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rain 後編 (ROSE IN THE SKY・EMIRIさん)

「……君さ、一体社長に何をお願いしたの?」


一気に核心を突き、掴んだ腕をぐいと上に持ち上げて逃げ道を塞ぐ。



「……最上さん?」
「いえ、あの、そんな、たいしたこと話しては…っ」

豹変した俺の様子に動揺しているのだろう、青白い顔で後ずさりする姿は、もはやセツカの魂の欠片もない。


逃げ場をなくし、震える仔兎。
追い詰めるのは、飢えを堪えきれず欲望のままに喉元から喰らいつこうとする肉食獣だ。


繋がった腕から伝わる熱と速い脈動に、背がぞわりと粟立つ。

いつもだったら、どんなに感情が暴走しても途中でブレーキがかかるはずなのに――。
自制心の壊れた身体(ガラクタ)は確かに快感を訴えていて、そのまま一歩一歩後退する獲物を決して逃がすものかと更に指先に力が入った。


「俺には言えない事、なんだ……?」
「そんな事……………きゃ……っ!!」

閉ざされた空間に充満する、咽かえるような薔薇の濃い匂い。
幾筋も流れ落ちる水滴と、濡れた衣服が肌にベタリと纏わりつく不快感に、小さく舌打ちする。


「に、兄さ……っ」
「……だめ。セツカには戻させない」

ズルズルと後ずさったあげくコトンと躓いて、シルクの波へと呆気なく沈む細い身体。


――まるで、あの夜の再現じゃないかと。

どこかで己に嫌悪感も抱きながらも。


「これは‘最上さん’が答えることだろう?」
「…っ」

セツカを憑けていない彼女は、一体どんな反応をするだろうか――。

沸きあがる好奇心に抗えずに細い腕を二つ右手でまとめあげて頭上で拘束し、乱れた髪の先からまるい頬へと伝い落ちた雨の名残を、舌先ですくい取った。


「ひゃ…っ?!」
「隠し事をするいけない口は、塞いでしまおうかな……」
「な…っ」

深く屈んで天蓋の中へ身体を滑り込ませ、ベッドに膝をかけて小さな身体を一気に覆い込む。

濃い赤で覆われた唇を親指の先でぎゅっと擦ると、薄桃の血色の良い膨らみがぷっくりと顔をのぞかせた。
触れた指先から伝わる熱が、誘惑するような柔らかさが、身体の中心を刺激し熱く火照らせていく。


「つる、が、さ……?」
「……‘敦賀蓮’なら、こんなことしないって思ってる?」

赤と青に忙しくなく変化する小さな顔の鼻先にふっと吐息をかけると、ぎゅうと強く閉ざされた双眸。
条件反射のようにかたくかたくすぼむ唇。


「言うの?それともこのまま……」
「…っ」

滑らかなシルクの上でとらわれた、頼りない肢体。

パサリと床に転がり落ちたのは、柔らかな頬と同じ色をした、ひらひらのレースで覆われたピンクのピロー。


愛らしく、それでいて艶やかな。

男の本能を容易く刺激し狂わす色香を放つこの部屋は、彼女そのものだ。


「今日は逃がさないからね……?」

不可侵の領域で咲いた穢れなき高潔の花々を、ぐちゃぐちゃに踏み荒らす罪悪感。
己がままに縦横無尽に蹴散らす快楽。

身体は、貪欲に目の前の供物を求めて。

浅い眠りの中にいるような現実感のないふわふわとした感覚の中、拍を刻む音が次第に大きく速くなり、耳の奥で混ざり合って脳内でハウリングする。



――それはまるで、降りしきる雨の音のようだった。


昨日の雨は、まだ止んでいなんだ。


二人だけの舞台はまだ、幕引きしていない……――。



「……ラストチャンスだ」
「ぁ……っ」

耳の傍で囁くように落とすと、裾がめくれあがって露わになっていた両脚がびくんと大きく震える。

二度と、ここまで近づけることはないだろう。
この娘と過ごせる、本当に最後の瞬間になるのかもしれない――。


指の先までめぐる、沸騰する程に熱い血液。
はちきれそうな程に激しく脈打つ鼓動。
ぐちゃぐちゃに混ざり、溶け合い、発露の先を見失う感情。

アルコールよりも強い、花の蜜よりも芳しい、彼女だけが醸し出す甘い甘い香りに酔わされて。

目前にまで迫った、赤く熟れた瑞々しい果実の先へ、そっと――


「……敦賀さんっ?!」
「…くっ」



――感じたのは、柔らかな感触ではなく。






頭の奥にまで響く、重い鈍痛だった――。




* * *




「せっかくのお休みだったのに、少し残念でしたね」
「…休み?」

両足がいささか窮屈なサイズのベッドの中。
俺の顔を覗き込む彼女と視線を合わせて、小首を傾げながら今日一日のスケジュールを頭の中でさらう。


「……いや、俺は今日ドラマの屋外ロケが一日入ってるはずだけど?」

昨日のB・Jのクランクアップは、監督と事前に打ち合わせていた通りのスケジュールだった。
昨夜社さんとも電話で確認したけれど、今日は昼前から夏のスペシャルドラマの撮影が入っていたはずで……。


