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その扉の向こうへ… 1 (スウィート・ムーン・山崎由布子さん)

※連載ものです



「何とか約束の時間に間に合ったね」
 蓮がホテルのVIP専用の駐車場に止めると、助手席のキョーコに言った。
 走る車から見えたそのホテルの姿は、夜の闇に紛れていても、その白亜の建物だけは闇の中にも白く…夢の中に浮かび上がるように美しく見えた。
「…綺麗なホテルね…」
 キョーコは夢見るように呟いた。
 VIP専用の駐車場は、キョーコが夢見るように呟いたホテルを大きく回り込み、一般の駐車場を通り抜け従業員用の駐車場の奥にある門の向こう側にあった。一般用よりも裏口に近く、そのまま中に入れるようにもなっている。勿論エレベーターもVIP用に裏門近くから入った所にあり、目立たない形で乗り込める。
 知らせを受けていた警備員が丁寧に招き入れて門を閉めた。
 二人の芸能人が宿泊するのだ。それも婚約を発表して話題の中の二人。
 蓮の運転する車は周りの目を気にしながら、乗っている二人の姿が見られないようにある程度のスピードでホテルの裏口に回り込み、警備員に会釈すると駐車場に入ることができた。
 僅かな時間しか見られなかった白亜のホテルの姿も、それでもキョーコの夢見る乙女心を刺激するには充分だった。高台に建つホテルは雲上に浮かぶ城のように見えたのだろう。
「朝日を受けるともっと綺麗らしいよ。真っ白な壁に、朝焼けが映ってまた別の顔が見られるらしい。それにここは高台に建っているから、その朝日自体が天気によって綺麗に見えるって」
 蓮はローリィに訊いたことをキョーコに教えてやった。
「そうなの? だったら早起きしなきゃいけないわね」
「天気によってはこの下の浜辺も見えて、一枚の絵のようで、なかなかの絶景だと訊いたよ。キョーコなら特に気に入るんじゃないかな?」
 キョーコは只でさえ逞しい想像力でわくわくした。

 だが直ぐに現実に戻って、キョーコは今夜のスケジュールを思い出した。
 ロマンチックに夢を見ていても、「予約」という約束があればキョーコは約束を一番に考えるタイプだ。自分だけなら良いが相手に迷惑をかけることがない様に努力するからだ。
「でも、今日はまずはお食事ね。予約してあるから急がないと…」
 婚約発表から結婚式まで、只でさえ忙しい二人にパパラッチ達やマイクを片手にインタビューの声が追いかけてくる毎日が続いていた。そのお陰で落ち着いて食事も出来ない日も多く、普段でも人目を引く蓮のマネージャーをする社も、多忙以上に人目を気にしての行動が胃薬を多くさせた。
 そんな時でもキョーコは食事を自分でバランスを取ろうとするが、蓮は忙しければそれも仕方がないとまともに食事をしようとしないのは相変わらずだった。婚約の発表からは、キョーコも堂々とマンションに足を運べるからと食事を促すが、忙しくすれ違いの多い日中はマネージャーの社に任せるしかなく、作れる時はお弁当を用意しては蓮の健康を守ろうとした。
 今日も手料理をと思ったが、やっと二人一緒の夜の時間も、結婚式と披露宴の打ち合わせに出てきてしまった事で、その間にレストランを予約する事で蓮の食事をキープすることに納めたのだった。
 そしてお互いの身体を考えて、キョーコが低カロリーだが栄養のあるメニューを予約しておいた。
 キョーコとしては、出来れば蓮にはもう少し食べて欲しい。だが蓮の食生活は食が細くて維持の為にはカロリーなんとか等が当たり前の食生活を長くしていたお陰で、蓮の体格に合った普通の食事はキョーコの作った料理以外は余り美味しいと思って箸が進まないらしい。そう言われてしまえばキョーコとしては嬉しい反面、蓮の為に腕を振るいたくなるのが好きな人を思う素直な気持ちだ。
 だから今回の食事も予約という約束を、蓮が無碍にすることはないとわかってのキョーコの作戦だ。
 お互いに「約束」を無視しないところはよく似ている。

