Top  Information   Gallery   Blog   Link

Operetta 10 (Tempo2.0・sunny)

「敦賀さん、オペラ座には怪人がいるんでしたっけ?」

ここはガルニエ宮。
多くの人が、パリのオペラ座と聞けば思い浮かべる建物はこれであろう。
しかしながら現在、オペラの公演は新オペラ座であるオペラ・バスチーユの方で行われる事が多く、こちらでの主な公演はバレエだ。
ナポレオン3世の命令で造られたネオ・バロック様式の建物、華やかな歴史とその重みはまさに芸術の都パリの象徴の一つであり、多くの彫刻と豪華な装飾が施されたそれは豪華絢爛という言葉につきる。
しかしながら華やかさと同時に仄暗い雰囲気も併せ持ち、一般人では模型でしか知る事のできないあの地下の広大な奈落からも、確かに何かミステリアスな出来事が起こりそうな気配が漂う場所でもある。

……そう、あの有名な話のように。

「うん、確か『オペラ座の怪人』の舞台はここだったね。だったら、そうだな……例えば俺が怪人なら、さしずめ君はクリスティーヌってところかな?」

その蓮の言葉に、キョーコは意外だと言わんばかりに目を見開く。

「なんてことを!?敦賀さんが怪人だなんてそんな馬鹿な!真逆にいるような人じゃないですか!?」
「そうかな?だって、俺は君にこっそり演技指導してあげたりするでしょ?それに君に惚れているというのも重要なポイントかな?」
「ちょ、ちょっと!皆さんいるんですから、もうちょっと謹んで!」
「みんな忙しくて俺たちの事なんて見ていないと思うし大丈夫だよ。それに本当の事だし何をいまさら?」
「な!?」

しれっとした顔で言う蓮に、キョーコは一瞬続く言葉も出ない。
二人の今いる場所は客席のあるホールで、赤いシートと金の装飾が印象的な様はまさに貴族を思わせる空間だ。
アール・マンディのショーの準備が行われている場所は、観劇の行われるここではなくグラン・ホワイエ。
この場所と同じく煌びやかな装飾で彩られた荘厳な回廊で、明日に向けて慌しげにランウェイの設置準備が進められていてる。
ちなみに、日本からのテレビクルーはその様子を現在撮影中だ。

h_17.jpg

――あの場所を敦賀さんは

キョーコはチラリと蓮の方を見る。
ゴージャスそのものとも言えるあの場所に蓮は全く遜色は無く、むしろ似合いすぎるほどである。
さすが世間で『ゴージャスター』だなんて言われているだけの事はあると感心すると同時に、先ほどの言葉はやはりありえないとキョーコは強く思う。

「か、怪人だなんて、こんなキラキラした怪人がいてたまるもんですか!隠れててもあっという間に見つかって、舞台に引き摺り出されちゃいますよ!大体、こっそり隠れて見てるだなんて変態さんのする事です!」

蓮はキョーコの言うところの、オペラ座の怪人ならぬオペラ座の変態をうっかり思い浮かべて、ひどくげんなりした表情を浮かべる。

「それだとギャグみたいじゃないか……。折角の名作も君にかかれば台無しだな」
「だって敦賀さんが変な事を仰るから」
「そうかな?君が他の男と居るところなんて見たら、嫉妬に狂って何をするかも分からないし?シャンデリアぐらい落とすかも?」
「ま、まさか、眼力で……(ごくり)」
「……君は俺のことを何だと思ってるんだ」
「いえ、敦賀さんなら視線でバチンと落とせるかと」
「俺は化け物か?」
「いえ、敦賀さんです!(きっぱり)」

それはいったいどういった根拠なんだろうか?
やや呆れつつも、キョーコとの軽いやり取りは本当に楽しい。
そして、やはりというかちょっと可愛らしい意地悪もしたくなるというものだ。
不意に天井に視線をやり、たった今思い出したという顔を作ってキョーコに問う。

