑みながらも、些細な言葉で顔を赤くするキョーコにまだ幼さを感じ内心心配になった。


(まだ20歳そこそこという感じか・・・こんなに若いのをチーフに持ってくるなんて、椹さん何考えてるんだろう・・・)


客室係の課長である椹は、本社LMEコーポレーションで顔見知りだった。
彼もそこそこに敏腕だったはずなのに・・・。


(・・もしかして客室係の人員が足りなかったのかな?)


蓮はそこに思い至って、口元に人差し指を曲げて当て思案顔で切り出した。


「・・・もしかして・・客室係は君だけ?」


「へ?」


応接用のイスに進めようと、動きかけたキョーコの背中に蓮の質問が乗った。


「い・・え・・・・私の他に150名います・・・・・」


急にふられた質問に、キョーコは指を揃えて重ねた手を小さく握り答えた。


「そう・・だよね・・・・」


まだ府に落ちない様子の蓮に、キョーコはわからないように小さくため息をついた。


「・・・私は、別の所で長いこと仲居をしておりましたので・・今回はそのことを買われてチーフをさせていただいております・・私の他にもサブチーフはあと2名いますので・・・もし、私に不安を感じるようでしたらその者たちに変更されても構いません」


「あ・・・いや・・・」


蓮の考えていたことがキョーコに明確に伝わったらしく、少し眉間に皺を寄せそう言われてしまった。
蓮はなんとか誤魔化そうとしたが、完全に心の内を悟られてしまったキョーコにはどんな言葉も通用しなかった。

二人の初対面は、こんな感じで最悪だった。





「・・ただいま戻りました・・」


「お、蓮!どうだった?ホテルの方は」


会社に戻った蓮に声をかけてきたのは、本社の時から共にいくつものプロジェクトを成功させてきた同僚の社 倖一だった。


「いい感じでしたよ?プランともばっちり合いそうです」


「そうか!・・・で?」


「?・・・なんですか?その『で?』は」


「あっちのコンシュルジュと合ってきたんだろ?どんな人だった?」


「・・・まあ・・・椹さんが選んでチーフにしたのだから、きっとちゃんと働ける人だと思いますよ?」


「明日、俺が挨拶に行くんだからちゃんと教えてくれよ~」


社の頼みに、蓮は小さくため息をついた。


「そうは言っても・・今日は挨拶と簡単なプランの提案ぐらいしかしていないですし・・・ただ・・」


「ただ?」


「・・・ちょっと幼い感じでした・・本当にアレでチーフコンシュルジュやっていけるのかな?と思えるほど・・」


「そうなんだあ・・・なんて名前?」


「最上 キョーコさん・・これ、名刺です」


今日交換した名刺を社に見せると、社は興味深げにその名刺を覗き込んでその名前をインプットしていた。


「明日は本社に出向くんだろ?ちゃんと新部署のアピールしてこいよ?」


一通りの引継ぎをした蓮に、社がそう激励すると頷きながらも気分は重かった。

なぜなら、蓮は本社で営業のエースだった。
しかし移動させられた先の新業務がなぜか旅行部門。
しかも、新しく開業する系列ホテルのみに的を絞ったプランニングをするというものだったからだ。

本社では、重大なミスをしたのではないか?とか、社長の逆鱗に触れるようなことをしたのか?とか、この新事業の見返りに副社長になるのではないかとか、色々噂されていた。

本人さえ今回の移動に途惑っているのに・・・。

そんな噂渦巻く本社に、今回初のLME hotelとの共同プランの説明に社長の元を訊ねなければならないとは気が重たくて仕方なかった。



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「あら?・・今日は・・・」


「はじめまして、昨日は敦賀がお世話になりました。LMEトラベル企画課主任代理の社 倖一です」


「あ・・私は・・」


「最上 キョーコさんでしょ?蓮の奴から聞いてるから」


「・・・・・・・(何を聞いたのかしら・・・)」


ふう・・っと小さくため息をついたキョーコだったが、小さく頭を振ると気分を切り替えて昨日進めていたプランの練りこみを社と共にはじめるのだった。


その同時刻。
蓮は、平然とした表情で本社を歩いていた。

そこかしこでヒソヒソと言われているのだが、なまじ社内一のイケメン社員だったため男性からはひがみが、女性からは歓喜の声が上がっている状況だった。


「いつでも君が現われると大騒ぎだな?うちの会社は」


「!・・・貴島君・・」


蓮と同じく営業の敏腕社員で、蓮の跡を継いでチーフになった男だった。
仕事には真面目なのだが、女性面では少々だらしなく営業先に彼女が複数いることなど有名だった。


「どうだい?旅行の企画は」


「・・・まあまあ・・かな?新境地で遣り甲斐があるよ?」


「そっか。しかし・・君の抱えていた仕事量は半端じゃないね?移動前に随分終わらせてくれたのに・・・デートの時間が減っちゃって困ってるよ」


蓮は苦笑しつつも、内心は舌打ちをしながら貴島と別れ社長室に向かった。


「さっさとこの企画を成功させて本社に帰ってやる!」


書類の入った封書を握る手に力を込めて、蓮は長い足をフルに動かし物凄いスピードで社長室に向かったのだった。





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