「そしてその後はお待たせしている教会の神父様との打ち合わせをして、最後は披露宴の衣装合わせね…」
 いつものキョーコなら自分の食事よりも待たせている人達との打ち合わせを先にするのだが、こんな忙しい時だから蓮との食事は楽しみながら食べたい。だが、後者との打ち合わせが嬉しい反面疲れる思いがした。
 そしてキョーコにしては肩を落として小さな溜息を吐いた。
「素敵な衣装が着られるって喜んでいたのに、どうしたの?」
 蓮は予想はついたが訊いてみた。
「ミューズも手伝ってくれるし、嬉しいけどあれも良いこれも良いって言って、次々に衣装を出してきて、私も素敵な衣装だから迷って『これはイヤです』なんて言えなくするんだもの…」
 嬉しい困り事という溜息に、蓮はキョーコの衣装が楽しみでクスクスと笑いだした。
「キョーコが好きな衣装を選べばいいよ。時間をフルに使っても良い。いくつも素敵なキョーコを見せて欲しい。多分ドレスとは呼べない種類の衣装も混ざっていそうだけど、社長も噛んでいる以上は仕方がないと、諦めるんだね」
 それに今回は主役である蓮も、花婿でありながらアルマンディからの宣伝も込めて、何度も着せ変え人形さながらにショーもどきに数着着ることになっている。
 そして社長は毎日、よくもこれほどにと…衣装を変えて現れる姿を想像すれば、普通のドレスばかりが候補にあがっているとはキョーコも思っていなかったが、最初の衣装合わせで見せられた数々の衣装には驚きの連続だった。
「そうなんですよね…。ミューズは社長さんがお好きだから影響を受けている分、余計に派手だとか、愛とか、美しいなら良いとか、その傾向が強いからその迫力に負けちゃうんですよ!」
 確かにローリィの周りにいて、その感覚が影響なしでいられる人物は少ないと思う。あれだけ迫力もある人物の影響を受けないでいられるのは難しい。だからといって現実を思えば、ローリィの感覚は桁外れの規格外だとわかるのだが、少しずつ影響を受けて驚かなくなるのに気付いた時には遅かったとも言える状態だ。
「でも俺は、その代わりに素敵なキョーコを沢山見られるから楽しみだよ」
 蓮は素直な言葉を口にするが、その一方でキョーコの美しさを目にした男が良からぬ事を企むことがないかと心配する嫉妬深い自分がいることも感じていた。結婚という、それこそキョーコは自分のモノとなったと言える披露宴という場であっても、蓮の中のキョーコを独占したいという思いは、キョーコが輝けば包み込んだ指の間から零れるように漏れるだろう。その輝きに人は魅せられ、人のものであろうと手を伸ばす輩がいないとも言えない。
 蓮はキョーコの先輩として余裕のある振りできていた時もあったが、その腕に抱きしめたからこそ失う日を恐れた。一度手にした宝だからこそ、そのかけがえのないキョーコの存在は計り知れないほどに心の中で大きな存在となって蓮を包んでいた。
 もう離すことのない存在として、キョーコとの結婚は蓮にとっては人生の一大イベントと言っていい。本来ならそれは女性側のセリフではあるが、蓮にはキョーコが心の闇から救い出し、そして共に歩いてくれると言ってくれたことが、これからの人生を照らす光となって蓮に生きることを導いてくれたのだ。

「それに結婚式の方には口出しをしない約束は守ってくれた。花嫁のドレスに関しては、キョーコと俺の意見をのんでくれただろ?」
 これだけは蓮もキョーコの気持ちを考えて一歩も譲らなかった。
「それは…それだけは折れたり出来ないわよ。ウェディングドレスは花嫁の夢だもの」
 結婚式は教会で、親しい人だけで、式の後は披露宴とは違うミニガーデンパーティーが短時間だが行われる予定だ。
 二人の交際を陰ながら見守ってくれた人や、極親しい人達だけのガーデンパーティーは、披露宴とはまた違った心を重ねる祝福の場になるだろう。
 教会はホテルの直ぐ近くにあり、ホテル同様に高台に建てられている為、教会を出ると階段から眼下の海が見渡せた。その階段を下りると小さな広場があり、その日は立食のパーティー会場に変わる。
 いつもなら駐車場にもなる場所だが、結婚式に来る人々はその後のホテルの披露宴の客となるので、ホテルの駐車場があればいいということになる。

 キョーコの結婚式のウェディングドレスは、純白の柔らかなレースを何十も重ねたようなふわふわとしたキョーコ好みの夢の中のお姫様が着ているような風合いに、蒼いとも藍色にも水色にも見えるような小さな花が散らされていた。
 最初、蓮は真っ白なイメージでいたが、「この色に見覚えない?」と言ったキョーコの意味が分かると、蓮は嬉しそうに納得をした。
 それは二人が再び出会い、そして気付かせたアイオライトの色に似ていた。光を通せばその色を変え、それ故に蒼く散らされた花も幾重も重なるベールのスカート部分でも同じベールに咲いている訳ではなく、重なるベールの数によって違う色に見えるという凝った作りになっていた。レースのベールが重なれば淡い水色に、ベールの重なりが少ないほど蒼い色に見える。
 蓮が階段を転げ落ちてきたその石に気付き、それは昔の出会いを思い出したきっかけに過ぎなくても、二人を寄り引き合わせた引力のような運命の蒼色。
 花嫁の純白のドレスは、これからを共にする「貴方の色に染まります」という意味を持つとされ、日本でも純白の角隠しと白無垢は、新しい家に嫁ぐ真っ白な「何にでも染まる」事の意味も持っていたらしい。本当のところは昔からのしきたりとなってしまえば何処までが本当かわからないまでも、どちらも新しい場所で、人生を共にする新たな真っ白な気持ちで踏み出すことに変わりない。

