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ずっと傍にあったもの 1 (Tempo2.0・sunny)

「あんなヘタレ、ほっとけば良いんですよ」

スラリとした肢体の女優は、本日の爽やかな天気と裏腹に毒を吐く。

「……まあ、その位にしてやってよ。あいつにも思うところがあったんだろうし」
「信用してるといえば聞こえが良いですけど、ヘタレなんですよ」
「そんなにヘタレを連発しなくても…」
「ヘタレをヘタレと言って何が悪いんですか!だってヘタレはヘタレなんですよ?」
「確かにヘタレかもしれないけど、ヘタレはヘタレなりにきっと考えての事なんだよ」

「……やっぱり社さんもそう思ってるんじゃないですか」

眉間に皺を寄せ、その美貌も台無しな表情の女優……

「まあ……キョーコちゃんがそう言いたくなる気持ちは分かるけどね?」

年は成人である二十歳から数年、髪の色は本来の艶やかな黒色に。
誰もが羨むその姿。
頬をバラ色に染め、そっと上目遣いで見ただけで相手は確実に落ちる。

「そのくせ独占欲だけは人一倍強くて…」

以前は普段の姿だと可愛いという言葉がピッタリだったキョーコだが、大人になった今ではすっかり美人と呼ぶのに相応しい。
そして、悪態をついても美人は美人だ。

「まあ、キョーコちゃんはびっくりするぐらい綺麗になったもんね」

しかしながらその本質は以前のキョーコと変わることなく、
内側も外側もキラキラとした彼女には、当然の様に悪い虫はわんさか群がる。
駆除の大半はマネージャーある社の仕事。
しかし、通常よりもサービスといわんばかりに仕事量が上乗せされているのは、件の俳優の気持ちがよく分かるから。

「先日のドラマ、ちょっとラブシーンあったじゃないですか?」
「ああ……あったね。ちょっとだけあったよね。ほんのちょっとだけ」

確かその相手役とは少し噂になり、週刊誌やワイドショーに…。

「事務所に即効、抗議の電話を入れてきたそうです…」
「それは、俳優の癖に面倒くさいね…」
「ええ……面倒くさいですよ。しかも事務所がそれに取り合わなかったからって…」

そこでキョーコの言葉が一度止まる。
チラッと見ると、その表情は心底うんざりとした顔。
社は何となく想像が出来てしまい、うっかり自分もそれと同じような表情になる。

「……何かあったの?」
「ヒズリ家の自家用ジェットで日本に来ようとしたそうです」
「ああ……撮影中なのに?」
「緊急事態だからって……」

共演者との噂話は、番組の注目を集めるという意味も含めて決して珍しい話では無い。
もちろん今回の話もその類のものかと思われたのだが、火のないところに煙は立たないという言葉もある様に、欠片ほどの事実は含まれていた。
要するに共演者の方はキョーコにがっつり惚れたのだ。
ゆえに「真偽のほどはいかに?」とじんわり燻った。
ただ、キョーコの方はそんな気持ちなど微塵も無く、相手が可哀想なぐらいにきっぱりはっきりと否定した結果、噂は波が引くように終息に向かったのだが…。

「それはバカだよね…」

社は遠くにいる俳優に9割。残りの1割を噂の相手に同情の意味をこめて言う。

「バカですね。あんなのどう考えても嘘だと分かるはずなのに」

キョーコは広い空に目を向ける。
そして、彼方へ飛んで行く飛行機を見ながら遠くの人を思った。


―― あの時、あなたは一緒に来てくれという勇気も無かったくせに


当時の事を思い出す。
お互いの気持ちは分かっていたのに、実を結ぶ事がないまま彼は元の世界に帰って行ったのだ。
再会の約束をする事が無かったというのに、数年経った今でもお互いがお互いに囚われ続けている。


――恋なんてやっぱり愚かな事だわ


「これで本当に他の人と付き合ったら、あの人はどんな顔をするのかしら?」
「それは想像するのも恐ろしいね」
「そうだわ。社さんはどうですか?」
「…俺に死ねと?」
「冗談ですよ。有能なマネージャーさんにもしもの事があったら大変ですもの」

敦賀蓮が久遠に戻った時から、社はキョーコのマネージャーになった。
良き理解者である社に、キョーコは時折言葉遊びの様に愚痴る。


――でも


「ねえ、社さん?」
「ん?」

キョーコはすーっと息を吸い込むと、中のモノを一気に出すかのように息を吐く。
そして、何かをたくらむ様な悪戯好きの子供の笑顔で「にっ」と笑うと社に言った。


「いい加減腹が立ってきたから、そろそろこっちから乗り込んでやろうかと思うんです」


決意の女優の言葉にマネージャーの表情が輝く。

「キョーコちゃん、それって!」
「ええ。例のオファー、すすめてください」



それからしばらくして、彼の地にその女優は颯爽と降り立つのだ。


→2
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(2012/2/29『Tempo2.0』Blogに掲載・2013/2/26 加筆修正)
勢いあまって「ヘタレ」増やしましたw
次回から場面はホテルになります。
ちなみに全体的には割と軽い話なので、サラッと読んで頂けたらと思います。