「あ、ところで最上さん。ここの屋根裏にはミツバチがいるって知ってる?」
「そうなんですか!?」
「うん。意外かもしれないけど養蜂場があるんだ。で、上を向いて口をあけてたら、美味しい蜜がたまに落ちてくるっていう話なんだけど、最上さんやってみなよ?」
「こうですか?」
「そうそう」

キョーコの好ましさの一部は素直さで出来ている。
口を大きくパッカリあけて天井を見上げたところで、そこに描かれたシャガールの名画と豪華な件のシャンデリアがあるばかり。
思わず目的を忘れて綺麗とあっけにとられて見とれてしまうのだが、そこにクスクスと堪え切れない笑い声が横から聞こえてきた。

「……も、最上さん、君って子は、なんて顔を…」

さらに蓮は抑えきれなくなったらしく、お腹を抱えて笑い出した。
その様子をみて騙された事に気づいたキョーコは、いっきに膨れっ面をして蓮に詰め寄る。

「ひ、ひどい!敦賀さん、騙しましたね!?」
「そんなの、ちょっと考えたら嘘だって分かるだろ?常識で考えて上から落ちてくる訳ないじゃないか。あ、でもミツバチがいて蜂蜜が取れるのは本当だよ。あとでSHOPに行って見るといいよ。食いしん坊の最上さん」

おまけに「君は本当に騙されやすいなあ」と続いたものだから、キョーコの腹の虫はますます収まらない。
頬を膨らませて「もう知りません!」とキッパリ言ったところで、タイミングよくあちらから蓮を呼ぶ声がした。

「ん?俺の撮影みたいだね。ちょっと行ってくるよ」

そして、拗ねたままのキョーコの頬に近づき……


ちゅっ。


「つ、敦賀さん!?敦賀さん!!!???今、な、何を????」

頬を押さえて激しく動揺するキョーコに、蓮は「こっちでは挨拶、挨拶」とニコニコしながら呼ばれた方に向かって行ってしまった。
その後姿を見ながらキョーコは、とりあえず落ち着け自分と言わんばかりにポスリと音を立ててシートに座り、もはや呪文のように「敦賀さんって、敦賀さんって」を繰り返す。
そして、芋づる式に先ほどホテルで見た真剣な表情も思い出す。
好意を寄せられるという事は、どうしてこんなにもくすぐったく落ち着かないものなのだろうか?
蓮が言う所の挨拶程度のキスでこんなにも動揺するのなら、明日の夜に自分の部屋へ招きいれたら色々とただでは済まない気がする。
考えるだけで心臓が壊れてしまいそうになるし、もしあの部屋で触れられたら……

――え!?わ、私、今なにを?

自分の想像がうっかりとんでもない方向に行きそうになり、頭の中に浮かんだそれを消すかのように両手をバタバタと動かす。
そして、何よりも部屋に入れないという選択肢がまるでない自分に驚くのだ。

――大体、全力で逃げてとか言われていたくせに、これっぽっちもそれを考えてないじゃない?
  いえ!むしろ一緒にいる事ばかりを考えてるかも?敦賀蓮恐るべし!

グルグルとキョーコの頭の中はうるさく、いつの間にか近くに人がいる事に気づいたのはクスクス小さく笑う声が聞こえてからだ。
驚いてキョーコががばっと顔を上げると、そこには風格のある男が一人立っていた。

――社長さんぐらいのお年からしら?

初めて会う人だと思うのだが、どこかで見かけたような気もする。

「あの……失礼ですがあなたは?」

男はその質問に目を細めて楽しそう答える。

「私はアール・マンディ。初めまして、可愛いお嬢さん」
「へ!?」

記憶にあったのはどこかで見たファッション雑誌だったか、とにかく目の前にいる人物は今回のファッションショーの主役アール・マンディその人であった。
キョーコは慌てて立ち上がり、正しい角度でお辞儀をする。

「は、初めまして!私、京子と申します!」
「あ、大丈夫。立たなくていいよ」
「は、はい!」

そういうと、アール・マンディはキョーコが座っていた横のシートに座ると、キョーコにも座るようにジェスチャーで促した。
突然の大物登場に緊張するキョーコだが、それに従うように再びシートに座った。

――なんでこの方が……って、当然といえば当然よね?