「これからは真っ白な私と共に、よろしくお願いします」

 蓮にとって、キョーコはキョーコのままで、蓮の色に染まることなど必要ないと思っていた。それでもキョーコを必要とする自分の中に、自分色に染まって欲しいと思うのは男の我が儘か…? これも独占欲の主張する、自分だけのキョーコでいて欲しい本音だ。
 白い衣装に「これからの色に染まる」という意味も含まれていても、蓮はアイオライトの蒼色なら…二人の運命の中に存在する色は大切にしたかった。
 それに小さな花を散らしたドレスは、キョーコを花の妖精にも見える魔法を持っていた。
「キョーコが花の妖精に見えるよ。でも飛んでいったり消えたりしないでね。君は俺の誰よりも大切な人だからね」
 蓮がやっと手に入れた宝物は、見る度に成長して美しくなり、気が付けばその心を欲しいと思う存在になっていた。先輩と後輩の壁を崩して付き合えるようになった時、何年の時間をかけてその心を、キョーコの全てを待っていたのかと痛感した。


 蓮にとっては一日千秋の思いで、キョーコを強く抱きしめ口付けた日。甘い唇の感触に、キョーコだけでなく蓮も頬を染めていた。
 それは初々しい喜びの口づけだった。
 何度も交わしたこともあった筈なのに、初めて口づけをしたような、嬉しさと気恥ずかしささえ感じるキョーコの唇の感触は蓮を初恋の少年の気持ちに戻してしまった。
『敦賀さん…頬が、気のせいか紅くないですか?』
 頬を染めたキョーコに気付かれて、蓮は口元を手で覆って隠そうとしたが見られていた。
『気のせいじゃないかも…。君と触れ合えて、嬉しいけど子供の初恋が叶ったみたいな気持ち…かな? やっと手に入れた君の心と、本当の口づけ。触れ合うだけで感じた君の唇は、柔らかくて甘く感じた。本当に触れたかった君の心と笑顔に、俺の心はとろけそうだ』
 蓮の言葉に、キョーコの方が心ごととろけて腰砕けになりそうなほど、嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、首までも紅く染めて俯いてしまった。
『敦賀さんの…プレーボーイ! やっぱり遊び人です!!』
 蓮の言葉が照れも臆面もない飾らない言葉故に、キョーコはもっと真っ赤になった。そしてキョーコの照れ隠しの大声が響きわたった。

 そう言えばそんなことを言って、キョーコの気持ちを引き立たせたこともあったと、蓮は思い出し笑いをした。
 だがあの時のことは忘れられない嫉妬心を思い起こさせた。不破のキョーコへのキスが、もう一歩間違えればその唇を奪っていた。思い留まって頬にキスを贈ったが、それだけで不破をキョーコの頭から追い出し自分だけを考えてほしいと、僅かばかりの後遺症を期待した。役者としての誤魔化したキスの説明も、それ以上に頬へのキスが想像以上に多きかったのは嬉しい誤算。彼女の中で俺は少しは期待をしてもいいポジションにいると自覚できた。
『それはあの時の誤魔化しだよ。付き合った彼女がいない訳じゃないけど、自分から誘ったことはないからね』
 蓮の優しい笑みに、キョーコもそれが嘘ではなさそうだと納得した。付き合った彼女がいないと言われたら大嘘だと言い切れるが、芸能界で蓮が女性を誘う姿は見たことも噂もなかった。食欲と平行してと言われると蓮としては本意ではないだろうが、蓮がドラマ以外で女性と親しくしていたのは自分ぐらいだと気が付いたのは、蓮がキョーコにモーションをかけてきた時だ。
『やっと気付いてくれた?』
 そう言ってキョーコの鈍感さを呆れながらもそれが最上キョーコだと大きな溜息を吐かれた。


 そんな記憶もそろそろ1年以上も経ってしまった。
 付き合い出して1年を迎える頃、キョーコの二十歳の誕生日に蓮が正式にプロポーズをして、キョーコは蓮と共に歩く決心をした。もっとも蓮はそれまでの間にローリィに根回しをして、スケジュールは社や椹の手を借りながらも下準備をしていたのはキョーコの預かり知らぬ事で、蓮の準備周到さにキョーコは呆れるしかなかった。
 もし自分が断ったらどうするつもりだったかを問いただせば、「キョーコが俺以外の男と暮らしていく訳がないと思っていたからね」とさらりと答えられて、キョーコに付き合いを切り出す前のヘタレ状態を知っていた社は開いた口が塞がらなかった。



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完成していない上に、連載になってすみません




コメント

結婚式を控えた蓮キョw

キョコさんの包容力と蓮さんのだだ漏れな愛w

素敵ですw

幸せオーラが駄々漏れの蓮さんw
どんな結婚式になるのかしら~

続きが楽しみです♪