ずっと傍にあったもの 4 (Tempo2.0・sunny)
大音量は凶器。
頭がぐわんぐわんと鳴る様で、思わず男の眉間に皺が寄る。
「何というか……相変わらず……君の声は大きいね」
「あ、あなたが、とんでもない事を言うからでしょ!?」
「まだハッキリとは言ってないだろ?」
「ハッキリ言わなくても同じです!」
目の前の男が言おうとした事は聞いてはいけない。
想像してはいけない。
何故ならそれはとっても破廉恥な事だから。
――耳を塞いで、目も閉じればきっと大丈夫!
キョーコは情報をシャットアウトすべく感覚器官を閉じる。
「君ねえ……」
こうなると、呆れたような男の声もキョーコには聞こえない。
したがって、目の前の男が今どんな表情で自分を見ているのかも……。
「無防備極まりないとはこの事だな……」
薄く笑い、顔を近づけ、それはもう息が掛かるくらいの距離に。
カウントダウン 3・2・1…
「ん…っ…」
柔らかく触れるもの塞ぐもの。
耳を塞ぐ手は力を失う。
瞬間、男の両手はそれを掴み、キョーコの動きを奪う。
口内への侵入者は絡みつき、一方が満足するまでしばらく続いた後、
小さく音をたてて少しの距離だけ離れる。
染めた頬は熱を持ち、そこにも唇で触れ、
ほっそりとした首筋にも、そっと這わせる…
「あぁ……っ……ん…」
想像していた様な抵抗も無く、可愛らしくも艶っぽい声がこぼれる。
記憶していた頃に比べて、キョーコのそれは随分と女の反応だった。
「君も大人になったよね……」
「今、私をいくつだと?」
「知ってる。好きな人でも出来たの?」
「意地悪ですね。他の誰かの名前が聞きたいのですか?」
「俺以外の名前なんて言ったら許さないけど」
「じゃあ、聞かないで下さい!」
そう言って、すねる。
結局、照れてもすねても何をしても、キョーコは本当に可愛くて美味しそうで。
それでも飢え渇いた気持ちをやっと抑えて、
再会してからずっと疑問に思っていた事を、男はやっと聞いた。
「ねえ?ところで、君はいつになったら俺の名前を呼んでくれるの?」
その質問にキョーコの目はパチリと大きく開き、そして少し久遠から視線を逸らして答える。
「私は、ずっと敦賀さんは敦賀さんだと思ってました」
「うん」
「なのに、敦賀さんは久遠さんで、しかも先生の息子さんの久遠さんで……」
「うん」
「それで、敦賀さんは居なくなっちゃうし、でも敦賀さんは久遠さんであってもやっぱり本当は同じで……」
「…うん」
「でも、見た目まで変わっちゃうし……」
「……」
例え本質が変わらなくても、名前も色彩も変わった。
「敦賀さんのままでも凄く魅力的だったのに、久遠さんに戻ったら本当に見た目まで王子様みたいで……、
存在も住んでいる場所も何もか遠く感じちゃうのに、それでもやっぱり中身は敦賀さんで……。
私はあなたが離れてからずっとそれに混乱してるんです。
映像とかで見ると一応『久遠さんだ』と思うんですけど、電話で声を聞いたり、こうやって直接会ったりするとやっぱり駄目ですね。
なんて呼んで良いか、分からなくなっちゃって……。その……嫌だとかそうじゃないんです」
「そう……」
久遠はキョーコの言う事を、ただ頷きながら静かに聞く。
そして、少し下方を見てそっと目を閉じた。
彼女に混乱を与えた自覚はあるのだ。
こちらに戻る前に想いを告げた久遠に対して、想いに応えたいけどそれには時間が欲しいと言っていたキョーコ。
その中にはキョーコが言うところの『混乱』も間違いなく含む。
――でも、あれから十分に時間は経った
「私に対する気持ちだって、その内変わっちゃうと思ってたの」
「そんな!?変わる訳が無いだろ?君への想いはむしろ…」
「むしろ?」
「触れられ無かった分、前よりももっと…。君は俺の手の届かないところで綺麗になるし」
そう、目を逸らして恥ずかしそうに言う。
その様子は何かを擽られる可愛らしさはあるのだけど…。
なんというか…
「……やだわ。なんだか、もの凄く腹が立ちます」
「え!?」
急に聞き捨てなら無い言葉を耳にした久遠は、ギョッとしてキョーコの顔を見る。
しかし、そこには想像していたようなものは無くて、
「近くに居てくれたら、こんなに混乱しなかったのに。
きっとあの時の私は、混乱するぐらい敦賀さんの事が好きだったんでしょうね」
久遠に向けられていたのは、見惚れる様なフワリとした綺麗な微笑みだった。
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(2012/3/6、3/7『Tempo2.0』Blogに掲載・2013/3/28 加筆修正)
コメント
更新ありがとうございます。
久遠とキョーコだとやっぱりビジュアルイメージ変わりますね。
終わり方が素敵でした。読んでいる方もフワリと幸せになりました。
ありがとうございます。
Posted by ナポリタンMAX at 2013年3月31日 18:54
コメントどうもありがとうございます^^
終わり方が素敵と言って頂き……あ、でも、この後の展開が実はwww
しかし、敦賀さん。
二人で二度美味しいルックスですよね♪
Posted by sunny at 2013年4月 3日 23:38