そんなキョーコの事を目を細めて微笑ましそうに見る男は口を開く。

「あんな蓮を見るのは初めてだね」
「へ!?」
「本当に楽しそうだった」
「えっと……あの……もしかしてずっとご覧になられて?」
「ん?ずっと見てたんだけど?」

キョーコは先程の自分たちのやり取りを思い出して、猛烈に恥ずかしくなる。
あんな場面もこんな場面も見られたという訳だ。

――は、恥ずかしい!!

マンディ氏はそんなキョーコを見ながら、より一層笑みを深くする。

「大丈夫。会話までは聞こえてないし、全部が見えたわけじゃないから」
「は、はい……」
「いや、君たちを見ていると、まるでオペレッタの様だなと思ってね」
「オペレッタ……ですか?」
「うん、オペラじゃなくてオペレッタね」

オペレッタとはオペラのそれよりも軽快で基本的に喜劇だ。
歌ったり踊ったり、ドタバタと所謂コメディの要素があり、魅力をあげるとしたらまず『楽しさ』だといえる。

「オペレッタというのはね、話の途中でどんなに問題が起こったとしても最終的には解決してハッピーエンドになるんだ」
「はい」
「さっきの君たちもバタバタと言い合いをしながらも最終的にはハッピーエンドだっただろ?」
「さ、さっきの!?」

とっさにキョーコは頬に受けたキスを思い出す。
あれを見られたのかと思うとますます恥ずかしくなるのだが、マンディ氏の話はとても興味深くさらに耳を傾ける。

「うん。さっきのあれはまあ言うなれば一場面に過ぎないと思うのだけど、君たちはずっとそうやってきたんだろうし、これからもきっとそうだと思うんだ。障害は大きいかもしれないし小さいかもしれない。でも、最後にはきっと周りも含めて笑顔になる」
「例えこれから大変な事があっても……ですか?」

マンディ氏は頷き、キョーコを見る。

「蓮は本当に良い表情をみせるようになった。多分、君に会ってからだろう。以前は何か抱えているものがあったのかもしれないけど、生きていれば辛い事も楽しいこともある。でも、それで良い。だって、問題の一つも無い人生は平坦でつまらないだろ?だが、最後には必ず笑っている方が良い。人生とはオペレッタの様なものが理想だと思うんだ」
「はい……」


「君は蓮の大切な人なんだね」


蓮を知る第三者の言葉が、キョーコにすんなりと染み込んだ。

h_18.jpg

「ところでオペレッタの発祥はここパリなんだよ」
「そうなんですか?」
「元々オペレッタじゃなくて、オペラ・コミックというものがあって……ん~と、代表的なのが確かカルメンだったような……」
「カルメン!?」

カルメンといえば魅力的で奔放な女が男たちを振り回す話で、あれは……

「ちょ、ちょっとマンディさん?カルメンって悲劇じゃないですか!?」
「あはは、大丈夫大丈夫。君ならきっと喜劇に変えることが出来るよ」
「君ならって、私そんな魅力も無いし……」
「大丈夫だよ。私は人を見る目なら結構あるつもりだ。君はもっと魅力的になると思うし、男なんて振り回してやれば良い」

驚いた表情を見せるキョーコにウィンク付で答える。


「良い女の特権だよ」





-----------------------------------------------------------------

オペラは総合芸術なので、アール・マンディ氏も案外詳しいかもしれないという事で^^
最後に出てきた『カルメン』はオペレッタではなく一般的にはオペラに含まれると思いますが、オペラ・コミック版というのもあります。
オペラ・コミックも元々は喜劇が多かったみたいですが段々と喜劇要素が薄れてきたため、新たな喜劇要素をと生まれたのがオペレッタの様です。

コメント

Please comment