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お客様は神様です。 15 (なんてことない非日常・ユンまんまさん )

今の話を聞かれてしまったのだろうか。
いや、絶対聞かれている。

蓮は、クリーニングを終えたスーツ大事そうに抱えたまま立ち尽くしているキョーコの姿にそう頭の中で叫んでいた。

百瀬は想いを吐露したこともあって、しばらく反応のない蓮に黙っていたが沈黙に耐え切れず顔を上げた。
すると蓮は百瀬ではなく、違うところを呆然と見つめていたためそちらを振り返った。


「!・・最上さん・・・」


蓮の視線の先に立ち尽くすキョーコの姿に、百瀬も驚き目を見開いた。
するとキョーコは、真顔のままダアッと百瀬の側まで駆け寄ってきた。


「百瀬さん目が覚められたんですね!?良かった!!先生にもう一度検査してもらいましょうね?今、先生を呼びますから・・・敦賀さん、こちら仕上がったお洋服です。お待たせいたしました」


「あ・・ああ・・あり・・がとう」


「さっ、百瀬さんお部屋に一度戻りましょう・・・あ・・もしかして何かお話をされているところでしたか?」


呆然としている二人にキョーコは、コテンと首を傾げた。


「あ・・いえっ・・それでは主任・・本当にご迷惑をおかけしました」


「あ・・いや・・・・・最上さんっ」


百瀬の体を気遣いながら去ろうとしていたキョーコに、蓮は慌てて声をかけた。


「はい?」


振り返ったキョーコは痛いほどの営業スマイルではなく、いつもと変わらない表情で首を傾げたため蓮は肩透かしを食らった気分になった。


「いや・・・これ・・ありがとう」


綺麗になったスーツを軽く持ち上げ、礼を言うとキョーコはにっこりと笑顔を見せた。


「いえ・・では、行きましょうか?百瀬さん」


「あっ、はい・・・」


スタスタと先を行くキョーコにつられながらも、呆けている蓮を時折振り返りながら百瀬は部屋へ戻った。

そんな二人の背を見つめて蓮は大きく息を吐いた。


「・・・本当に・・聞こえてなかった?」


蓮の抱えた疑問は百瀬も一緒だった。
前を行くキョーコの背中を見つめていたが、直ぐに部屋の前についてしまい見つめている間にキョーコが振り返ってしまった。


「?なにか・・」


「いっいえ・・・・」


部屋を開けてもらいイソイソと中に入って誤魔化した百瀬だったが、意を決して蓮が知りたかったことを訊ねた。


「あのっ・・・本当に・・何も聞こえてなかったんですか?」


知りたいような、知りたくないような・・どうしてキョーコに後ろめたさを感じてしまっているのかわからずに百瀬は冷や汗が背中を伝う感覚に耐えながら答えが返ってくるのを待った。


「・・・・お話し声は微かに聞こえましたが・・・インカムをしておりますので内容までは・・・・」


キョーコは申し訳なさそうに苦笑しながらそう返すと、百瀬は大きな安堵のため息をついた。


「そ・・それなら・・いいんです・・・」


「・・・・・百瀬さん」


「はい!?」


キョーコの少し抑え目の声に百瀬の心臓は跳ね上がるほど緊張して、思わず大声で返事をしてしまった。
その様子に、目を見開いたキョーコだったが直ぐに笑顔を作った。


「その様子でしたらもう大丈夫のようですね?・・・ですが・・・今日はどうぞこのままご宿泊下さい」


「え!?・・でもっ」


「お一人暮らしと敦賀さんから伺っておりますし・・・今日のようなことの後には人がいるところの方が安心でしょう・・・それに・・よろしければ一泊いただいて、ご意見や若い女性客の目線でのご指摘などしていただけると、当ホテルとしては大変ありがたいのですが・・・」


ニッコリと微笑んでいるキョーコからは、優しい気持ちしか伝わってこなかった。
もうすっかり暗くなってしまい、今一人暮らしの家に帰しもし万が一に百瀬がまた貧血で倒れてしまったら助けられる者などいない。
しかし、ここにはキョーコたちスタッフがいる。
気にかけてくれる者が側にいれば、何かあった時に直ぐに対応できるだろう。

それなのに、それをホテル側のお願いと称して泊まっていってもらおうという心遣いに百瀬はいたく感動した。


「あの・・・ご迷惑でなければ・・・ぜひ・・」


「よかった!では、こちらのルームキーを置いていきますね?オートロックになっておりますので、お出かけの際はこちらを忘れずにお持ち下さい・・」


一般的な宿泊の説明を受けた百瀬に、キョーコは微笑んだ。


「なにかございましたら内線010をコールして下さい、コンシュルジュデスクに直接繋がりますので」


「あ・・・はい」


優しいけど、どこか少し壁を作ったような笑顔のキョーコが部屋から出て行くと百瀬は大きく息を吐いてその場にへたれ込んだのだった。

そんな百瀬の部屋を出たキョーコは、真っ直ぐ従業員用階段に向かった。
非常階段ともなっているそこに少し重い扉を開け入ると、キョーコは思いっきり両頬を手で挟んだ。

パシンっと乾いた音が廊下に木霊した。


「・・・いった・・・・・・眠気覚ましには・・ちょうどいいわね・・・」


今の痛みで出たのだろうか、目尻に薄っすらと光った涙を手早く拭ってキョーコは早足で事務所に戻るのだった。





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