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心ほどいて。3  side ren (海は凪ぐのに。・honeyさん)

最上さんと俺はラウンジ横のソファーに背中合わせで座っていた。

「だから…ひどいですぅ。」

「ゴメン」

「ご両親の前で…あんな…」

「うん。」

「あんなに激しい…キス…破廉恥です!」

いつもは人前であんな無理矢理押さえつけたりなんてしない。

「ホントにゴメン。」

たぶんあの人たちは気にしてない。
もっと濃密なラブシーンを人前だろうが子どもがいようがお構いなしに続ける人たちだから。
愛があれば…なんて社長を思い出させる。

「それにお父様が先生だったなんて。」

―いけない。ぶれてはダメだ。

「こんな俺のこと嫌いになる?」

「そうじゃなくて!」
振り向いて彼女が俺を見つめる。

「信用していただけなかったのが、ショックでですね…。」

「怖かったんだ…。」
俺は彼女の左側に座り直した。

「怖かった?」

「そう……俺の秘密を知って、君が離れて行くかもしれないと思うとなかなか言い出せなくて。」
臆病な男なんだよ、俺はと付け加える。

すると意外そうな顔で彼女はこっちを向いた。
「…この程度のことなら、私とても貴方から離れられそうにありませんよ。」
と彼女がにこりと笑った。
「えっ!」

「ただ…国籍とお名前も違うとお聞きしたら、貴方が…『私を好きだ』とおっしゃってくださった
『敦賀蓮』という人間が消えてしまうような気がしたんです。」

そんなことは…断じてない。
姿形が変わっても俺は君を離さない…。

「…お母様があんなに若々しくてお美しいのもビックリしました。」

「うん。あのヒトは変わってなかったよ。」

「てっきり貴方の本当の恋人かも…とですね。」

「恋人は君だけだよ。」
そういって右手で、すかさず君の腰を抱き寄せる。
「もう!どさくさに紛れて触らないでください。私、まだ怒ってるんですから。」
かわいい頬がぷくりとふくれる。でも以前より大人びた唇。
「ゴメン。」

『少しだけ』
「息継ぎさせてくれないか。」
「息継ぎさせてあげますね。」
「ははは。」

おんなじ台詞がふたりから零れた。
それで今度は軽く唇が触れる程度のキスした。

「…ビックリしましたけど、平気ですから。不安だったんですよ。
貴方が私より好きな人がいて、ホントはお別れを言い出しにくくて、最近塞いでいらっしゃるのかと…。」
「あ…あれは。」
違う…とは言い切れなかったのは、まだ最上さんに隠している久遠の闇。

「ゴメン。俺はね。」

「あの!」
不意に彼女が立ち上がって俺を強い眼差しで見つめる。
「…私…待ってますから。」
「えっ…!」
「敦賀さん…ううん、貴方が話せるようになるまで、待ちます。だって話したくなるまでは、出来かけたカサブタと一緒で剥がしてはいけない気がするんです。」
時の波が癒してくれますようにと君は俺の両手をきゅっと握りしめる。
「ん。ありがとう。」
君がいたから俺は壊れず「久遠」と統合しようと思えるんだろう。
俺は今度こそ彼女に秘密を打ち明ける決心をした。
逃げずに闇も丸ごと受け入れるために。

「Kuon?」
ゆたかに香る珈琲の香り。カチャカチャとワゴンを滑らすコンシェルジュとともに、両親がそばに現れた。

「最上さん、実はね。美味しい珈琲を淹れてくれるバリスタをさっきから首を長くして待ってる人達がいるんだよ。」
「まだミルクたっぷりのカフェオレがお好みかな?」
「先生!」
ちちちと父さんは顔の前で人指し指を振って見せる。
「『先生』じゃないだろう?」
「う…あ…え…と…父さん?じゃなくて…お父様?」
「ははは」
「もう旨い珈琲は淹れてくれないのかい?どうしてくれるんだ、あれから何年も経つが、お前の淹れてくれた珈琲がまだ忘れられないじゃないか。」
彼女がクー・ヒズリの付き人をしていた時のことだろう。
「ぜひ、ジュリにもご馳走してやってくれないか?」
「Kyoko?」
「はい!喜んで!!」
最上さんはコンシェルジュからワゴンを受けとると、嬉々として珈琲タイムの準備を始めた。

「Kuon…」
素敵な子を見つけたのねとジュリママが微笑む。
「ええ…ジュリより大切な女性を見つけてしまいました。」
いいのよ。あなたが笑えるようになってよかったわ。ほんとよと笑う母がまぶしかった。

俺たちは、彼女の入れてくれた珈琲を楽しみながら、ラウンジでの会話に花を咲かせたのだった。
珈琲の香りと、豊かな時間が俺の心を少しずつほどき始める。
彼女が、いともたやすく堅く絡まったわだかまりを見つけて、
その細い指でほどく。
ほどけた心で彼女と向き合うのはいい…と思いながら、俺はカップを置いた。



fin