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ずっと傍にあったもの 6 (Tempo2.0・sunny)

クランクインから早数日、撮影現場は慌しく一日は瞬く間に過ぎていく。
異国から来た女優の評判は大変よろしく、彼女の傍には常に見目麗しく才能もある俳優が陣取っている。

「社さん……」
「なんだね?久遠くん」
「マネージャーとして、あれは放置して良いんですか?」
「あそこにいる女優に、自分の事よりも君のことを頼むと言われたのだよ」
「スキャンダルに気をつけるのもマネージャーの勤めかと」
「……」
「なんでしょうか?」

メガネの似合う端正な顔立ちの男は、酷く呆れた様な眼差しを久遠に向けたかと思うと、再び担当の女優に視線を戻し長いため息を吐き、無言で久遠にお弁当を差し出した。

「……ありがとうございます」
「言っておくがこれは俺からじゃないからな」
「分かってますよ!何をいまさら。最上さんからでしょ?(←キョーコ呼びから戻っている)」

そう、二人にとってそのお弁当は誰からのものか実に明確で暗黙の了解で、いまさら確認すべき事項ではないのだ。
愛情たっぷり愛妻弁当……では無いのだが、日本にいる頃からキョーコの料理には先輩への愛などは確かに詰まっていて、それを食すると食材としての栄養以上のものが自分の身体を満たすのを感じていた。
故に久遠が、この世で唯一心からの食欲を実感できるものはキョーコの料理である。
実のところキョーコとは、例の一件以来まともに会話していない。
ほぼ挨拶のみ、あとは毒にも薬にもならないような雑談だ。
しかしながら撮影が始まってからというもの、こうして社を通じてお弁当が届く。
キョーコの宿泊している部屋には彼女が希望した通りミニキッチンがついており、確かに簡単な調理なら可能だが、これだけバランスよく凝ったものを作るのはやはり大変だろう。しかも撮影はなかなかハードだ。
慣れない環境の中で英語を操り、周囲への気配りも忘れず、演技力も申し分なく、しかも見ためも愛らしく……

久遠はキョーコの方をずっと見ている。
そんな女性が目の前にいるのなら、欲しいと思うのが男というものであろう。
現に彼女の横にいる男は、今日から撮影に合流したというのにすでにデレデレとあの様だ。

「まあ普通、男なら惚れますよね……」

ちなみに久遠は、その様子を指をくわえてただ見ている訳ではない。
ある種の感動にも似た感情で見ていたのだ。

「あの最上さんが口説かれてるのを自覚して、それをあんなに見事にあしらう事が出来るだなんて」
「凄い成長だよな。でも、最初は大変だったんだぞ?お前……俺がいったいどれだけ苦労をしたか」

わざとらしく涙を流すふりをしてみせる社に、久遠は小さく「すみません」と侘びを入れる。
苦労の中には間違いなく、自分からの願いも入っているのだから。
離れている分、直接どうにかすることは出来ない。
それこそ、キョーコを口説いているあの男の様なものがいたとしても当然何も出来ない。
社の手を煩わすことなく自分で対処できるようになったのだとしたら、彼女が大人になったという事だけではなく社と久遠の為に身につけたのかもしれない。
元々人の気持ちには敏感な子だった。心配はかけたくないという気持ちもあったのだろう。
それにはまず、自分に向けられる全ての好意を認める事からはじめた。
自分の為にじゃないところが実に彼女らしいともいえるが、それは結果的にキョーコを女性としてより魅力的に輝かせて完璧なものにしたのだ。

「あれじゃ、俺の出る幕ないじゃないですか」
「ああ……これでお前が出て行ったら間抜け極まりないな」
「間抜けって酷いですね」
「酷いことも言いたくなるよ。いい加減早く仲直りしろ。そして一刻も早く俺の部屋から出て行け。プライドは全て捨てて全力でぶつかれ。そもそも、数年前に纏まる筈だったものが何でこんな事になったんだか……」

愛の告白だけなら、あの時のキョーコだって受けたかもしれない。
アメリカ行きだって、強引にさらってくれば良かったのかもしれない。
愛に生きる社長は国境を越えてバックアップしたに違いないし、キョーコ自身も持ち前の行動力と根性できっと何とかしたはずだ。
しかし、キョーコの反応を恐れた久遠は、アメリカ行きも愛の告白もギリギリまで出来ず…

「あの時、120%の力を出してキョーコちゃんが『保留』にしたのは間違いなくお前のせいだからな」
「普通100%では?」
「100%だったらお前の胸に飛び込んだろうよ。余分な20%は負けず嫌いとか意地っぱりとかそんなものが詰まってるんだよ」
「それは……可哀想な事をしましたね」
「自覚はあるんだな……」

それでも、キョーコは自ら選んで久遠の元にやってきたのだ。
再会の時、久遠は歓喜に心が震えて抑えられないほどだった。
しかし『惚れた弱み』『愛は人を臆病にする』など色々言葉があるように、昔からどうにもキョーコに対しては上手くいかないことが多い気がする。

はあ……とため息をつく久遠をチラリと横目で見て、社は口を開いた。

「よし……お前が今すぐにでも行動を起こしたくなる、恐ろしい話を聞かせてやろう」
「?」

久遠がハリウッドに戻ってからというもの、女性からのアプローチは日本の頃と変わらず多くあった。
ちなみにその度に彼は「日本に大切なひとがいるんです」と明言していたので、その話は業界では有名な話となり、当然日本でもそれは誰かと話題騒然となったわけだが……

「お前はその時なぜ『大切なひと』と言ってしまったのか……」
「え!?間違ってないでしょ!?」

そう答える久遠に社は恨みがましいとも言える視線を送り、大きくため息をついて言った。

「只今、この現場ではひそかにその相手が特定されているらしい」
「え?それは間違ってな……」
「ちなみに相手はこの俺だ」
「は!?」

そう、久遠は性別を固定せずにあくまで『大切なひと』と言ったのだ。
この現場での久遠の表情で、相手が明確になったという話を社が小耳に挟んだのが昨日の事。
その相手が自分だと知ったのがつい先程だ。

「当然、全力で否定しておいたぞ?」
「当たり前です!ていうか、なんでそんな話に?」
「俺が聞きたいよ!お前がキョーコちゃんの話を、それこそ蕩けんばかりの表情で俺に話していた時でも見られたんじゃないのか?」
「お、恐ろしい噂ですね……」
「ああ……しかも、お前はウチの部屋にいるしな。そして、俺からお前に手作り弁当。行動は何故か担当女優ではなくお前と一緒。これだけ材料が揃うと否定するほうが難しいぞ?」
「まさか、最上さん……わざとじゃないでしょうね?」

二人は一瞬顔を見合わせた後、同時にその女優を凝視する。
キョーコはそんな視線を感じたのか、こちらの思いを知ってのことか、それはもう綺麗にフワリと天使の様な笑顔を浮かべたのだ。

「わざとか……」
「わざとだな……」

二人の意見は一致し、今夜は土下座をしてでもキョーコの部屋に戻る意思を固めるのだった。