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その扉の向こうへ… 4 (スウィート・ムーン・山崎由布子さん)

「先ほど、敦賀様には二つのお名前があり、その意味にもいくつもの思いが存在すると思うのです。その意味の深いお名前を、まだ日本の芸能界で知られていないでしょうお名前を、誓いの時に言ってもよろしいのでしょうか?」
 日本では敦賀蓮としての名前でのみ知られ、神父も式を挙げることで初めて知った本名だ。参列者の中にも知らない者もいるかも知れないと危惧したのだ。
「はい。大丈夫です。クオン・ヒズリこそ…本当の名前ですから」
「わかりました」と神父は言いながら頷いたが、それで神妙な顔で蓮に向かって言った。
「言霊という言葉があります。言葉にすることで、もう一つの名前といえどもその名前に力と魂が籠もります。芸能人や作家など、もう一つの別の名前を持たれた方には、その名前も意味を持って魂を持ちます。敦賀蓮というお名前には、日本での芸能人として魂があるという事でよろしいのですね?」
 神父は念の為というように訊ねた。
「はい。日本で生まれ変わる為に貰い受けた名前です。愛着がない訳ではありませんが、キョーコとの結婚は俺自身との結婚です。クオン・ヒズリと最上キョーコが、永久(とわ)に過ごそうと結ばれる挙式です。神の前で本当の名前で、誓いをたてます」
 蓮はキョーコとの出会いが、あの京都の河原から始まり自分を人として生きる明るい道へと導いてくれたのだと、心の底から思った。
「父が日本人とのハーフであることもあります。芸能人としての芸名、敦賀蓮というのは日本人としての名前であり、クオン・ヒズリは本名であることを、式の翌日の会見で正式に発表しますので、かまいません」
「わかりました。クオン・ヒズリと最上キョーコの結婚の儀を、私が永久の誓いと共に祝福させて頂きます。神の御心のままに…」
 神父は十字を切って手を合わせると神への祈りに頭を垂れて目を閉じた。
 蓮とキョーコはその姿に同じように両手の指を組み合わせて、祈りと祝福に感謝した。
 それからは当日の手順を照らし合わせるように打ち合わせをした。
 結婚式の二人の衣装はすでに決まっており、ホテルで用意している衣装を教会の2室を控え室として運び込んで、ミューズを中心とした衣装やメイクのプロ達が、花の妖精のキョーコを咲き誇る美しさに仕上げていくことで話は決まった。
 蓮はアルマンディの最新の花婿のスーツを選び、キョーコの花の精に添い遂げる王子様のような三揃えのスーツは、その道のプロともいえる人々を溜息の渦に巻き込んだ。
「では、部屋はお着替えにはお二人で一部屋づつ控えの間をご利用ください。当日は他にお式を入れておりません。世俗とは離れた生活をしていましても、お二人の注目は大きいと存じております。こちらなりに配慮させて頂くことがありましたら、ご遠慮なく申し出て下さい」
「ありがとうございます」
 その後は控えの着替え室の位置の確認や、挙式を挙げる教会の中心ともいえる祭壇のある大聖堂に来て、キョーコはその美しさに心を奪われた。時刻もある為に大きな灯りは落としてあるものの、ロウソクの優しく暖かな光で輝くステンドグラスや壁に掲げられた聖なる絵画が、キョーコを夢の世界へと連れて行ってしまった。
「京子様?」
 その様子に神父が声をかけると、蓮がそっと人差し指を立てて静かに見守って欲しいジェスチャーをした。
 いつまでもゆっくりは見ては居られないが、この美しさは少しだけキョーコに味合わせてあげたかった。
「素敵ですね…」
 ほぅ…と溜息を吐いて少しだけ現実に戻ってきたキョーコが呟くと、蓮はそっと寄り添い、「ここで俺達は夫婦の誓いを交わすんだよ」言いながらキョーコの肩を優しく抱き寄せた。
 その二人の姿に、神父は既に二人の心は寄り添い夫婦と同じだと、挙式の日を待ち遠しくさえ思った。
 そして笑顔の二人は神父への挨拶と、当日もよろしくお願いしますと頭を下げて教会を後にした。
 そして今夜の嬉しいようで頭の痛い衣装合わせにホテルへと帰った。