「あれ?聞いてないですか?ほら、B・Jの撮影が昨日予定よりも一日早く終わりましたし。……それにドラマの撮影は確か明日からだったんじゃないかと思うんですけど」
「…………」

私の確認不足かしら?などと不思議顔でぶつぶつと首をかたむける彼女の様子に、一気に身体中の力が抜けていく。


(……そういうことか)

突如舞い込んだ、想定外の事態。

それは想定外なんかじゃなく、綿密に仕組まれた‘予定通り’で。

社長のはりきりぶりには警戒していたものの、まさか監督や社さんまで絡んでいるなんて――。


(……にしても、格好悪いよな……)

結果としては、途中で止まることが出来て良かったわけだけれど。

‘二度と失望させるような真似はしない’とあの日誓ったにもかかわらず、いくら普通の状態じゃないとはいえ、呆気なく箍の外れた己の理性の脆さに思わず溜息が零れた。




* * *




「な、なんなんですか、これ?!すごい熱……っ!!」

二つの唇が触れ合う、刹那。

突如頭部を襲った鈍痛にかぶさるように響いたのは、甲高い彼女の声だった。


「熱…?誰が?」
「あなたですっ!ちょっと触っただけで分かるぐらいの高熱ですよ?!」
「…っ」

擦り合わされていた額を思い切りゴチンと強く押されて、再び駆け抜ける痛み。

するりと拘束から抜け出た彼女はそのまま俺の襟首を掴み、いつかの夜のようにぐるりと勢いよく態勢を逆転させた。


幾重にもぶれる天井、大きく波打つ視界。

背に柔らかな布の感触を感じ、朦朧とした意識で見上げた先には、尖った唇と大きく開かれた瞳があった。


「もう!なんか変だと思ったら……!具合悪いなら悪いって、早く言ってくださいっ!」

(……確かに)

いつもと違う感覚だなとは、思ったけれど……。


「ほら!早くその濡れた服脱いでください!敦賀さん、本当に自分の事には無頓着なんだから!」
「……はい……」

先程の怯えきった表情から一転、ぷりぷりと怒りを露わにして頬をパンパンに膨らませる彼女。
とりあえずは荒ぶる魂をこれ以上刺激しないようにと濡れた上着に手をかけるも、水分を含んだ布はぴったりと身体に張り付いていて。


「ここ持って脱ごうとしたら捻じれて首が抜けなくなるじゃないですか!もーっ!」

指先にうまく力が入らないことも手伝い悪戦苦戦している頭上に、再び容赦ない怒号が響く。


「し、下はご自分で!……あ、これ、バスローブに!その角にバスルームがありますから、早く着替えて下さいっ」

純情乙女、どこ吹く風で。
無抵抗のまま好きな娘に上半身を露わにされ、ふらつく身体を引きずりながら小さなバスルームへと逃げ込む。


――いっそセツカの魂を憑けて全部着替えさせてくれてもいいのに。

そんな罰当たりな事をちらとでも思ってしまったのは、やっぱり正常な意識ではないからなんだろうか――。


(……そういえば、風邪にも色々種類があるんだったな)

思えば以前の風邪の時は熱がでるよりも先に喉に違和感があったはずだ。

今回は思い当たる前兆はまったくなかった上に、多少ナーバスになっていた部分もあったのだろう。
うまくセルフコントロール機能が働かなかったのかもしれない。
加えて、この状況下だ――。


(こんな事態を招くことになった非は、勿論やわな俺にあるわけだけど……)

でもさすがに。
今回だけは。


「――俺ばかりのせいとは言えないんじゃないか……――?」
「え?何かおっしゃいました?」
「いや…………着替え、終わったよ?」
「あ、じゃあベッドで休んでてください。私もフロントに行った後に着替えますから」
「……了解」

