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その扉の向こうへ… 5 (スウィート・ムーン・山崎由布子さん)

 そしてホテル側との打ち合わせは至極簡単なものになった。それよりも社長側の披露宴の計画が何処まで練り込まれているかと言うところが肝心だ。
 社長の『愛』の為の披露宴は、どこまでも限りなく…際限の無いほどに広がっては、ホテル側にも毎日のように連絡が入るとその時聞いた。

 そしてキョーコと蓮の衣装合わせが大変だった。
 キョーコに関しては、テンことジェリー・ウッズ、キョーコがミューズと慕う美容師が腕を振るって予想以上のドレスが用意されていた。
 打ち合わせとして最初の日はここぞとばかりにお姫様から何処かの国の華やかな民族衣装まで幾つも用意され、妖精の国の美女も在れば妖しげな妖女まで、よくぞここまでバリエーションがあると思うほどに用意されていたのだ。
 キョーコも予想はしていたが、ここまでとは開いた口が閉まる暇もなく着せかえを繰り返した。丸1日かかってしまうほどの数で、キョーコも途中から数が分からなくなる程だった。
『キョーコちゃん。貴女の素敵な門出なのよ? 豪華でも派手でもいいじゃない? その衣装が似合うなら盛大にお祝いしましょう。蓮ちゃんのハートを捕まえて離さない、最高のキョーコちゃんを見せてあげなさい!』
 憧れのミューズにそう言われて説得されると、キョーコにはイヤとは言えず用意される衣装を身につけてはキョーコの好みなどを入れて、テンがいくつかに絞り込んでいった。それでも絞り込めずに衣装合わせの日にちは増えてしまった。
 そして蓮も、自社のモデルでもある蓮の服ならと、モデル料を考えてカメラに写ることを考えればタダで宣伝してくれると何着も薦められた。花嫁ほどではないが花婿がこれだけの衣装替えを、普通の花嫁でもこれだけのお色直しをする例はまずないだろう程の数になった。それは純粋に蓮のファンを女性を喜ばせた。

 今日の最終に近い衣装合わせに、ミョーズは仕事が入って来られないと言っていた為、メインのスタッフ達との最終衣装やサイズ合わせがメインとなった。
 二人とも仕事柄体型の維持はしていることもあり、サイズ直しはまずいらないと考えていた。しかしキョーコの胸のサイズがワンサイズほど大きくなった感じをスタッフの一人が気付いた。
 そのスタッフはキョーコのサイズを測りながらチラッと見上げると、微妙に引き吊ったキョーコの顔を素知らぬ顔で視線を反らせながら言った。
「多分ホルモンバランスの加減で張りが出ているんじゃないかしら? この位の変化は着た時にパッドを抜いたりして合わせられるから大丈夫です。普通にもあることですから。それに加えてあの旦那様ですもの、大事に愛されることで女性ホルモンも活性化されているんじゃないでしょうか? 京子さんも忙しいとホルモンバランスとか、月のモノがずれたりもするんじゃないですか?」
「ええ、それは偶にあります」
「幸せなご結婚を控えてお仕事も順調でお忙しいから、幸せのホルモンがでて女性らしい身体つきがより磨かれているんでしょうね。羨ましいことです」
 スタッフの中では年上の女性スタッフは、そう言いながら優しく微笑んだ。

 キョーコはその微笑みにほっとした。助かったと思ってもいい。
 何故ならキョーコの胸は張りが出ているだけでなく、最初の衣装合わせの時より実際にワンサイズ大きくなっているからだ。
 今のキョーコは蓮と共に暮らしている。以前よりも共に過ごす時間が増えれば愛し合う時間も増えてきた。
 愛し合えば胸が大きくなると言う説もあるが、それよりも触れ合うことで女性ホルモンが胸を大きくするとも言われている。キョーコの胸は元々が形はいいが普通サイズだったのが、一回り大きくなっただけで形がいい分よりボリュームが出た感じになっていた。
 女性ならある程度の胸のボリュームは喜ぶところで、キョーコも女性らしい豊かな胸や色気があればと思う普通の女性の一人だ。だから素直に喜びたいところだが、それが蓮と愛し合うことでボリュームが出たとしたら、嬉しいよりも恥ずかしさも感じるのがキョーコのキョーコたる所以だ。それだけ二人の仲が濃密だと言っているようなものだからだ。
 愛する人との好意なら、何も恥ずかしがることはない。正々堂々と愛されている喜び、愛している喜びの副産物だと思えばいい。
 スタッフの機転の利いた言葉は、キョーコの恥ずかしいと思う気持ちをそっと察してくれた優しい言葉だった。
「もうすぐ花嫁になる女性は、色々とストレスでホルモンバランスも狂いがちです。京子さんも気を付けてください。お仕事も忙しいようですから、マリッジブルーにはなる暇もないようですけど」