 徒歩で、裏道のような高台の道をホテルに向かう二人だが、キョーコがまたうっとりとした溜息を漏らした。
「どうしたの? 教会の美しい大聖堂を思い出した?」
 蓮が、目をキラキラさせて教会のロウソクの灯りの幻想的な美しさに心を奪われたキョーコを思い出して訊いた。
「教会も素敵だったけど、やっぱりホテルも素敵ね」
 歩いて近付くホテルが、裏道から見ても闇夜に浮かんで見えた。
「暖かい照明で闇に浮かび上がって?」
「それもあるけど、少しだけ現実から離れた場所に来た感じで、お仕事をする毎日がイヤって訳じゃないけど、偶にはこんな風に息抜きするのも悪くないわね」
「でも、まだ衣装合わせが残っているよ」
 蓮が指摘すると、その為に神父様との打ち合わせ後の教会の中を見るのも程々にして、こうやってホテルへの道を急いでいるのだ。
「それは、こうなったらマネキンにでもなったつもりで、でも素敵な衣装を着るのは楽しまないともったいないわ」
 キョーコは次々と着る衣装の素晴らしさに、大変なことは二の次だと気持ちを切り替えることにしている。
「俺はモデルの仕事で慣れているけど、キョーコはCMで衣装替えの大変さもいくらか知っているか…」
「蓮ほどではないけどね」
「ただ今回は自分の為だし、社長もかんでいるし、ミス・ウッズもいるし、……普通にいかないだろうからね…」
「社長さんもミューズも、私を着せかえ人形と間違えて楽しんでいないかと思う時があるもの」
「なきにしもあらずだね。俺達の幸せを思っての行動も、どんどん膨らんでいってるからね」
 予定として取り決めたことも、社長の思いつきで二人の結婚式という愛の祝い事だという理由をこじつけて、何処まで派手になるのか…予想するだけ無駄だと思いながらも、蓮とキョーコは顔を見合わせて諦めの溜息を吐いた。
 結局はローリィを普通の尺度で測ることなど出来ないと言うことだ。愛を語れば止まらない、愛の伝導師のエネルギーは尽きることがない。


 そしてホテルに帰ってくると、今度も裏口から今夜泊まる部屋へと案内された。
 先程は大きめな荷物を預けただけで部屋には寄らずに食事や教会へと行った為、挙式当日の部屋とは違うと言っても、多分規模はあまり変わらない部屋だと聞いていた。
 これからの衣装合わせの為に、広めの部屋が3部屋ほどある大きな部屋を予約していたのだ。蓮用に1部屋、キョーコ用に2部屋。いくら大きなホテルとはいえ、それだけの部屋を何部屋も持ち合わせているとは思えなかった。
 披露宴のことは、社長のこともあり下手に色々考えると頭が痛くなりそうだと、キョーコは部屋へのエレベーターを、式当日のことに思いを巡らせていた。
「クー・ヒズリ…貴方のお父さんが来るのよね……」
「いやかい?」
「そんな訳ないわよ」
 蓮の言葉をキョーコはあり得ないわと言わんばかりに否定した。
「でも、何かある?」
「クー父さんが参列して、しかも私のお父さんの役まで、蓮の横にエスコートしてくれるなんて…」
 キョーコには元から父という存在は知らなかった。でも今は、だるまやの大将が無骨ながらも逞しく優しい父ともいえる人がいる。
 そして、ラブミー部の仕事で、クオンを演じることで出来た絆は「お前の父さんだ。止めたつもりはないぞ」と、優しくて厳しい父さんとなったクーという存在もできた。しかしまさかそのクオンが蓮であり、これから本当の娘になるなど予想だにしなかった時のことだったが、これも縁の深さだと思えた。
「キョーコが俺の伴侶となって、父さんにとっても本当の娘になることは、凄く喜んでいるから大丈夫だよ」
「こんな私がクオンの妻になるなんて、そう思われてない?」
「だから大丈夫だって…。それよりも困ったのは母さんが仕事でどうしても来られないことだね。タイミングが悪かった」
 電話でもメールでも、なぜ私が行けない日に決めてしまったのかと、日にちを変えて欲しいと泣きついてきたのだ。いつもの如く、「私の命日はあなた達の結婚式の日だわ」と言ったとか。
 かといって蓮やキョーコも芸能人としてのスケジュールがある。特に蓮は休みが殆ど無いほどの忙しさの中に、社が捻りだした結婚式だ。ハニー・ムーンにも行けないが、日にちを開けて旅行に行けるようにと社もスケジュールを空けると言いきり、社長もゆっくり行けるようにするからと社のスケジュール管理を後押しした。
「ジュリエナさん? ジュリエナお母さんにもまともな挨拶もしていないわ」
「でも先日電話では挨拶できただろ? お互い忙しいからと、納得とまではいかないけれども、諦めてくれた。その代わりビデオに撮って父さんが帰る時には持って来るようにって、しつこいぐらいに頼まれたけどね」
 丁度ジュリエナはモデルの仕事で毎年恒例のショーがあって来られないことが分かったのだ。我が儘なようでもプロのジュリエナは泣く泣く諦めたということだ。
「でもそのビデオは誰が撮るの?」
「決まっているだろ。社長が既に手配していて、仕事で来られない招待したかった人達にも配ると訊いたよ」
 流石…愛を語る社長の行動は、来られないが二人への愛情を持っている人達にも、二人の幸せな姿を多分膨大な量になる録画されたものが配られるのだ。もしかしたら、披露宴に来た人達にも後日また配られるかも知れない。それは引き出物の追加として…。
 そう考えると、いつまでも変わらぬ愛の使者のお節介とも取れる行動は、何処までエスカレートするのかと、嬉しい反面二人の溜息へと変わった。
「社長のことは今更気にしても始まらないよ。余り恥ずかしいところまでは撮らないで欲しいけどね。何度も見返す人はいないだろうけど、仕事で会った時のネタにされそうだ」
「そうね…」
 2人は想像して、再び深い溜息を吐いた。