人生二度目の風邪と。

普段厚く信頼を置いているはずの周りの人々に玩具(おもちゃ)のように翻弄されて、あげく好きな娘に敢え無く一発ノックアウトされて。

あまりに情けない己のなげかわしさに、ふらつく足をどうにか動かして辿り着いたベッドへとそのまま深く沈み込んだ――。






「最上さん」
「はい?」

木漏れ日の揺れる窓際と、その奥で風にうねる木々の鮮やかな緑を眺めながら、ウィッグをはずしてすっかり元の姿に戻った彼女を視界の端に映す。


「……なんで今日、俺と一緒に居る事を選んでくれたの?」
「え?!」

手際よくフロントへ連絡して、氷のうやら解熱剤やらを用意しパタパタと動き回る彼女。

勢いよく振り返り、瞬時に合わさった視線はとらえたままで。

心の中で燻っていた問いを、静かに投げかける。


「社長に頼んだ事って、なんだった……?」
「……っ」

昨夜、社長と彼女の会話は結局最後までは聞きとれなかった。


彼女が一体何を望んだのか。

そうして今この時、何故俺と一緒にここに居るのか――。

きっと社長なりに気遣いもしてくれていて。
周りを調整してまで、本当に最後の兄妹を演じる場としてこの部屋を用意してくれたんだろうけど。
でも――。


「それは、その、えっと……………内緒、です」
「なんで」
「……秘密のお願い事なので、秘密ったら秘密なんです…っ」

強引に会話を終わらせて、額の上で少しぬるくなっていたタオルを強引にはぎとって。

ひやりとした優しい指先の感触を額と首筋に残したまま、彼女はすぐにくるりと背を向けた。

氷水の中にちゃぷちゃぷと音を立てながらタオルを浸す最上さんの小さな耳たぶが朱に染まっていたことに、期待の光がほんのりと小さく灯る。


(…もしかして――)

ゆらゆらと揺れるレースのカーテン越しに射しこむ陽光が、時折部屋に吹きこむ春風が、身体にエネルギーを直接注ぎ込んでくるようで、酷く快い。

先程触れられた部分には、いまだ温もりが宿っていて。
そこから四肢の先にまでじわりと優しく流れ込み、渦巻いていた黒い激情は鎮まって、春を迎えた根雪のようにゆるやかに溶けていく。


「…最上さん」
「……はい?」

‘秘密のお願い事’――。

いつか、それを彼女の口から聞ける日はくるだろうか。
この生活が終わりを迎え、それぞれが異なった道を歩き出したとしても。


「もう少し、ここで休ませてもらえる?」
「?はい?それはもちろん、敦賀さんに今すぐ動けという方が酷ですし……」
「そうじゃなくて」
「え」

二人の進む道が、できれば互いを見渡せる位置にあったらと。
そうして、いつかゆっくりと交差することを願って――。


「……もう少しだけ、一緒にいて?」


ピチャン、ピチャン、と軽快に跳ねる水音を。
はにかんだ笑顔を。

身体に降り注ぐ慈雨のように、優しく心地よく感じながら。


「……おやすみなさい、敦賀さん」


やがて訪れた緩やかな波に身を預けて、二人寄り添う甘やかな未来を夢想しながらそっと瞼を閉じた。





* * *




『――少しだけでもいいんです

敦賀さんに休息を

気分転換になる時間をください


それから……

できれば、その時間を私も一緒に……――』




* * *






FIN


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ポイントは風邪にも周りにもキョーコさんにも完敗の敦賀氏でした(`・ω・´)
最後までご覧いただきありがとうございましたm(_ _)m

EMIRI拝

コメント

最後には色々と情けない事態のヘタ蓮さん(←失礼)ですが、キョーコちゃんと一緒に過ごせることで許せちゃうというか甘くなっちゃうというか~…
想っていたのと違っても、ささやかな幸せばんざーい!

>霜月さうら様
はじめまして、えみりと申します。
コメント下さりありがとうございます!嬉しいですー!(*´ω`*)

うっかりヘタレてしまった敦賀さんですが(くすっ)←あ。笑っちゃった
二人っきりの兄妹生活のしめくくりを、特別な場所で過ごして幸せを噛みしめてもらうのもいいかなぁと。

ささやかな幸せばんざーい!
まだまだはじまったばかりの両片想いにかんぱーい!(∩´∀`)∩

えみりさん、こちらではじめまして。
途中まで、まさかの押し倒しだろうか、そして「敦賀さんの破廉恥!!」とキョーコちゃんが頭部殴打…はないと思ってましたが、違ってほっとしました。(どっちにしても敦賀さんちょとかわいそうかな。)

甘くて楽しいお話、ありがとうございました。

>honey様
こんばんは!
(こちらでは初めましてです~^^)
コメントありがとうございます!

まさかの敦賀氏の暴走、やっぱり残念な結果になりましたが^^;
まだお付き合いもまだな二人なので、これからの未来がちょっぴり見えるようなお話になればなと思いまして。。。
そしてキョコさんはどんな時でも最強です(`・ω・´)
熱がなかったとしても頭突きして押し倒し返ししてほしいものですw