ずっと傍にあったもの 2 (Tempo2.0・sunny)
「キョーコ!会いたかったよ!」
滞在中のホテルにいきなり押しかけてきたのは、見目麗しい長身の男性。
もう至近距離すぎて顔も見えやしないけれど、胸の奥がキューっと締め付けられるような温もりと香り。
懐かしい居心地の良さに一瞬で意識を捕らわれそうになるのを、キョーコはなんとか堪えて言葉を出す。
「どちら様でしょうか?」
感情を抑えるあまりに、思わず腕の中で棒読みで答えたのは愛嬌だと思ってほしい。
日本人にはあまり縁の無いハグの洗礼。
―― ああ、そういえばここはアメリカだったわね
キョーコは、某有名監督からオファーを受けてこの地にやってきた。
目の前の男には、その話を伝えてはいなかったはずなのだが…。
というか、完全に内緒のはずだったのだが…。
―― 事務所の中に裏切り者がいるわね
いい加減纏まりやがれと思っている輩は事務所に多数。
これを期にそれを実行。
長年のモヤモヤ一掃。取り戻せ精神の安定。
愛の使者が率いる世にも恐ろしい計画。
――なんだか、こんな場所で聞こえるはずの無いサンバのリズムが
思わず痛くなる頭をおさえるキョーコの様子を見ながら、
金髪の男は聞き捨てならぬ言葉を言う。
「俺のキョーコは酷いな。久しぶりに会ったというのに…」
「誰があなたのキョーコですか…」
久しぶりに会ったこの人は、日本を出た時に何か色んなものを落として来たのか?
とにかく日本人らしからぬノリで…
―― あらいやだわ。私、全然ついていけないかも?
「とりあえず、ここでは何ですから中へどうぞ」
キョーコだって会いたくなかった訳じゃないし、
お茶の一杯ぐらい飲みながら積もる話をする気持ちだってあるわけだ。
しかし、いきなり『俺のキョーコ』扱いはどうであろうか?
――なんか、頭が痛い
そう思っていると、その思考を読んだかのようにしれっとした顔で言う。
「俺のキョーコじゃなかったっけ?」
「あなたのキョーコになった事が一度でもありましたっけ?」
すると男はそこでようやく腕の中のキョーコを解放し、腕組みをして首をかしげて考える。
記憶を遡り散々考えた挙句、くすっと笑って言った。
「いや…正直に言うと、気持ちの上ではず―――っと『俺のキョーコ』だったんだけど?」
「な!?そんなバカな!?」
「君、よく俺の前にいて無事だったよね?仕事とはいえ、一緒に生活までしてたのに」
「!!」
「あ、違うか?半分無事じゃなかったかもしれない?ギリギリだったし?」
そう言いながら男はキョーコの頬に触れ、首の辺りまで熱を込めてスルリと撫でた。
大きな手とその長い指で、キョーコに自分との性別の違いを存分に感じさせる。
キョーコも十分に大人だ。
この場合の『無事』が何を意味するのかちゃんと理解できる。
そして、当時の自分の無防備さに顔を赤らめた。
「は、破廉恥な!」
「よく俺も我慢したよね。エライよ当時の俺は」
そう言って、一歩前に踏み出す。
思わず後ずさりしたキョーコの脚に当たるものが……。
―― ちょ、ちょっと!後、ベッドじゃないの!?
文字通りもう後が無く、後はふっかふかのベッドにダイブするだけ。
チラッと後を振り返ると、一人で寝るにしては随分と大きなベッドである。
しかも、夢見るようなお姫様ベッド。
この部屋に入った瞬間、テンションがあがった自分を思い出した。
しかし…
――そういえばこれ、あきらかにシングルじゃないわよね!?
嫌な予感に一瞬表情が強張ったキョーコ。
その様子を見て楽しそうに目の前の男は笑う。
「あ!そういえば、俺も今日からここに泊まるから」
「うそっ!?」
「あれ?聞いてなかった?」
ああ、世の中にうまい話などありはしないのだ。
――あ の く そ 社 長 !!!!!
→3
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(2012/3/2『Tempo2.0』Blogに掲載・2013/2/26 加筆修正)
ちょっと訳有りで名前はあえて出しておりません。