 確かに今のキョーコには悩んでいる暇がない程に忙しい。
 それでも蓮と暮らすマンションに帰れば、更に遅くまで仕事をこなす蓮の為に食事を作って待つ時間は優しく流れている。
 今、こうやって蓮と法律的にも夫婦になろうとしている時間が、夢であったらと不安になる時もある。でもそんな時には、蓮が言葉で、行動で愛していると伝えてくれる。
 蓮の優しい笑みに、この幸せは逃げはしないとキョーコは思った。
 不安になることはあるかも知れない。でも蓮との時間が消えることはないと、蓮の笑みや寝顔を見ていると思えるようになってきた。


「今夜の打ち合わせには、ミス・ジェリー・ウッズは来られないのですか?」
 キョーコと同じくらいの年らしい見習いのスタッフは、まだ少女と言える初々しさがあった。若いながらもこうやって仕事に来るぐらいだ。仕事の素質もあるのだろう。そしてその気持ちを真っ直ぐに伝えたい若さも持っていた。
 キョーコがミューズと呼び親しみと憧れを持つ女性は、美容界の魔女とも呼ばれ、「十分で運命を変える」と宣言するその言葉通り、その人が持っている美しさや可愛らしさも別人のように新しい素顔を見せてくれるのだ。
 そんなミューズに同じ業界の人間なら憧れて会いたくなるのも無理はない。これから同じ仕事を目指すなら、素晴らしい先輩の技術を学び、盗むほどの勢いで吸収もしたい。
「今夜もミューズは忙しいらしいわ。予定が入っていると訊いてるの」
「ミューズ? …そうなんですか…」
 キョーコの呼び方に少し驚きながらも、少女のがっかりした声と、まだ新人のくせにそんな欲張りだと先輩の視線は厳しい。だが自分もまだ会ったことは無いというスタッフも多く、「美容界の魔女」に会ってみたいと思うのはミーハーな気持ちだけでもない。
「私の最初の衣装選びと、殆ど決まった衣装合わせは時間を作ってきてくれたわ。また直前に一度髪型から衣装までのトータルコーディネートをしたいと言って下さっていたの。ミューズの仕事が速く終われば駆けつけたいとも言ってくれていたけど、此処は仕事場からも離れているし、難しいと思います」
 キョーコはミューズが自分を思って無理をして倒れることもないようにと、そう思いながらも今夜もミューズの現れることを少しだけ期待していた。
 そして今のスタッフ達との衣装合わせを、大変だと思いながらも最終決定としてフィッティングをしていった。

