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お客様は神様です。 13 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

「主任っ楽しいですね!?」


「・・・・百瀬さん・・そんなにはしゃぐと・・・」


室内遊園地の絶叫系にどんどん挑戦しては目を回して空元気を振り撒く百瀬に、蓮は心配そうについて回った。


「へーきへーきですっ・・・・あっ・・」


「?」


ヘラヘラと笑っていたが急に立ち止まり、俯いた百瀬に蓮が首を傾げた直後。


「やっぱ・・・ダメかも」


「えっ!?も、百瀬さん!?」


ぐらっと体を倒し意識を手放した百瀬に、蓮は慌てふためいた。
苦しげに眉間に皺を寄せたまま、しっかりと瞑られた百瀬の瞳から一筋光る涙を蓮は見ることもなく携帯を取り出した。



****************



「天気、崩れそうね?」


蓮と百瀬が大騒ぎしている頃、キョーコがいるLME hotelでは本格的なオープンを控えた準備に余念がなかった。
ふとフロントで忙しなく働いていた奏江が窓の外に目をやった。
どんよりと重い雨雲が風につれられて上空に広がっていた。

奏江の言葉にキョーコも、玄関ホールの吹き抜けにある大きなはめ殺しの窓を見上げた。


「本当・・・なんだか季節外れの嵐になり・・」


そこまで言った時、フロントの電話が大きく鳴り響いた。


「・・はい、LME hotelで・・・・・敦賀さん?!・・・え!?・・・・・はいっ!わかりました直ぐにいらして下さい!」


「なに?どうしたの?」


真剣な表情に変わったキョーコに、奏江が急いで近づくと先程の電話の内容を伝えた。


「今、敦賀さんからで・・出先で百瀬さんが倒れたらしいの・・・ホテルの近くにいるからこちらで休ませて欲しいって・・・モー子さん、部屋を用意してもらえる?あと担当のお医者様にも連絡して」


「・・・わかったわ!」


まだオープンしていないとはいえ、プレオープンの後はいつでも宿泊できるように準備だけは怠っていないためキョーコの指示に奏江は迅速に動いてくれた。

そして、黒い雲から大きな雨粒が落ち始めてからしばらくして蓮が百瀬を抱きかかえホテルに飛び込んできた。


「ごめんっ最上さん!無理を言って」


「い・・いえっそれよりもこちらへ」


今降ってきた雨に濡れて前髪を垂らしている蓮に、キョーコは慌てながらもテキパキと百瀬のために用意した部屋へ案内した。

部屋へ向かうエレベーターに乗り込むと、キョーコは蓮の腕の中で苦しそうに眉根を寄せている百瀬の顔を伺った。


「当直の先生も呼んでありますから・・・」


「ありがとう・・何から何まですまないね?・・本当にごめん・・オープンもしていないホテルに病人を担ぎこんでしまって・・」


頭を下げる蓮に、キョーコはニッコリと微笑んだ。


「いえ・・いつでもお客様を受け入れることができるようにしていますから」


そうキョーコが営業用の笑顔で答えると、同時にエレベーターは到着した階で扉が開いた。

先を案内するキョーコの様子に、蓮は何かを思いながらも急いで追いかけるのだった。





「・・心配いりませんよ?軽い貧血でしょう」


用意した部屋に着くと、直ぐに呼んでおいた女医が来てそう診断された百瀬は、ベッドの中で落ち着いた寝息をたてていた。
キョーコは、その百瀬が蓮のジャケットを着せらたまま眠っているのを見つめた。
きっと、急に降りだした雨から庇うために着せたのだろうが・・・キョーコはそんな資格がないと分かりながらも複雑に濁る心中に動揺した。


「ありがとうございます・・・」


部屋を出て行く女医に頭を下げた蓮の髪から、ポタポタと小さな雫が床を濡らしているのを動揺を隠しながらキョーコは見上げた。


「敦賀さん」


「ん?」


「ちょっと・・・こっちへ来てもらっていいですか?」


キョーコはバスルームからバスタオルを一つ手にして、部屋の入り口に蓮を呼んだ。


「悪いけど・・・百瀬さんが目が覚めるまでここにいさせてもらってもいいかな?」


キョーコの側に来ながら蓮がそうお願いすると、キョーコはコクリと頷いたが少し困った顔で見上げてきた。


「はい・・ですが・・敦賀さん、びしょ濡れのままでは風邪を引きます・・もう一部屋ご用意したので使ってください」


すると、今度は蓮が困った顔になり申し訳なさそうに頭を振った。


「えっ・・それは悪いよ・・」


「いいえ、ずぶ濡れのままでいてもらうほうが悪いです」


キョーコはバスタオルを渡しながら、クスリと微笑んだ。


「・・・・・・・じゃあ・・お言葉に甘えて・・」


ようやく営業用以外の笑顔を見せたキョーコに、蓮は柔らかく微笑んで返すと百瀬を起こさないように部屋をそっと出た。


「では、ご案内します」



部屋は同じフロアーの2部屋先だった。


「こちらを使ってください・・こちらがバスルームです・・備品はこちらに・・服はクリーニングさせてもらいますからこちらのビニールバックに入れて置いておいて下さい・・・何か足りないものがありましたらフロントに」


「最上さん」


「はい?」


テキパキと部屋の説明をしていたキョーコは、バスルームの扉を開けてタオルなどが置いてある棚を説明していたのだが呼ばれ振り返ると蓮が透けるほど濡れそぼったワイシャツのボタンをはずしているのが目に飛び込んできた。


「・・・着替えはどうしよう?」


「!!ちょっ・・バ、バスローブがありますからっまだ脱がないで下さいっ」


「ああ、ごめん・・結構濡れて寒くなってきていたから」


「それでしたら早くお風呂で温まって下さい!!」


真っ赤になりながら、ぐい~っとバスルームに蓮を押し込んだ。
しかし、蓮は入り口でピタッと動かなくなった。


「!?・・敦賀さん?」


特に柱に捕まっている訳でもないのに、ビクともしない蓮にキョーコが驚いていると無表情の蓮が振り返った。


「・・最上さん・・・・・・・一緒に入る?」


「っ!?入りませんっ!!」


一気に爆発しそうなほど憤慨して真っ赤になった顔を思いっきり逸らしながら、キョーコは今度こそ蓮をバスルームに押しやった。
しかし、キョーコが無理やり閉じようとした扉をまた何事もなく少し開いて蓮が顔を覗かせた。


「最上さん」


「今度は何ですか!?」


「・・・・・少し・・・ここで待っててくれる?シャワーが終わるまで」


「へ?」


突然真剣な低い声でそう言われると、キョーコは無下に立ち去ることも出来ず静かに閉まるバスルームの扉を見つめるしかできなかったのだった。





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