その扉の向こうへ… 7 (スウィート・ムーン・山崎由布子さん)
やがて忙しい二人の日々が駆け抜けて……。
そして昨夜の雨が嘘のように、6月の晴れ渡った空が全てを祝福するような、青々とした晴天が広がった。
教会のとある部屋を3回ノックする男性が一人。
今日という日を待ち望んでいた中で、待ちきれなかった一人でもあるのは、クー・ヒズリというハリウッド俳優であり、敦賀蓮と名乗りながら一人の人間として成長したクオン・ヒズリの父親だ。
そしてキョーコとも親子としての縁を結び、そんな二人の子供が永遠の愛を誓う事がどれほど嬉しいかと…忙しい中を裂いて時間を作り、昨夜遅くの飛行機で日本へとやって来た。
『ジューン・ブライド』
6月の神様であるジュノーは結婚の神でもあり、この季節は天気のいい西洋ではジュノーに幸せをあやかりたいと結婚式を挙げる者達も多い。
しかし日本では梅雨の時季になる為、式を挙げるには天気としては怪しいものだ。だが、それならばその天気も味方に付けられるなら、天も祝福する結婚式として最高に幸せになると解釈する者もいる。
「この晴天も、クオンとキョーコ達を祝福する神からの贈り物だろう…。そしてクオンに愛され、神に愛されたキョーコはどれだけ綺麗になったか、楽しみだな」
まだクオンとの再会を果たせないながらも、キョーコの役者としての成長を促し磨く為に、クオンを演じることを
キョーコの課題とし、親子の縁を結んだ時からの時間を思った。
クーは呟きながら思いを馳せていると、部屋の中から「どうぞ」と声がかかった。
ドアを開ければテンを始めスタッフが数名と、キョーコだけでなく蓮も居た。スタッフ達はキョーコへの手伝いが終わって、出ていく用意をしていたところだった。
「失礼します」とスタッフ達が出て行こうとする中で、キョーコはテンの指を握り、まだ居て欲しいと目が訴えていた。テンは親子水入らずに邪魔をするつもりはなかったが、何かがキョーコを不安にさせているのだと察した。
その瞳にテンはキョーコに笑みを向けるとそのままキョーコの横に立っていた。
部屋の中には縁のある者が残り、ドアが閉まった。
息子に一言言おうとしたクーだが、キョーコの美しさに吸い寄せられるようにその前に立った。
真っ白で柔らかな光の中を、ウェストから下のスカート部分を小花の散らされたウェディングドレスのキョーコは、長椅子のソファーに腰掛けていた。窓辺から降り注ぐ光には天使も舞っていそうな可愛らしくも清楚で美しい花嫁に、クーは同じイスに腰掛ける息子よりも先に声をかけた。
「……キョーコ…。最高に綺麗な花嫁だ。お前がクオンの花嫁となることを、幸運に思うよ」
クーはその姿だけでなく、少しだけ不安を覗かせながらも清らかで美しいキョーコの表情が、あのクオンを演じて見せた少年とは別人のように美しい女性に成長していることが嬉しかった。
クオンとの日々がキョーコを美しい女性として成長させたのなら、クオンを変えたのもまたキョーコに違いない。
「先生…」
「父さんだ。何度言わせる気だ? そして今日からは本当の親子だ」
息子の伴侶となる素晴らしい女性となったキョーコ。
あの時、クオンを説得に来た時に、ローリィのお陰でキョーコと出会いその演技力の輝きに、もっと磨き上げたくて、その輝きが今…目の前で素晴らしい女性となって花咲、甘い香りさえ漂うほどの魅力を持って咲き乱れている。
「私でいいのですか? クオンの花嫁になるのは…」
「何を言う? お前を選んだクオンの目が高いと誉めてやりたいとこだよ。それに、今のお前はこの蒼い花のせいもあるだろうが、花の妖精に見える。ジュノーが側に置きたくて迎えに来そうだよ。それぐらい今のお前は美しく、周りからの祝福を受けている。今日の晴天がその証だ」
愛を語ればローリィに劣らぬクーだが、キョーコの美しい花嫁姿には溜息がでる程に直ぐに言葉にならなかった。
「父さん。息子の俺は視野に入っていないの?」
蓮はキョーコにばかり構うせいで困っている姿に声をかけた。
「それよりもキョーコの美しさに心を奪われるさ。違うか? 我が息子にして、この最高の花嫁を娶る幸運の花婿よ?」
にこやかに幸せそうに言われて、蓮は否定できなかった。
日毎に美しくなる恋人は、今日の日に妻となる。しかしその形は変わっても、誰よりも大切で愛する美しい人に代わりはない。だからこそ、その美しい宝物を欲しいと思う邪な者が居ても不思議ではない。
蓮もウェディングドレスは見ていたのだが、キョーコのナチュラルでいて美しさを引き出すメイクと共にその姿を見ると、本当に妖精や神が迎えに来てしまわないかと心配になるほどだった。
「それにしても…クオンは素晴らしい花嫁を得ることが出来て幸せだな。もちろん私のジュリエナも最高に素晴らしいが、キョーコを得たお前も最高に幸せだろう?」
クーとしてもキョーコと過ごした日々の中、キョーコの繊細でいて気が強く、そして遣るべき課題はこなしてしまう努力家で、その心の中には癒される時を待つ傷があった。
「他の誰かに穫られるつもりはありませんよ」
「そうか。そうだな。キョーコを選んだお前の目は確かだよ。暫く経ったが、素晴らしい女性になったな、キョーコ? 幸せかい?」