 そしてそんな中、ミューズことテンは忙しくとも二人を見守っていたからこそ…結婚式まで二人をサポートしたいと、今夜の仕事も早めに仕上げると、深夜の車を飛ばして最後の打ち合わせに間に合わせた。
「キョーコちゃん! 何とか少しは手伝えるかしら?」
 部屋に飛び込んできたテンは、大好きなキョーコを抱きしめ、その晴れ姿に幸せの笑みを見せた。
 そんなテンに、キョーコは嬉しくて泣き出してしまった。
「キョーコは最近、涙腺が緩いからね」
 蓮は自分のフィッティングが終わるとキョーコの部屋に来て見たいと言ったが、キョーコが当日までの楽しみにして見ないで欲しい言っていた。似合わない衣装があったら恥ずかしいと思ったのだ。そこをテンの案内をしながら、どさくさ紛れに蓮も入ってきた。
 そしてテンが抱きしめ、見せた笑顔にキョーコの涙がこぼれ落ちていった。
「ミューズ。遅いのに来て下さったんですか?」
「キョーコちゃんの幸せの衣装を、私が仕切らなくてどうするの?」
 何を当たり前なことをという言い方でテンが答えた。
 まさにローリィを愛する女性らしい言葉に、キョーコと蓮が小さく吹き出した。
「二人とも、なにがおかしいの?」
 テンにとっては当たり前のことだと思ったことを、二人だけが吹き出したのだ。
 しかし周りのスタッフ達には、ミス・ウッズが親しいキョーコの為には自分も力を貸したいという意味でしか分からなかった。
 テンがLMEの社長であるローリィを最愛の人としてダーリンと呼び、いくら好みの人とはいっても年もいくらか離れている。その上にローリィの愛に対する行動や普段の服装を見ていれば、二人が吹き出した意味も分かっただろう。
「社長みたいだってことです。ミス・ウッズには普通に感じることでしょうけど…」
 蓮が分かりやすく説明したが、テンには愛するダーリンと同じと言われたことの方が嬉しかった。
「あ、蓮は入ってきたらダメでしょう! ミューズを案内してくれたら、他の部屋に行ってて下さい!」
 嬉しい予想外のミューズが現れて気付くのに遅れたキョーコが、フィッティング中で動けはしないが言葉で蓮を追い出そうとした。
「はい、はい。でも一つお願いだ。そのドレス素敵だから、本番でも着て欲しいな」
 抱かれたい男No1の敦賀蓮が、とろけそうな笑顔でそう言って部屋を出ていくが、そんな蓮をキョーコは普通の恋人として会話をする姿が、蓮に憧れるスタッフには羨ましいほどに対等だと感じた。

 実際のところはまだまだキョーコの中で追い付いていない気持ちもあるが、それでも共に生きていくパートナーとしては同じ位置に立てるように、役者としてもまだまだ先の人だとしても、差し伸べてくれた手を取れる位置に追い付きたかった。
「じゃあ、お邪魔な蓮ちゃんは出て行ってくれたから、続きを始めましょうか」
 テンの言葉に回りもまた驚きで目を丸くした。
 敦賀蓮を「蓮ちゃん」と呼べる、美容界の魔女はどんな人かと驚きが走った。
 まず見た目が小柄で可愛らしい。その上、年齢不祥で幾つか分からない容姿。それでいて魔女と呼ばれるほどの美容師としての腕は超一流で凄腕なのだ。魔法をかけられると言われるほどに「美容界の魔女」と噂される。噂だけでその姿を初めて見た人には、小柄でこれほど可愛らしい容姿でありながら、どんな魔法が見えるのか想像がつかないだろう。
「キョーコちゃん、最初の衣装合わせの時より少しシルエットが変わったわね」
 披露宴用の衣装を身に付けていても、テンの目にはキョーコのスタイルの変化は直ぐに分かった。
 キョーコは恥ずかしそうに小さく頷くが、テンはにっこりと笑って嬉しそうだ。
 キョーコが今着ているのは、透明なストラップが一応付いてはいるがビスチェタイプになった真紅のロングドレスで、後ろは少し長めに引きずるデザインになっていた。その為、胸元のラインが胸を強調するようになっていて、胸が寂しいと言っていたキョーコには適度な張りが出たお陰でストラップも要らないと感じられた。
「このストラップ、思い切って無しにしない?」
 透明なストラップなのだから、近くに寄らなければ見えないのだが、それでもキョーコのスタイルの良さが見える肩から胸元になると邪魔に見えるのだ。美しいものは美しいままに見せたい美容界の魔術師としての目がキョーコを見つめて説得をした。
「えっ!? ミューズ、もし胸元が下がって胸が見えたりしたら…」
 大恥どころでは訊かないことになると、キョーコはテンの申し出をとんでもないと断ろうとした。
「大丈夫。キョーコちゃんはもっと自信を持ちなさい。自分の持っている全てのことに…。あなたはとっても素敵なものを沢山持っているわ。私だってキョーコちゃんが失敗するようなことは強要しないわよ? それに私もキョーコちゃんの為に協力するわ。素晴らしい披露宴にしましょう」
 テンの笑顔の言葉に、キョーコは幸せを噛みしめるような泣きそうな笑顔で頷いた。
 それからも残りの数着をテンとスタッフ達でキョーコに着せてはキョーコとテンを中心に選んでいった。テンの顔つきもキョーコの友人というよりも、プロの顔になってのチェックも入る。


 一番最初と次の打ち合わせには、合わせて20着以上の衣装が用意されたが、流石にそれらを全て着ることは無理だった。キョーコになら着こなせることは出来ても、時間的に無理がある。初めはお姫様気分ではしゃいでいたキョーコも、着替えの大変さもあるがメイクを含めれば、3時間の披露宴に7、8着が限度だと決まった。それでもキョーコ自身は落ち着いてメインのテーブルに座っていられる時間はそれほど長くない。

『花嫁のお召し替えです』
 そんな司会者のアナウンスで席を立ったり座ったりして、落ち着くはずの正面のイスに座っていられるのはいいところ十分かもしれない。

「嬉しいほどの衣装だけど、これだと蓮と話したり、料理を味わう時間がないわね」
 キョーコがそうこぼすと、蓮も5着ほどを忙しく着替える為、お互いの衣装をゆっくり見られるか分からないと溜息を吐いた。
「愛の使者の用意することだから、後で録画したものを見せて貰うことにしよう」
 ただただ呆れた二人だった。

「この感じならまたイメージを変えて、こちらの衣装も似合うわよ!」
 ハートマークを付けたような嬉しそうな声で、キョーコの晴れの舞台を賑やかで豪勢に飾りたてようと、ミューズという愛の使者もキョーコ達の為にも張り切って最後の衣装合わせを手伝った。テンも他の仕事を終わらせて駆けつけて来てくれた。自分達を思う気持ちで疲れも見せないで衣装を選んでくれることが、キョーコには嬉しくてたまらなかった。
 そして最終に近い今回の衣装合わせで、日付が変わる前にはミューズの提案も含めた衣装が絞り込まれて、キョーコはクローゼットやベッドに並べられた衣装の数々に、溜息と共に喜びもこみ上げて幸せを感じた。


「これでキョーコちゃんの衣装は決まったわね。後はキョーコちゃんが体調を崩さずに、そして私達がメイクなどのお手伝いをするわね。幸せになってね。キョーコちゃん」
「ミューズもお忙しいのに、来て下さってありがとうございました」
「キョーコちゃんと私の仲じゃない。それに私も蓮ちゃんと二人が幸せになってくれたら、すっごく嬉しいの」
 テンが微かに涙ぐむ姿は、周りのスタッフには仲のいい姉妹のように見えた。
「ミューズ…。ありがとうございます」
 二人は抱き合って、もうこの後結婚式が始まるのかと思える雰囲気さえした。
「あと…他の方々も、私達の我が儘で遅くまで申し訳ありません」
 衣装合わせに付き合わせてしまったスタッフ達にもキョーコは深く頭を下げた。
 スタッフ達は京子のように若くとも売れてきた芸能人が、一般の自分達に対してこれ程恐縮した言葉をかけてきたことに驚いた。
 確かにスタッフ達は本来のシフトからすれば、ここまで夜中にかかる時間に仕事はまずない。大幅残業だが今回の仕事に関してはローリィが残業代なども大幅に負担することで懐的には納得できる仕事になっていた。
 そこにキョーコが心から申し訳ないと挨拶してきたのだ。スタッフ達もこの仕事を、キョーコと蓮との披露宴までの仕事を、心を込めて祝福したいと思った。
「そんなことはありません。私達は幸せになる方達のお仕事を頂いて光栄に思っています。花嫁は幸せになることだけを考えてください。私達はそれをお手伝いすることが仕事です。京子さんと敦賀さんの幸せのお手伝いをさせてください」
 スタッフの年長者が気持ちを纏めて言葉にすると、他のスタッフ達の笑顔と頷きが返ってきた。
「…ありがとうございます。よろしくお願いします」
 再びキョーコはテンやスタッフに頭を下げ、疲れてはいるものの皆が笑顔で衣装を片づけて帰っていった。