クーの言葉に、嬉しさにキョーコの目から涙がこぼれた。
キョーコの不安はクーが息子の花嫁になることが認めてもらえるか不安だったのだ。
「あら、キョーコちゃん。メイクが崩れるわ。嬉し涙はまだもう少し先にしてね」
テンがキョーコの目元をティッシュで優しく押さえた。
「それにしても…」
「どうかしましたか?」
「ジュリが来られなかったことを泣いて悔しがるだろうと思うと、それがけは気が重いな」
クオンの花婿姿を、そしてキョーコのこの姿を録画したものでしか見られないとなると、何度も見返しては感動してみたり、どうして日本に行けなかったのかと、今更ながらに何度も言いそうで溜息がでた。
「ああ…、母さんなら無理なことが決まった時にはわかっていたでしょう?」
「分かっていたが、以前のクオンの時も何度も泣いては困った。その時よりも…クオンも、そしてクオンそっくりに演じたキョーコが美しい花嫁となった姿を、二人の成長した姿を、生で見られないとなったら、あの時よりも何度も言われることだろうな…」
出会って熱烈なプロポーズの末に結婚し、いつまでもラブラブな毎年新婚カップルのクーにはジュリエナの性格など分かっていることだが、目の前の二人を見ることでジュリエナに直接見せて上げたいという気持ちも出てきたのだろう。それだけ二人はあの頃よりも成長し、キョーコもより美しい女性となってクオンと寄り添っていこうとする姿は輝いて見えた。
キョーコはクーに受け入れられたことで緊張が解けたのか、テンを捕まえていた手が放れた。
テンは蓮の全てを知っている訳ではないが、ローリィに頼まれて髪を染めたりと接しながら、見かけよりも成熟した面と子供のように当たり前と思ったことを知らないアンバランスな、不思議な少年だと思っていた。それは精神的にも何か陰を見せてみたり、笑顔で隠したりもした。成長するにつれて陰の部分は人には見せないように上手に隠すことを覚えたが、キョーコとの出会いが隠していても見えてしまうことで、気付けばお互いの心の陰の部分を癒して包み込んでいき、心の奥深くで結び合って一つになれたのだろうと、テンは思った。
「キョーコちゃん。今日の貴女は誰よりも、いつよりもとても素敵よ。とっても綺麗よ。教会中の人に憧れの溜息を吐かせてあげなさい!」
テンは心の底からそう思った。
今日の二人ほど…幸せに輝き、そしてこれからもずっと幸せな時間を過ごすカップルはいないと思うほど、キョーコも蓮も幸せな笑顔を浮かべているのだから…。
そして時間がくると、教会の中…ミサも行われる祭壇がある大聖堂の扉の前に、キョーコはクーの腕に手を掛けて立っていた。
先程まで一緒にいたテンは結婚式に参列するが、他のスタッフは披露宴の準備の為に先にホテルへと向かっていた。
蓮は花婿として、キョーコを祭壇の前で待っていた。
キョーコの胸は緊張に大きく音を立てて、だが直ぐ横に立つクーが優しく微笑み掛けると大きかった鼓動が少しだけ落ち着いてきた。
「キョーコ、落ち着いて。最高に綺麗だよ。我が娘」
クーに言われてキョーコは照れてしまう。親子だから当たり前だが、クーと同じ笑顔の向こうに蓮の笑みが見えて、その神々しさに嬉しさと同時に恥ずかしいような気持ちにもなった。
「幸せになりなさい、キョーコ。そして幸せにしてやってくれないか、クオンを…」
「……はい…」
目の前の扉の向こうには、身内だけでと言いながら、やはり自分の幸せな姿は見て欲しい人達が待っている。
自分を愛する人がこの祝福の時を待ってくれている。
僅かな緊張はあるものの、キョーコは微笑みながら大きな扉を見つめた。
「扉を開けてよろしいでしょうか?」
二人が顔を見合わせて頷いた。
二人の若い神父が重厚な祭殿への扉を開けた。
大きな扉はゆっくりと、そして重々しい音を立てながら開いていった。
参列者達はその音に振り返り、キョーコのウェディングドレス姿に溜息で見取れていた。式の間はおしゃべりは出来ない為、目ではうっとりとしてキョーコの姿を賛美していた。
「行こうか、キョーコ。私の娘になる最愛なる娘、キョーコ」
「……はい」
もう言葉などいらない幸せをキョーコは感じた。
クーと本当の親子という縁を結び、その左腕にはキョーコの腕が添えられ、ゆっくりと歩みだした先に待つのは…蓮。
クオン・ヒズリという名が本名だと知っているが、キョーコには隣で介添え役をしてくれているクーの息子であるという事実も、まだどこか夢のようで実感が沸かなかった。
そしてコーンもクオン自身だったことも、余りにも多くの偶然が幸せすぎて怖かった。嬉しすぎて驚きすぎて…。
だが多くの偶然が重なれば、それは必然だという言葉を聞いたことがある。
出会うべくして出会った蓮でありクオンであるなら、この重く開かれた扉も一つの運命の区切りとして、次からは二人で切り開いていく、運命の扉かしら?
この結婚式へと続く扉とバージンロードは、キョーコが蓮でありクオンと幸せになり、そして新たな人生を二人で作っていくことへの一歩だった。
【FIN】
すみません。どこが【Hotel】企画なんだか、道がそれた気が…。蓮キョで幸せを目指しましたんですが、お題が飛んでいった気がします。我が道しか進めなくなってるのに参加しまして、すみませぬ~~>(__)<